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闇色のLeopard  作者: N.ブラック
第十一章 国際連合援助隊~UNAC~先遣隊 ケルンの鐘よ再び編
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第十一章 第四話

 淡い青地に白いオリーブの葉模様に囲まれた『Aid』の文字が浮かぶ旗を靡かせている無骨な軍用車の車列が、ドイツ西部の都市ケルンの中心部に差し掛かると、二本の尖塔を持つケルン大聖堂が無言のまま黒ずんだ破壊の名残を留め、夕暮れの沈黙の街で一行を出迎えた。

「破壊が酷いのは東部と聞いていましたが、これは」

 焼け焦げた嘗ての観光名所の無残な姿に、ビリーが強張った顔で引き攣った声を出すと、レオも黒く煤けた大聖堂を横目に、眉間の皺を深くした。


 世界崩壊の切欠となったドイツ対連邦の戦争では、圧倒的な力で鎮圧されたドイツ軍が各地に散り散りとなり、特に首都ベルリンは壊滅し、多くの難民が国外に出たという。


「ドイツ南部のミュンヘン、シュトゥットガルト、ニュルンベルクを中心に、南部地域の多くがフランスへと逃れ、ベルリンを中心とする東部地区のドイツ国民の多くが隣国ポーランド、チェコへ避難した。今回我々は消息が判明していないドイツ西部、ボン、ケルン、デュッセルドルフ地区を中心に、西部地区の探索を行うものとする。激戦となった首都ベルリン以外にも、大都市部では、連邦軍による空爆及び地上からの独軍残党狩りを目的とした掃討作戦が行われ、西部地区の被害も甚大と予想される。皆心して臨んで貰いたい」


 『UNAC』の第一回目の作戦会議で議長を務めるブノア中佐が、居並ぶ全員を前に、部隊展開図を指し厳粛な面持ちで語った言葉を思い出して、レオはその言葉通りの惨状に暗い表情を隠せなかった。


 最初に訪れたボンでは、破壊された都市部に残留している住民は居らず、周辺農村部まで捜索範囲を広げたが何も成果を得られずに、第二の都市ケルンまで移動してきたUNAC先遣隊には、ボン同様に破壊し尽された街に、諦めの色が浮かび始めていた。

 ケルン西部の大きな森の中にひっそりと隠されていた陸軍学校も空爆の対象となったようで、建物は跡形も無く破壊されていたが、訓練用グラウンドは無傷で、その地を野営地と定めた一行は慌しく設営を終え、終礼と共に休憩時間に入った。





「自分は、あのやり方はどうかと思いますがね」

 携行食( レーション)の固いバゲットを千切るように齧り付きながら、ブツブツと不平を洩らしたのはランス・ウィルソン一等准尉だった。

「確かに。探索に出るのはフランス班ばかりで、自分らは何時も、野営地警備担当ですからね」

「独軍と仏軍は、共同訓練なども頻繁に行い交流があった。地勢の把握状況については、仏軍の方が有利である事には間違いが無い。我々は与えられた任務を遂行するだけだ」

 ランスに同意したニコラス・ティペット二等准尉が、同じように面白くなさそうに呟き返したが、淡々と食事をしていたネルソン・アトキンズ少尉が窘めるように言った。

「しかも言うに事欠いて『ボン郊外では独軍の残党と戦闘になった。危険なので十分注意されたし』だと。俺らを何だと思ってるんだ。偽物のFSASがハイランダーに敵うとでも思ってんのか」

 苛立たしげに言葉を吐き出したランスを、ルドルフ・レッド二等准尉が恐々と見ながらポツリと呟いた。

「本当に独軍の残党だったんでしょうか」

 そのルドルフが、固いバゲットを持て余して、困惑しているのに気付き、ビリー・ローグ曹長がそっと囁いた。

「こうやって食べるといいですよ」

 千切ったバゲットを、熱々のオニオンスープのカップの中に放り込み、スープが染みて柔らかくなったバゲットを、スプーンで口に運んでビリーが微笑むと、パアッと表情を明るくしたルドルフは、同じようにバゲットを千切って、食べやすくなったパンにうんうんと嬉しそうに頷いた。


「それはどういう意味だ、レッド二等准尉」

 鋭い視線を投げたレオに、ルドルフは緊張を取り戻して「はっ」と短く言った。

「対戦した相手は軍服では無く、持っていた銃も、軍用銃では無く散弾銃だったと聞きました。一般市民だったのではないでしょうか」

「だが、相手が一方的に発砲してきたそうだが」

 疑問を呈したネルソンにルドルフは悲しそうな顔を向けた。

「統制が取れなくなった軍が各地に乱離拡散したのですから、地域住民に対して寛容であったかどうか疑問です。むしろ武器を逆手に、略奪など行っていた可能性があるんではないでしょうか。であれば、彼らにとって軍人は敵なのではないかと」

「ふむ」

 ルドルフの言う事も一理あるとレオは思った。


 ロンドンでの警察組織の崩壊や、統制の取れなくなったSASの暴走を目の当たりにしたレオにとって、ルドルフの言う事も尤もで、F班が問答無用で射殺したというその相手の事を思い、暗くした顔を上げS班一同を見渡してから、その表情を引き締めて言った。

「それに大事な事を忘れるな。それが例え崩壊した独軍の残留兵であっても、それは我々が救うべき命だ。まず説得を試みろ。我々は戦いに来たのではない。ドイツ国民を救うために来たんだ」

了解しました(  イエスサー)

 真顔で頷き返したS班一同にレオも眉を寄せたまま小さく頷いた。


「それにしても、今回カナダ軍はお膝元のアメリカ北部担当とは、そっちも優遇されてますね」

 ルドルフの真似をして、バゲットをスープに放り込んで頬張っていたジャスティン・ウォレス曹長が呆れた声を出すと、「おいおい」とニコラスがジャスティンを逆に呆れて振り返った。

「お前、連邦がドイツに何をしたか知ってるだろ。当時の連邦議長の出身地カナダで【(コア)】は子を産んだが、ドイツの【核】が死んで暴動になり連邦に鎮圧されたんだぞ。ドイツ国民はカナダを怨んでいる。そんな場所に、カナダ軍兵がのこのこやって来てみろ。それこそ、逆鱗に触れて戦闘になりかねんぞ」

「そりゃそうですけど、だったら、カナダ軍がドイツ人に頭を下げりゃいいんじゃないですかね」

「そう簡単には行かないだろ。ドイツ人は執念深いからな」

 ため息をついたニコラスに、ジャスティンもむぅと押し黙った。


 レオは固いバゲットを噛み千切って味わいながら、ハナの言葉を思い出していた。

 ――なるほど、その地を知るにはその地の食い物を食え、か。

 恐ろしく頑迷で自意識の強いフランス人を表しているかのように固いバゲットも、じっくりと噛み締めると口に広がる小麦の香りと甘い味わいを感じて、レオは内心で苦笑を浮かべた。

 同じ様に頑迷で、そして律儀であり規律正しいというドイツ人を思って、どうすれば援助の手を差し伸べられるのか、暗い闇が支配する外の静まり返った空気に、この地でひっそりと息を潜めている彼らの僅かな息吹が感じられる気がして、レオは黙り込んだまま、最後のバゲットの一欠けらを口に放り込んだ。


 ケルン域内を三日間掛けて、フランス班が捜索を行ったが成果を得られないまま、明日には次の目的地デュッセルドルフに移動する事を決めた一行は、最後の夜を迎えようとしていた。

 シュタットヴァルトの黒い森の道の傍らから、瓦礫が延々と続く先の彼方に、黒い影を落としているケルン大聖堂の姿をじっと見つめていたレオは、夕景をバックに、形だけはかつての面影を残したまま、黒く切り取られて浮かび上がっているその姿を、ただ物思うように黙って見つめ続けていた。



 夜半、染みる寒さに目覚めたレオは、班員達が寝静まっている中、一人起き上がってS班用テントを出て、星々が煌く空を見上げて、夏だと言うのに少し白くなる息にフゥとため息をつき、ゆっくりと歩き出した。


 歩哨当番の二人のフランス班兵士にゆっくりと敬礼を返すと、

「ご苦労。レストルームだ」

 と声を掛けて、レオは少し苦笑いを浮かべた。

「お暗いのでお気をつけて」

 笑いながら敬礼を返した若い兵士に頷き、ハンドサーチを片手に土を踏んで歩き去るレオの背中に、フランス班兵士達がこっそりとやり取りしているのが聞こえてきた。

『特殊部隊に居ながら、外国語が全部駄目な班長なんて、俺初めて見たぞ』

『学校もロクに出てないらしいな。なんで、あんな役立たずに頭を下げなきゃならないんだか』

 仏語でやり取りしている兵士達の会話を、耳元のイヤホン越しに聞いて、レオは気取られないよう嘆息をついて、左胸のポケットの中の小さな黒い箱に手を触れた。


 『ブリストル』で同乗したケビックが、これから世界に出るレオにと手渡してくれたのがこの小さな黒い箱、翻訳機だった。

 元は、異国の言葉しか話せない過去世に遡る【核】のためにと、天才ソフィー・フェアフィールド嬢が作ったのが第一号だと言う。

「このバージョンでは、ソフィーが把握している五十ヶ国語が網羅されていて半径十m以内の声を拾う。翻訳した声を音にして発するオープンモードとサイレントモードとがあって、サイレントでは、翻訳された相手の声をイヤホンから聞き取る事が出来る。盗み聞きするにはいい機能だぜ」

 ニヤリと笑ったケビックの顔を思い出して、レオは苦笑した。


 ――俺は人より劣ってる。だがそんな俺を助けてくれる人が居る。


 かつては誰も信用せず、誰の助けも借りないと自分の殻に籠っていた己の過去を思い出して、自分は己の力だけで生かされているのではないとレオはしみじみ思った。

 遠ざかった兵士達の会話は、もう聞き取れなかったが、自分への侮蔑の言葉にも血が逆流するような激昂を感じず、レオは自身で、自分に安堵していた。


 ――少しは自分を律する事が出来るようになってきたんだろうか。


 自分を助けてくれたサヴァイアー中将と出会い、己の過去と向き直らせてくれたムーアハウス中佐と出会い、過去の自分に、許しを与えてくれたローラと、そして、自分が進むべき道を示してくれたコンラッドと出会って、そして最後にマリアと出会ったと、レオはこの僅かの年月で恐ろしい程変わった自分を、変えてくれた人々を思った。

 ――俺は誰かを変える事が出来るだろうか。


 暗闇を手にしたハンドサーチで足元を照らしながら、俯き加減に歩いていたレオは、草を踏む小さな音に巡らせていた思考を止めて、緊迫を浮かべた顔を上げて鋭く周囲を見渡した。

 もう一度小さく「カサッ」と音が鳴り、すかさずそちらに光源を強くしたサーチライトを向けて、照らし出された白く浮かび上がる光の輪の中に、突然の目映い光に咄嗟に目を覆った黒髪の若い男の姿が映し出され、レオは小さく息を飲んだ。


「誰だ? 此処の住民か?」

 相手を確かめるように、目を細めて声を掛けたレオであったが、翻訳機がサイレントモードになっている事を思い出して、切り替えようとポケットに手を伸ばしたところで、逃げようと身構えていたその男は掛けられた英語に困惑して振り返った。

「……貴方は英国人?」

 流暢な英語で返してきたその男にレオはホッとして、胸ポケットから手を離して「そうです」と答えた。

「我々は英国軍です。貴方は此処の、ケルンの方ですか?」

 レオの問い掛けに返事しないまま、男は無言でレオの顔を繁々と眺めていた。


 

 翌朝、捜索に赴きたいというレオの申し出にフランス班の班長であるクロード・ロッシュ中尉は怪訝そうな顔を返した。

「此処の探索は十分に行いました。何か気になる事でも?」

「夕べ、住民の一人と接触しました」

「……本当ですか?」

 レオの報告にロッシュ中尉は琥珀色の瞳を見開いた。

「ですが、彼はフランス班ではなく、英国班となら交渉が可能だと言いました。我々に任せて頂けないでしょうか」

「それにはどういう意味が?」

「先達てフランス班が射殺した相手はやはり民間人だったそうです。フランス班に対して警戒心を抱いています。その交渉相手は英語が堪能でしたし、当班には独語を解する班員も複数居ります。我々に時間を頂けないでしょうか」

 レオの言葉に一瞬押し黙ったロッシュ中尉であったが、最後にはようやく「いいでしょう」と頷いた。

「精鋭のハイランダー達ですからね。成果を期待していますよ」

 鷹揚に笑ったロッシュ中尉に敬礼を返し、レオは無言で頷いた。




「ざまあみろってんだ。俺らの力を見せてやるぜ」

 興奮を隠せずに悪態をつくニコラスを制して、ネルソンは冷静に班員を諭した。

「例え我らが危害を加えたフランス班では無くとも、彼らが軍人に敵愾心を抱いている事に変わりは無いんだ。上から物を言うような態度は慎め。丁寧に紳士的に接しろ。我々は敵では無いという事を住民にご理解頂くんだ」

了解しました(  イエスサー)

 バッと敬礼を返し顔を引き締め直したニコラスは、大きなバックパックを手にすると、陽光降り注ぐテント外に体を躍らせた。


 ようやく自分達の本領を発揮出来る事で、誰もが高揚感を表情に浮かべて整列しているのをレオはゆっくりと見渡して、それでも、厳しい表情は崩さなかった。

「本班はこれより、ケルンの西南西約五十km地点にあるという、ホーエス・フェン=アイフェル自然公園内のベント村へと向かう。其処には難を逃れた住民が多く避難しているとの事だ。状況を備に観察し、当該住民の於かれた苦境に適宜対応せよ」

了解しました(  イエスサー)

「任に当たり必ずペアで行動せよ。ティペット二等准尉とウォレス曹長、レッド二等准尉とローグ曹長、アトキンズ少尉とウィルソン一等准尉、其々に独語の堪能な班員がサポートせよ」

「班長殿は?」

 静かな瞳の中にも僅かに不安を浮かべたネルソンの視線を受けて、レオはたじろぐ事無く言った。

「俺は彼にまず一人で会う。それが約束だからな」

 何かを求めていた若い男の縋るような視線を思い出して、レオは覚悟を秘めた瞳を光らせた。

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