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闇色のLeopard  作者: N.ブラック
第十一章 国際連合援助隊~UNAC~先遣隊 ケルンの鐘よ再び編
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第十一章 第七話

 ベント村でも言われていたが、広大な農地がありながら、住民の多くが耕作地の狭い森の中にひっそりと隠れて住んでいるのには、理由があった。

『まだ軍兵の一部が残っているんだ。奴らは銃を持っていて、市民を襲う。だから、俺らは外敵に備えて、隠れて暮らしているんだ』

 太い眉を寄せ厳しい顔をしたロット村のアルブレヒトに、レオも浮かない表情で頷いた。

『ここ最近の被害は?』

『この一年ほどは、此処は出てない。だが、北部のアーヘン周辺が襲われたようだ』

『ふむ』

 浮かない話に思案顔になったレオにニコラスが真顔を向けた。

「班長殿。一度大規模部隊で、掃討を掛けたほうがいいのではないでしょうか」

「そうだな。軍兵の脅威に住民が晒されている間は、農作地帯への移住も進まないだろう。戻ったら本部と協議だな」

 不安げにレオ達を見ていたアルブレヒトに、一度大規模な掃討を掛ける必要がある事を伝えると、彼は安堵した顔になったが同時に表情を曇らせた。

『彼らは、今でこそ暴徒となってしまったが、元は俺達と同じで、ドイツを守る気持ちは変わらなかった筈なんだ。無碍に殺さないで欲しい』

『分かっています。掃討と言っても、彼らを排除する事が目的では無く、既に連邦との戦闘は終結し、【(コア)】による『発動』は完了し世界は平穏に戻った事を伝えるためです』

 レオの言葉にホッとしたのか、アルブレヒトは満足そうに頷いた。


 ロット村の中では、ジャスティンがビリーの通訳を受けながら、また赤子を抱えた母親達に育児講義を行っていて、自隊の班長から方針転換を伝えられたF班の二名も各住居を回って村内の現状把握を行っているのを見守りながらも、レオの心の中に、染みのように残る不安がドクドクと音を立てていた。

 一見穏やかな、和やかな風景を前にしても鳴り止まない警鐘に、正体の分からない不安の影を感じて、レオは鳴る鼓動に顔を顰めて空を見上げた。

 ――何なんだ? まさかマリアに何かあったのか。

 遠い此処ドイツでは英国に居るマリアの様子を知る事も出来ず、気候の穏やかなケルンの涼しさを含んだ風が吹いているというのに、額から流れ落ちた汗をレオは不快そうにグイッと手で拭った。



 一方で、アトキンズ少尉が率いるもう一つの班は自然公園の南側からベルギー側に向けて西進していた。

 途中のラングショスという小さな村落で、僅か十数人がひっそりと隠れるように暮らしているのを見つけて、当面の医薬品を置いて今後の定期的な物資の提供の約束をし、ネルソンは一緒に来たF班の准尉と曹長には一切口を挟ませずテキパキと処理を行った。


「流石だよな。副長殿は」

「独語が流暢過ぎて最初ドイツ兵に間違えられたのが誤算でしたね。でも立ち入る隙を与えない辺りが本当に流石というか」

 彼らが日々の糧を得ているという小川を探索した一行は、其処で休憩となり、離れて座ったF班二名を労うように、バックパックに忍ばせていたパン・デピスというフランスの焼き菓子を手渡しているネルソンを遠目に見て、クスクス笑いながらランスとルドルフが顔を見合わせると、まるで聞こえたかのようにネルソンはチラリと咎める視線を投げて寄越し、慌てて二人は口を噤んだ。

「それにしても見事なご手腕で」

 差し出された菓子を嬉しそうに受け取ったフランス兵の一人が、ネルソンを見上げて言った。

「それほどのご手腕ならもっと上におられても不思議はないのに、何故副長に?」

 暗に班長を揶揄しているのは分かったが、正直にそう思っているのか、それとも、結束の固いS班を内側から切り崩そうという狙いなのか、一瞬考えたネルソンだったが、何時もの淡々とした口調でさり気無く答えた。

「班長殿は、私のような凡人が持ち得ない優れた才をお持ちだからですよ。私は彼が指し示す道の先に興味がありますので」

「道の先?」

 怪訝な顔になったフランス兵に、ネルソンは口の端に薄く笑みを浮かべた。

「そうです。【鍵】が望んだ世界を、あの光の飛礫達がやってきた未知の空の彼方の風景を、貴君は見てみたいと思われませんか」

 漠然とした答えにフランス兵達は顔を見合わせて黙り込んだが、ネルソンは飄々とした表情で珍しく満足そうだった。


 短い休憩の後、再び探索に動き出した一行は、今度はルドルフを先頭に進む事になったが、フランス兵達は難色を示した。

「この地には訓練で何度も来ていますし、不慣れな方では迷う事もあるでしょう」

「そうですね。貴君らが地元民しか知らない抜け道まで把握されているのならお任せしたいところですが、彼に任せてみては頂けないですかね。彼は生体探索に長けているんですよ」

 僅かに皮肉を込めたネルソンの言葉にフランス兵達は鼻白んだ顔をしたが、聞いていたランスはクツクツとした笑いを堪えて小声で『流石(‘S)お見事な( math a)腕前( rinn)です( thu)』とゲール語で呟いた。

『ウィルソン一等准尉殿、不味いですよ』

『何でだよ。幾らなんでもアイツらゲール語は解らないだろうが』

『そうとは限らないぞ。ゲール語が解るから、此処に配されたかも知れないのだからな。気をつけろ』

 少し離れた場所に立つフランス兵に気取られないように小声で、ゲール語で囁き合った三人は、ネルソンに叱られ面白くなさそうではあったが口を噤んだランスと、何事も無かったかのように淡々としたネルソンを引き連れ、ルドルフが困った顔でため息をついて、両脇から無造作に伸びている枝を払いながら、ゆっくり歩き始めた。



 嘗てはこの自然公園も管理が行き届き、グリーンレンジャー達の手によって定期的に手入れがなされていた筈であったが、ドイツの崩壊と共に放置された木々は無秩序に枝を伸ばし、背の低い木々は陽の光の差す小道を求めて縦横に枝を張り巡らせていた。

 足元は降り積もった落ち葉が路面を覆い尽くし、固い道の上でも絨毯を踏んでいるかのように柔らかく返してきたが、元々水の多い湿地帯であるこの場所では、一歩道から逸れると、頼りない足元がズブズブと地面に沈んでいく感触で、隊員達は皆寡黙に顔に掛かる枝を振り払い足元を確認しながら歩いていたので、最初にフランス兵達が異変に気付いたのは、歩き出してから大分経ってからだった。


「アトキンズ少尉殿。道を外れていませんか?」

 最後尾を歩くネルソンを振り返りフランス兵の一人が声を掛け、ネルソンは顔を上げて、前方に向かって「止まれ」と声を掛けた。

 確かにコンパスで現在位置を確認すると、予定していたコースでは無く、途中で更に細い道に入ってしまって南下しているようで、ネルソンはルドルフのしょげ返った顔を見た。

「まぁレッド二等准尉がこちらを選んだんですから、こっちでいいんじゃないですかね」

 ケラケラ笑ったランスが縮こまっているルドルフを振り返ると、フランス兵二人はあからさまな嘲りの笑みを浮かべて、呆れて首を振った。

「元のコースに戻りましょう」

「いや。このまま行こう。レッド二等准尉、先に進んでくれ」

 事情を知らないフランス兵二人にルドルフの予知能力については話す事も出来ず、怪訝な顔を見合わせた二人にネルソンはシレッとした平素の顔で、顎をしゃくって先を促した。


 その先で、細い小道の脇の側道を発見したのはランスだった。

「何か影が見えるな。建物か?」

 ブツブツ言いながらその脇道の枝を薙ぎ払い体を入れたランスに、ルドルフは振り返って慌てて声を掛けた。

「ウィルソン一等准尉殿、単独行動は」

「心配すんなって。其処まで深くないようだ。直ぐ戻る」

 後続の三人の姿がまだ見えない中で、軽く手を挙げたランスは、ガサガサと音を立てながら小道の奥に進んで行った。


 ランスには焦りがあった。例えベント村の発見は偶然によるものであり、偶々住民の一人が、英国に縁のある人物だったという事を理解はしてはいたし、彼らを強制移住から救ったのもレオでは無くリンステッド議長の手腕によるもので、レオはそれを利用しただけだと思ってはみても、それがレオの加点になる事は間違いは無く、また引き離されたと感じていたランスは、自分も功を挙げて、奴に追いつきたいという気持ちが逸るのを止められなかった。

 ――周りに助けられているだけの奴には負けたくない。

 沸々と湧いてくる闘志にランスは奥歯を強く噛み締め、ルドルフが選んだこの先にはきっとまた何かがある筈だと、今ははっきりと見える建造物の影に期待を籠めた眼差しを向けていたが、功を焦る気持ちが油断を呼んでいた事にはまだ気づいていなかった。

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