冷やし系少女と帰り道
「さすがは先輩ですね。着付けもお点前も完璧なんて嫉妬しちゃいます……先輩?どうしたんですか」
「疲れた。あのババア、腰が痛いだの何だの言い訳してサボりやがって。おかげで俺のやることが二倍になった」
結局着付け指導やら一年生のお点前の稽古をつけるやらで忙しく、息つく暇もなかった。
茶道部なのにお茶もお菓子も食べられないとはこれいかに。抹茶飲みたい和菓子食べたい。
腰痛を言い訳に横で俺の点てた抹茶と練切を美味しそうに頂いていた講師のババアには殺意が湧いた。
「あ〜、先輩二年なのに三年生よりできますからね。部員達の間では日陰の顧問兼部長って呼ばれてますし」
「何それ初めて聞いたんだけど。というか顧問と部長は何やってんだよ。部員の信頼とかどうなのよ」
「いえ、そもそもこの呼び名を考えたのは顧問と部長さんですよ?」
「おい。なんか色々おかしくないかうちの部は。顧問と部長は俺に仕事押し付けるし、講師はサボり魔だし」
「頑張ってください次期部長さん」
「いやいや俺はやらないよ?めんどくさいし。そういうのはやりたい奴がやればいいんだよ。ほら、高田とかやりたそうじゃん」
高田はうちのクラスの委員長だ。一年の時も同じクラスで、自ら率先して委員長になるような奴だ。
体育祭とか文化祭の実行の実行委員もやっているし、今年は確か文化祭実行委員長だったはずだ。
高田なら喜んで部長になってくれるだろう。
「高田先輩は先輩に部長を譲って自分は副部長に立候補するそうです。ちなみに高田先輩の副部長就任は既に決定事項です」
「いざという時の逃げ道が塞がれただと!?これはもうお飾りの部長になって高田に仕事を押し付けるしかないかな」
「自分が副部長になったら、先輩をこれまで以上にきっちり働かせてみせると言っていましたよ」
「そっちの退路も断たれてたの!?嫌だな〜もういっそのこと退部届け出そうかな〜」
「ついでに昼休みのお菓子とお抹茶が無くなりますよ?」
「嫌な等価交換だっ!くそう、どうすりゃいいのよ」
「素直に部長になるしかないですね」
三年生の引退は文化祭が終わった後、つまり九月の中ばに引継ぎが行われる。
この様子だと部長になるのはどうやら確定みたいだし、せめて九月までの約二ヶ月間は有意義にだらけよう。
「今年は特に気合が入っていると顧問が言っていましたね。三年生の皆さんも文化祭を成功させるため、先輩の助けが絶対不可欠と言っていましたよ。頼れる男って感じで格好良いです」
「アリガトウ」
そうだった。
もうだらけることもできないんだった。
水屋の監督と称してお菓子の余りを摘まむことも、初心者優先ということでお点前の稽古を後回しにしてもらってサボることも、休憩を取ってないと言って二回休むことももう二度と出来ないのだ。
これからくる夏休み中の練習や合宿で馬車馬のように働かせられるに違いない。
「憂鬱だ。働きたくない。もう重い夏風邪でっち上げてサボるしかない」
と俺が真剣にズル休みの計画を立てようとしていたら
「先輩」
相変わらず無表情の彼女は真っ直ぐこちらを見つめてきた。
「な、なに?」
「8月20日に地元の神社の境内でお祭りがあるんですよ」
「ほう」
「その日はちょうど部活もありません」
「そ、それで?」
「デートしませんか」
「!!い、いいんじゃないかな」
「先輩がお望みなら浴衣着て行きますよ」
「………浴衣だと」
「はい。浴衣デートするまでは死ねないんでしょう?」
放課後、彼女におどかされて恐怖のあまり口走った一言を耳ざとく聞き取り、覚えていたようだ。
恥ずかしい。穴があったら入りたい。
「そ、それは忘れてくれ」
「ふふふ……絶対忘れません。それに嬉しかったですし」
「え?」
「死ぬ前の心残りが私との浴衣デートだったなんて、彼女冥利に尽きます」
表情の変化に乏しいので分かりづらいが、確かに彼女は笑っていた。
その嬉しそうな表情を見ているとなんだかこっちの心もポカポカしてくるみたいだった。
「そうか」
「た・だ・し」
「ただし?」
「先輩が部活をサボらないと約束するならです」
「む……」
水月の浴衣姿、正直めちゃくちゃ見たい。
茶道部での浴衣姿は見たことはあるが、水月が言っているのはあんな体操着の上から着る簡易的なものじゃない。
きちんと帯を巻いた本格的な浴衣姿だ。
下駄を履き、巾着を手に持って夜の夏祭りを一緒に歩く恋人としての浴衣姿である。
凛とした和風美少女である水月。
基本無表情だが、それも含めて浴衣姿は似合う。素晴らしいデートになるのは間違いない。
そして浴衣デートの条件はきちんと部活に出ること。
答えは考えるまでもないことだった。
「分かった。浴衣のためなら喜んで部活に出席しよう」
「ちゃんと働くんですよ?」
「…………もちろんだ」
「今微妙に間がありましたが」
「気のせいだろ」
「…………まあいいです。じゃあ当日は私の家まで来て下さいね。あっ、あとお祭りの時は先輩も浴衣着て下さい」
「いいけどなんで?」
「それは高田さん達が見た……」
「高田?なんで高田が出てくるんだ?」
「なんでもないです。私が浴衣を着て行くんですから先輩が普段着なのはおかしいでしょう」
「それもそうか。分かった、当日は俺も浴衣を着て行くよ」
「よし……先輩方に報告をしなければ」
なんかボソボソ呟いているが、小さくてよく聞き取れなかった。
「どうしたんだ?」
「どうもしません。それでは28日楽しみにしてますね。あとちゃんと部活に来て下さいね」
「了解」
こうして俺は部活への出席を条件に恋人との浴衣デートを取り付けたのだった。