冷やし系少女と服選び
大変長らくお待たせして申し訳ありません。
お詫びの代わりとして今回は長くなってます(当社比
前回のあらすじ(適当)
茶道部の後輩と雛罌粟ショッピングモールにやって来た主人公。行くお店が決まらなかったが、雉下の提案で『風和』というお店に行くことになった。さて、おんぶしている布枕に涎を垂らされたのか否か!
『和風本舗風和』は、日本の伝統文化の衰退を危惧した社長が全国各地を巡り、気に入った物を集めたお店だ。店内にはありとあらゆる"和"が揃っている。買い物に疲れたら併設する茶寮で休むこともでき、一日中楽しめるのである。
「熱墨先輩これ着て下さい!」
「いいえこっちを!」
「ふふふ……当然これにしますよね?」
「………ねむい。おんぶ」
どうしてこうなった。
ここに来た目的は雉下の、というか後輩女子達の買い物の付き添いだったはずだ。
だが何故か俺が彼女達の着せ替え人形と化している。
『風和』に入った途端雉下に手を引かれて和服の置かれている区画へ。
雉下が次々と差し出してくる甚平や半纏や着流しを、言われるままに着てそして写真に収められてを繰り返していたら、いつの間にか山泣や湯々本も加わってきた。
山泣は前衛的なデザインを持ってきて、湯々本はやたら布が少ない着物を勧めてくる。ありがたいのがセンスのいい普通の和服を差し出してくる雉下だが、何故か顔が赤くて鼻息が荒い。そして雉下さん、一眼レフを構えるのはさすがに恥ずかしいのでやめてください。
「熱墨先輩!これお願いします!」
「山泣さんは今着て貰ったばかりでしょう?今度は私の番です!」
「ふふふ……熱墨先輩はこういうのを着たいですよね?」
「ねむい……おんぶ」
周囲の客の視線があるのでもう少し声を抑えて欲しい。だが水月曰く、女子が3人集まったら男子に勝ち目は無いとのこと。ここは彼女のアドバイス通り彼女達の気が済むまで気長に待つしかないか。
「熱墨先輩〜次はこれを着てみてくださいね?」
どうやら次に俺が着るものを決める争いには湯々本が勝ったようで、後ろで睨む山泣と雉下を意に介さずにこにこと微笑みながら和服を渡してきた。
「今度は………なにこれ」
渡されたものを見るとそれは恐ろしく布面積が少ない服だった。
まず上は龍の柄で布の素材は麻、肩の雰囲気や腰紐から辛うじて甚平ではないかと推察出来るのだが、袖は無いし何故か脇に大きく切れ込みが入っている。涼しげだが、秋に着るようなものではない。そして……
「湯々本」
「はい、なんでしょう?」
「これ間違えてないか?」
「なにがです?」
「下履きの代わりに下着があるんだが」
俺が手にしているのはどこからどう見ても下着………つまりふんどしだった。
「なにかおかしいですか?」
「普通は下履きの下に着るものだろう?」
「お祭りの時に神輿を運ぶ人は当たり前の様に着ていますよ?」
「それは祭限定だから。普段着じゃないから」
というかなんで店にこんなものがあるんだよ。タグの宣伝文句の「和の男の一歩先へ」も意味が分からないよ一歩どころか大気圏突き抜ける勢いだよ。しかもご丁寧に上着と同じ龍の柄だし。
「でもすご〜く似合うと思うんですが、どうですか?」
「似合う似合わない関係無く俺が着用したくない」
「ええ〜せっかく選んですから着てくださいよ〜」
そう言う湯々本だが、その表情に妖しい笑顔が見え隠れしている。
「嫌だ。というか湯々本、お前絶対楽しんでるだろう」
「そんなことないですよ?私は熱墨先輩に似合う服を一生懸命選んだんです」
「さっきからやたら露出が多い服ばかり選んできたよな。それも小っ恥ずかしいデザインばかりの」
「そうでしたっけ〜?」
おっとり躱す湯々本だが、絶対分かってやってるな。
湯々本が選んでくる服は何故か肌の露出が多い上にピンク色だったりどう見ても子供向けの絵柄のだったりしたのだ。
しかもやたらといい笑顔で写真を撮りまくっていたな。俺が恥ずかしがるほど喜んでいた気もする。
「とにかく選択に悪意しか感じないんだが」
「そんな、純度100パーセントの善意ですよ?」
「本心は?」
目を細めて睨むと、湯々本は舌をちろりと出した。
「1パーセントの悪戯心と99パーセントの嗜虐心です♥︎」
「悪意の塊じゃないか!!」
黒い、この子黒いよ。黒本さんだよ。
薄々気が付いていたが、やっぱり湯々本はSだった。それも水月に負けず劣らずのドSだ。今後は要注意だな。水月と組んで来られたらどんなに恐ろしい事になるか想像もつかない。
「とにかく却下。というかそもそもここに来たのは雉下の服選びだろ。遊びはこれくらいにするぞ」
そう言って試着室を出ると不満そうな山泣と若干涙目の雉下がいた。
「えー、熱墨先輩もう着てくれないんですか?」
「これで最後なのに………」
着せ替え人形にされたのは俺なのに何故か罪悪感が湧き上がってくる。
「あー、雉下の服選びが今日の目的だろ。だからおふざけはこれくらいにしよう、な?」
「「え〜」」
「主旨を忘れるなよ……とにかく雉下の服を選ぼう」
そう言うと、渋々2人は手に持った服を元の場所に返しに行った。
「はあ、買い物ってこんなに大変だったっけ?」
思わず溜息をつく。
すると突然、シャツの裾が引っ張られた。
「ん?布枕か。どうした」
「ねむい、限界、おんぶ」
「今から雉下の服を選ばないといけないんだが……」
「服選びに手を使う必要は無い。おんぶはできるはず」
「店内のソファーじゃだめなのか?」
「熱墨先輩の背中の寝心地には敵わない。一番良い環境で寝たい」
「背中の寝心地ってなんだよ」
「読んで字の如く。熱墨先輩の背中は夢見と同じくらい寝心地が良い」
「なんとも言えない複雑な気持ちになる賛美だな。まあ、布枕は軽いしおんぶくらい構わないが……」
「?」
「今度は涎を垂らすなよ?」
俺が指し示したシャツの肩口には涎の垂れた後がある。
布枕はそれを一瞬見てからぱっと顔を背けた。
「……善処する」
「いやそこは絶対垂らさないだろ!」
「あれ?熱墨先輩また眠さんをおんぶしてるんですか?」
買い物かごに沢山の服を入れて来たのは湯々本だ。
彼女は俺におんぶされている布枕を見ると何故か残念そうな表情を浮かべた。
「もう〜せっかく眠さんに色んな服を着てもらおうと思ったのに」
どうやら湯々本は俺の次に布枕を着せ替え人形にしようと目論んでいたらしい。
「残念だったな。湯々本は自分の服を選ばないのか?」
「え?あ〜熱墨先輩、私にあんな服やこんな服を着せて玩具にしようと思ってますか?これは涼白さんに報告ですね〜」
「そんな事は欠片も想像していない」
「え〜?本当は考えてたんじゃないんですか?」
にやにやと笑う湯々本の目は完全にドSスイッチが入っていた。だが残念だったな。俺は普段から散々愛情をぶつけてくる冷やし系の恋人がいるんだ。その程度では揺るがないぞ。
「ないな、あり得ない。俺はくらげちゃん一筋だ。湯々本に邪な感情を抱くことは億が一にもない」
億が一、と言ったところで湯々本の頬がぴくりと引きつったが、直ぐに元の様にふわふわした微笑みに戻った。
「ふ〜ん。その言葉、憶えていて下さいね?」
そう言って試着室に消えて行ったが、肉食獣のような光が瞳に宿っていたな。これは要注意かもしれない。
「カゲ……熱墨先輩!服を選んできました!」
雉下もかご一杯に服を入れていた。
「いっぱい入ってるな」
「は、はい!熱墨先輩のこのm……どれが合うか分からなかったのでとりあえず気になったのを持ってきました」
「そっか。ええと、俺はどうすればいいんだ?」
「一番良いと思ったのを教えて下さい!」
「俺の趣味は当てにならないぞ?」
「良いんです!とにかく熱墨先輩が良いと感じたものを言って下さいね」
「分かった。ところで山泣は?」
「疲れたから横の茶寮で休憩するらしいです」
なんだと……俺も誘ってくれれば良かったのに!なんたって……
「そこの抹茶パフェは絶品なんだよな。俺も行こうかな」
「だ、駄目です!」
「抹茶パフェ……」
「熱墨先輩〜!!!」
「そんな顔をするなって、冗談だから……2割くらい」
「茶寮に浮気しないでこっちに来てください!」
併設されている茶寮に目が釘付けになっている俺を雉下は引っ張って行くのであった。
「ここで待っていて下さい」
そう言い残して雉下はカーテンの奥に消えた。
「………」
暇だ。暇すぎて死ぬまである。
俺は着替えを待つ間に携帯電話でも弄ろうと思ったが、布枕をおんぶしているので両手が塞がって無理だった。
しかしこいつは本当に軽いな。おんぶしているのにほとんど重さを感じない。
多分これは体重の軽さだけでなく、布枕本人のおぶわれ方も上手いのだろう。絶妙なバランスでおぶさっているのであまり俺の負担になっていないのだ。さすがは"寝る"天才といったところだろうか。
そんな事を考えていると、目の前のカーテンがしゃらりと開いた。
「熱墨先輩!ど、どうでしょうか?」
もじもじと恥ずかしそうな雉下が着ていたのはベージュのワンピースだった。
和服ではないが、落ち着いた色合いが上品である。
雉下はどちらかといえば元気で明るい印象だが、この服を着ると大人っぽさが出るな。その普段とは違う雰囲気にまた違った趣きを感じて良い。
「うん、大人っぽくてすごく似合っているな」
「そ、そうですか!………えへへ」
雉下はぱっと明るく笑って喜び、それから恥ずかしそうに視線を下に向けた。
「じゃ、じゃあ次着てみますね!」
「待ってるよ」
「はい!」
それから一時間ほど服選びは続いた。
途中で起きた布枕も一緒になってああでもないこうでもうないと話し合った。
「最初のワンピースも良かったけれど、雉下の雰囲気なら3番目の明るい緑のカットソーと黒いミニスカートの組合せが一番似合っていたと思うな」
「そうですか!じゃ、じゃあ……」
「でも黄色のスキニーとベージュのニットもかなり良かった。差をつけるならあれにするべき」
「確かにあれも良かったな。ふんわりした明るい雰囲気だったしな。いいかもしれない」
「ええと、ならこっちに……」
「俺としてはデニムのショートパンツとシャツ、ジャケットの組合せも外せないんだが」
「私もそれを言おうと思っていた。鳴撃はいつもポニーテールだからデニムはすごく似合う、快活な雰囲気が出る」
「だよな。というか風和はなんで普通の洋服がこんなにも豊富なんだ?」
「風和は最近女性のファッションブランドとコラボしているから普通の洋服も置いている」
「ああ〜決められないです!」
雉下が頭を抱えた。
「しょうがないだろ。どれも似合っていたんだから」
「鳴撃は素材が良いからなんでも似合う」
「で、でも一着に決めたいんです!」
「難しいな……布枕はどう思う?」
「難しい……最後は鳴撃の判断に任せる」
「ええ〜!?ど、どうしよう」
雉下はしばらく俺と布枕が良いと言った服を見比べたり体にくっつけて鏡の前に立ったりして悩んでいたが、意を決したように一つ頷いてこちらに向き直った。
「き、決めました!これにします!」
雉下が選んだのは黄色のスキニーとベージュのニットの組合せだった。
「なるほど、良い選択だな」
「少し雰囲気を変えるけれど鳴撃の明るいイメージを損なわない良いチョイス」
「あ、ありがとうございます!眠ちゃんもありがとうね!ちょっとレジに行ってきます!」
そう言って雉下は試着室を出て行った。
「小腹が空いたな。茶寮に寄って行くか」
「奢り?」
「俺の背中で寝たのに図々しいな布枕」
「枕カバーを買うから茶寮で食べたら今月ピンチ」
「お前の小遣いはそれくらいで揺らいだりしないはずだよな?」
「後輩に奢るのは先輩としての甲斐性」
「まあいいや。今回は俺の奢りでいい」
「熱墨先輩太っ腹」
「ところで湯々本はまだ試着室かな?さっきから見ていないんだが」
すると後ろの方からくぐもった声が聞こえてきた。
「熱墨先輩、ここで〜す」
声が聞こえたのはすぐ後ろの試着室だった。
「湯々本、これから横の茶寮に行くんだがどうする?」
「私も行きます。というかここのカーテン開けてもらえます?」
「いや、意味がわからないから」
「大丈夫ですよ。着替えは終わってますから」
そう言われたので俺は湯々本の声がする試着室のカーテンに手をかけた。
だが俺はこの時湯々本の性格をきちんと思い出すべきだった。
「おい」
開けると湯々本は背中を向けており、何故かドレスの背中が丸見えだった。
「ふふふ……熱墨先輩、チャックが上げられないのでお願い出来ますか?」
「嵌められた……」
「その言い方は酷いですよ」
「なんでドレスなんか着てるんだよ。というかこの店にドレスがなんであるんだよ!和風本舗どこ行った!」
「試験的にドレスの導入をしたと外に張り紙があった」
「ということらしいですよ?熱墨先輩、チャックお願いします」
楽しそうに黒い笑みを浮かべる湯々本に無視して茶寮に行こうとも思ったが、ここで逃げるのもなんだか癪なので、その白く艶かしい背中をなるべく視界に入れないようにしながらドレスのチャックに手をかけた。
「んっああっ!ふぁあ!」
「おい、変な声を出すな」
「熱墨先輩テクニシャンですね」
「誤解を招く発言も禁止!」
「……変態」
「おい布枕、違うからな?というかこのチャック上げづらいな!」
「んんっ!熱墨先輩、背中をいやらしく撫でないでくださいよ〜」
「ちょっと当たっただけだろ。今すぐ口を閉じなさい。というか全く上がらないんだが」
「それは顔を逸らしてなるべく距離を取ってやってるからですよね?いくら私がふざけているといってもその敬遠のされ方は傷つきますよ?」
顔を背けて手をいっぱいに伸ばしていた俺に湯々本の不満そうな声が聞こえた。
さすがに失礼だったかと思い、俺は湯々本に向き直って一歩近づいた。
………足下にあった靴に気がつかずに。
「ぬあっ!?」
「きゃ!」
何かを踏みつけたと思ったら足が滑ってそのまま前に勢い良く倒れた…………つまり湯々本の方へ。
「いっつ〜……おい湯々本、大丈夫か?」
「ふぁ!あ、熱墨先輩!」
俺が顔を上げようとすると、ふにょんという感触が頭に当たった。ふにょん?
「熱墨先輩大胆」
布枕の平坦な声にようやく自分の体制に気づいた。
俺は湯々本の方へに倒れこんだことで巻き込まれた彼女も倒れたわけだが、咄嗟に湯々本が怪我をしないように抱きとめたらしい。
結果的に湯々本の腰に手を回し、その豊かな胸元に頭を押し付けるという大変宜しくない体勢になってしまったというわけだ。
「わ、悪い湯々本!」
焦って離れようとしたが、何故か頭をがっちり掴まれて動けない。
「お、おい湯々本?」
「これは予想外でしたが千載一遇のチャンスですね」
「は?」
俺の疑問に答えるかのように、ピロリン♪という電子音が鳴った。
「え?」
「頂きました」
頭の拘束が緩んだので急いで顔を上げると、湯々本の手には彼女の携帯電話があった。
最悪の予感が頭をよぎる。
「湯々本さん?」
今だ倒れた体勢のままの湯々本は顔を俯かせていたが、にやりと口元に弧を作るとこちらを見てきた。
「ふふふ……熱墨先輩、先ほどは私など眼中に無いと言っておきながらずいぶん勢い良く抱きついて来ましたね?」
「い、いや今のは事故であって……」
「しかも乙女の胸に顔を埋めて来るなんて……もうお嫁に行けません」
「なにか少し今の表現に間違いがあったような……」
「熱墨先輩?」
「はいすみません俺が悪かったです!」
「責任を取ってもらいたいところですが生憎先輩には涼白さんという可愛らしい恋人がいらっしゃるので……どうしましょう〜?」
「俺に出来ることなら何でもするので許してください」
「なんでも?」
「出来る範囲なら」
「分かりました、ではこうしましょう。この件は涼白さんに沙汰を決めてもらいます」
「え?」
「今撮った写真を添付したメールを作りましたのでこれを涼白さんに送信してお伺いを立てましょう」
手元には背中の大きく開いたドレスの湯々本の胸に頭を押し付ける俺の写真が貼ってあった。そして2.0の俺の視力が捉えた『件名:楽しくお買い物中♥︎』の文字。
「ちょ、待っ」
一瞬で血の気が引き、俺は湯々本を止めようと手を伸ばす。
「はい、送信♥︎」
だが悪魔の指が送信ボタンを押す方が早かった。
「………」
「じゃあ私は布枕さんと茶寮に行ってきますね〜」
「熱墨先輩どんまい」
ピロン♪
着信アリ。
震える手で開くとそれは予想通り水月からで。
その文面は
『件名:
お話があります。覚悟はいいですね?』
……………終わった。
次回こそメインヒロイン出します。くらげちゃんのお仕置……お説教です。




