冷やし系少女のくらげちゃん
「くらげちゃん?」
顔を上げるとそこにいたのは青白く長い髪の女や金髪の女の子ではなく、見知った顔の少女だった。
スッと細い眉に長いまつ毛の黒い瞳。前髪パッツン、ツヤツヤしたストレートの肩まで伸ばした黒髪に彫刻のように真っ白な肌。整ったその顔立ちは紛れもなく美少女だ。そして浮かべるTHE・無表情。間違いなく涼白 水月である。
彼女は俺が所属する茶道部の後輩で、愛称はくらげちゃん。名前の「水月」が「くらげ」と読めることが由来である。
凛とした空気を纏う黒髪の色白美少女で男女問わず人気は高いが、基本無表情のため付いたあだ名が『人形姫』。大多数の生徒は彼女が笑わないと思っているようだが、そんなことはない。ただ、笑うと日本人形が笑ったみたいで非常に不気味なので、極力表情を変化させないようにしてるだけだ。
身長160センチ。細身だが、胸が小さいのがコンプレックスらしく、「スレンダーなんです、断じてペタンコじゃありません」とよく言い訳をしている。
猫好きで雪という名の猫を一匹飼っている。反面、犬は大の苦手らしい。小さい頃に手を噛まれたのが原因だとか。
好きな食べ物は冷たいもの、というか涼しげなもの全般。例えばかき氷、冷やし中華、葛餅など。
好きな映画はホラー系、遊園地では絶叫マシンやお化け屋敷が大好物。
最近のマイブームは背後に突然現れてメリーさんごっこをすることで、デフォルトで搭載されているステルス機能を使い、成功率は100パーセント(俺調べ)
被害者の殆どが叫び、心臓に多大な負担と寿命が縮まるオマケが問答無用で付いてくる。被害者は主に俺。というか通算7回全部俺。
引っかかる俺も悪いが驚くのはしょうがない。何しろ彼女の手口は恐ろしく巧妙なのだから。
綿密に計画を立てて手間暇を惜しまず、毎回手を替え品を替え、一つとして同じ方法を繰り返さない。虎視眈々と機会を伺い、僅かな隙も見逃さず、確実にターゲットを仕留めるストイックさ。
はた迷惑なプロ根性である。もっと違う方向に努力して欲しい。
他にも小説の感動の場面で大笑いしたり、ホラー映画の恐怖のシーンで感極まって涙を流したりして、価値観が人とは少々ズレている所がある。
本人は癒し系のつもりらしいが、俺から言わせれば冷やし系である。
とにかく、可愛いけれど一風変わった、いやかなりおかしなところのある後輩。それが涼白水月という少女だった。
「先輩、その紹介はあんまりです酷すぎます。というか個人情報ダダ漏れじゃないですか」
「大丈夫大丈夫。こんな適当小説読む人なんて100人もいないから」
「情報化社会を舐めてますね。今は少しのつぶやきが犯罪に繋がる時代なんですよ」
「大げさじゃないか?というか俺はネットとかあんまりやらないから、そういうネット社会の闇みたいなものはわからないんだよ」
「先輩のデジタル音痴はさておき、私に関することで言っていないことがあるのでは?」
言い忘れたが彼女は同じ図書委員でもある。
「そうじゃなくて」
成績優秀、スポーツ万能。
「能力のことではなくて」
家族は姉と母親とちch「家族構成はいいですから」
…………所属クラスは一年D組。
「怒りますよ?」
そして可愛い俺の彼女です。
「最初からそう言ってください。それはそうと先輩はここで何をしているんですか?突然叫び声を上げてびっくりしたじゃないですか」
「白々しいぞくらげちゃん。またお前の仕業だな」
「はて、何のことでしょう。私は中々茶道部に来ない先輩を探していて、たまたまここを通りかかっただけですよ?」
「しらばっくれるな!こんなことをするのはお前くらいだ!毎回毎回、手の込んだ悪戯を仕掛けやがって。しかも内容が全部ホラー系。俺が苦手なのを分かっているくせに!」
「バレちゃいましたかてへぺろ」
水月は右拳を頭にコツンと当ててそう言うが、口調が平坦な上に無表情なので『てへぺろ』のイラっとする感じはない。
「可愛い彼女のかわいい仕草にドキドキしましたか?」
「お前の仕掛けた悪戯でさっきから心臓がバクバク鳴ってることは確かだな。それにしても、さっきのはなんだよ」
「さっきのとは?」
「悪戯のことだよ!」
「それを説明するには、まずことに至った動機から言わないといけませんね」
「動機センサーが欲しい……そうすれば事前に叩き潰せるのに……」
「さっき茶室でミキサーの如く一心不乱にお茶を点てていたら、ふと某有名ホラー映画と有名な都市伝説を合わせたらどうなるのかと思いまして」
「どこが一心不乱なんだよ。雑念だらけじゃないか」
「ともかく、そう思ったら居ても立っても居られなくなりまして。課題で茶道部に来ていない先輩を呼びに行くついでに実験して見たら面白そうだなと考えた次第です」
「なにが面白そうだっ!こっちはいい迷惑だよ!ていうかやっぱりたまたまじゃなかったんだな」
「私の無実を信じてくれる先輩かわいいです」
「だまらっしゃい。それはそうと俺の番号から電話が来たんだが、あれはどうやったんだよ」
「ふむ。では実際にやってみましょうか」
そう言うと水月はスカートのポケットから水色の携帯を取り出して何やらポチポチと操作した。
ブゥーン、ブゥーン、ブゥーン
すると俺の携帯が震えた。画面を見ると
『080ー1X3XーXX20』
俺の電話番号である。
「え?くらげちゃんからかかってきているのに何で俺の番号が?」
「電話に出て下さい」
通話ボタンをポチッとタップし、耳にあてる。
『ザザザ…わ…ザー……し…ザザザザ…い…ザ……んザザ……』
さっきと同じ砂嵐のような音が電話の向こうから聞こえてきた。
「この音の正体はこれです」
そう言う彼女が手にしているのは細長いスティック状の機械だ。
「それは録音機か?」
「正解です。恐怖のメリーさんの声はこのレコーダーを使って出していました」
「なるほどね。タネがわかれば怖くないな」
「次に先輩の連絡先を見てみて下さい」
そう言って水月はポチッとボタンを押して電話を切った。
「連絡先?」
疑問はさておき、素直に連絡先のアプリをタップしてみる。
「開けましたか?じゃあ次は私の連絡先の欄を見てみてください」
「分かった…………あれ?どこにもないんだけど」
「1番下まで行ってください」
言われた通りにするとそこには
『080ー1X3XーXX20』
となぜか俺の電話番号名義で登録されているものが一件。
こんなものを登録した覚えはないんだが。
そこをタップして開けると、そこには水月の電話番号とメールアドレスがあった。
「なにこれ」
「分かりましたか?先輩の携帯の私の連絡先の名前を先輩の電話番号に書き換えておいたんです。ついでにバレないように登録されている写真も削除しておきました。だから電話がかかって来た時に先輩の電話番号が表示されたというわけなのです」
「そういうことか。じゃなくてちょっと待った。いつ俺の携帯を弄ったんだよ」
「昨日の茶道部で先輩がお点前をやっている時にこっそり」
「携帯には暗証番号でプロテクトがかかっていたはずだが」
「愛の力の前に高々4ケタの暗証番号など無力です」
「で、本当の所は?」
「先輩が操作しているのをこっそり覗きました」
「素直でよろしい。で?覚悟は出来ているんだな?」
「ちょっと待ってください。素直に白状しましたし、ここは可愛い彼女に免じて許してくれても……痛い痛い痛いです指が食い込んでます」
頭を鷲掴みにして力を込める俺に水月は顔を少しだけ歪ませて抗議の声を上げる。
「真面目に痛いです傷物になってしまいます可愛い彼女にこの仕打ちはなんですか」
「うるさい。これは真っ当な裁きだ」
「可愛らしいおふざけじゃないですか。笑ってやり過ごしましょうよ」
「悪意のこもった悪戯だろ。可愛らしくもなんともないね。毎度毎度寿命が縮むような事ばっかりしやがって」
「それくらいドンと受け止めるくらいじゃないと。器がちっちゃいですよ」
「ちっちゃくて結構だ。こっちはドンと心臓に精神攻撃を食らっているんだ。受け止めるも何もないだろう」
「では受け流せばよいのです」
「と・に・か・く!今からしかるべき制裁を下す。この調子で驚かされ続けると俺の寿命がどんどん縮まっていき、いつか命を落とすだろう。だからこの制裁は俺の命を守るための正当防衛だ。覚悟はいいな?」
「ま、待ってください、落ち着きましょう。暴力は何も生みませんよ。ここは平和的に話し合いで解決を」
「これまでに何度も話し合いはしてきた。だけど一向に悪戯を辞める様子がない。反省の色がないとみなす。力をふるうことになんのためらいもないな」
「反省してますごめんなさい。もう二度としませんから、ね?」
「上目遣いで可愛らしく首を傾げても無駄だ。俺はこれまでに何度も見逃してきたんだ。今日という今日は容赦しない」
「仏の顔も三度と言いますし」
「俺は仏様じゃない。というか見逃したのは三度より多かったな。つまり仏様以上の慈愛に溢れているということだ」
「その大海のような大きな器で何卒お見逃し下さい」
「駄目だ。これは決定事項だからな。歯を食いしばれ」
「いやあ〜痴漢変態ろくでなし。それが可愛い彼女にやることですk痛い痛い痛いですごめんなさい許して下さい」
制裁措置としてこめかみを拳でグリグリしてやった。もちろん手心は加えたが。
「ううう………痛いです。先輩の暴力男。これはDVです訴えてやります」
水月は両手で頭を押さえながら恨めしげな目でこちらを睨んだ。
「証拠集め頑張れよ」
「むう……少しは罪悪感とかないんですか」
「ないね。これでもまだ生ぬるいくらいだ。次はないからな」
「そう言ってまた可愛い悲鳴を上げてくれるんですよね」
ニヤリというかニタアといった表情でこちらを見る水月。笑ってるつもりなのだろうが、不気味なだけである。
「くらげちゃん………お前全然反省してないだろう」
「ふふん。これくらいで私が先輩に対する悪戯を辞めるとでも?私を改心させたければお金を積んで下さい。一千万円から議論してあげまごめんなさい痛いです嘘です冗談です中年詐欺師ジョークです許して下さい」
「はあ〜、まあいいか。ところで何の用だよ。ただおどかしに来たわけじゃないんだろう?」
「あー、そうでした。先生が先輩に着付けの練習をしてくれとのことです」
「着付けならちゃんと自分で出来るぞ?」
「そうじゃなくて、他の子の着付けの練習を手伝えということです」
「いや女子は女子で練習しろよ。先生もいるんだし」
「先生は着付けは先輩の方が上手いからやってくれと言っていましたよ」
「はあ〜、ただサボりたいだけだろあの人は。分かった、課題を提出したらすぐに行くと伝えてくれ」
「せっかくだからご一緒します」
「いや先に行ってろよ。お前の悪戯のせいでちょっと時間食ったし」
「この距離ならあまり変わらないでしょう。それとも私と一緒は嫌ですか?」
水月は無表情のままこくっと首を傾げる。
無表情なのになんかものすごく可愛い。
まっすぐ見ていられなくて、目を逸らしてしまった。
「嫌じゃない」
「先輩は恥ずかしがり屋さんですね」
「もう一回グリグリされたいのか」
「わー怖い」
お読み頂きありがとうございました。