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闇色のLeopard  作者: N.ブラック
第十章 第九十九AAS小隊S班 オークニーの悲劇編
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第十章 第八話

 指令本部より北部沿岸地域の実態について聴き取り調査を行ったニコラス・ティペット二等准尉とビリー・ローグ曹長の二人の顔も、芳しくは無い結果に曇りがちだった。


「ターバット半島より南側は被害が少ないが、北側に進むに従って被害が拡大してるな」

「ええ。ゴルスピーでは、A9ハイウェイが少し小高くなっているので、其処から山側は無傷ですが、ハイウェイより海側は根こそぎ流されてますね。ですが、避難場所となるハイウェイが近かった為、人的被害は出なかったようです」

 調書を繰りながらビリーも険しい顔で眉を寄せた。

「フローラは、フローラ川の北側が僅かにですが小高くなっていて、そちら側は被害が無かったそうです。住民の多くはそちらへ逃げ、死者は逃げ遅れた高齢者が数名だそうです。一方のヘムズデールは川沿いに津波が入り込んだらしく、壊滅だそうです。比較的丘陵に近い数軒の家だけが残っていて、当時百名程住んでいた街の住民の大半は、行方不明です」

「それを思うと、ウィックの人的被害ゼロは凄いな」

「ええっと。それについては、現在ワッテンに移住した住民の証言があります。何でも、元AAS小隊員として日本の二千九十五年の災害派遣に参加した住民が居たそうで、いち早く異変に気付いて、全住民を避難させたそうです」

「ハリソン少佐殿が行かれたという、あの災害派遣か」

「ええ。その時の惨状でPTSDを発症して軍を辞め故郷に戻っていたそうです。それがウィックの街の住民にとって、幸いだったと言う事ですね」

「そうだな。何が幸いになるか分からんもんだな」

 フゥとため息をついたニコラスは、遠い目をして何か思っているようだった。


 ――ティペット二等准尉殿は、変わったな。

 調書を纏めながらビリーは、黙々と作業しているニコラスの横顔をチラッと見た。

 海軍から移籍してきたビリーはニコラスの経歴を知らなかったが、今までの無気力な表情は消え、全てに暢気に構えていた気配はもう微塵も無かった。最初の会議で見せた杜撰さも無く、綿密な書類を集中して纏めていくニコラスの手腕は決して低くはないのだろうとビリーは思った。

 ――でも、俺にも分かる。あの惨状を見てやる気にならない軍人など一人も居ないだろう。

 自分にも沸き立っている闘志にも似た感情に、ビリーも気を引き締め直して再び調書に目を落とした。




 其々の任務で忙しく動き回っている班員達の僅かな休息の時間が、宿舎での食事の時間であり、その日の夕食のメインに、立派な鮭のムニエルが提供された日、宿舎をブラウが訪ねてきた。

「どうだ、俺の鮭は。旨いだろう」

 約束通りに鮭を差し入れて相変らず豪快に笑うブラウに、レオが苦笑しながら立ち上がって敬礼を返すと、他の班員達も笑顔を浮かべて老漁師に敬意を表した。

「もうオックに戻ったのか」

 レオの前にどっかと座り込んだブラウは、食事を断って茶を貰い、またスキットルを取り出してドボドボと注ぎ、グビグビと旨そうに飲んだ。

「ああ。アバディーンで修理して貰って、それにたっぷり充電して貰ってな。予備のバッテリーもそのままくれるって言うから、折角なんで、それからちょこっと漁をして戻ってきた」

「原因は何だったんだ?」

 レオが眉を寄せて訊ねると、ブラウは少し顔を顰めた。

「港の舫綱(もやいづな)が津波で流され漂流してたらしい。それがスクリューに絡まってた」

「ふむ。あの海域の海中浮遊物の撤去も、本格的な支援の前に必要だな」

「明日にでも手配します」

 隣で同じように舌鼓を打っていたネルソンが、途端に兵士の顔に戻ってキビキビと返事をした。


「ところで、島のみんなは元気なのか? あの子は?」

「ああ。今は殆どの住民が一時滞在の宿舎に移動した。まだ治療が必要な子供達など一部の住民だけが病院に残ってる。……彼はまだ病院だ」

 ブラウの質問にそう告げると「ふむ」とブラウも暗い顔になった。

「こればっかりは時間が掛かる事だ。焦ったらダメだぞ」

「ああ。ありがとう」

 まるで息子を諭すような口調にレオは少しはにかんだ笑顔を見せ、ブラウはポンポンとレオの肩を叩き、上機嫌な顔でまたウィスキーを継ぎ足してグビグビと旨そうに飲んだ。

「Mr.エリクソン、そんなに飲んでは車の運転が」

「心配いらん。今日はこっちに泊まりだ。明日の朝にはこの程度の酒は抜けてるわ」

 諭したネルソンをブラウはカラカラと笑い飛ばして、ネルソンも小さく苦笑いを浮かべ、重くなりがちな場の空気を和ませてくれる老人に微笑み掛けた。


 翌日の朝、北部未太陽光化世帯について纏め終えたルドルフが、ランスにリストを提出して確認を待っていると、一読したランスは顔を上げて「いいだろう」と無愛想に言った。

「早速指令本部に上げて、速やかにロンドンの資源エネルギー庁にコンタクトを取るよう伝えろ」

 まだ何か言いたそうに口をモゴモゴさせているルドルフに冷たい一瞥をくれて、ランスは一層不機嫌そうな顔になった。

「何だ、言いたい事があるなら言え」

「未太陽光化世帯全てを太陽光化しても、世帯は千にも届きません。他にも充電を必要としているものもあるのではないでしょうか」

 ランスに促されて、ようやく口にしたルドルフは、背筋を伸ばし直して一気に言った。

「例えば?」

「はっ。出生率が回復している本国では、今後倍々の勢いで人口が拡大するのは間違いないでしょう。崩壊で矮小化した農業生産高の向上も必須ですし、就業者の減った漁業従事者による漁獲の回復も必須です。それには何より効率化と付属施設等の拡充が必要かと」

「つまり何だ、結論を言え」

 相変らず無愛想なランスの表情に少し怯えながらも、ルドルフはキッと顔に力を籠めて「はっ」と言った。

「農業用耕作機械類や、未稼働の漁船に対しても同様な巡回充電が可能ではないかと」


 ルドルフの言葉に、ランスは背を預けていた椅子から起き直り、軽く顎を動かして先を促した。

「水素充電車による発電量は凡そ二千世帯分に上ります。各世帯に振り分けるものと同時に、この地方では十分には活用されていない太陽光耕作機械や、太陽光化を諦めて操業を止めてしまった漁船に対して充電を行い其々の稼働率を向上させる事で、この地域の農業及び漁業の活性化を諮れる一助になるのではないでしょうか」

 言い切った後恐々とランスの顔を見下ろしたルドルフだったが、ランスは眉を寄せた不機嫌な表情は変えず机上の内線電話を取り、出た相手にやはり無愛想に言った。

「再調査だ。住宅世帯だけで無く、各地域に於ける農耕用機器類や漁船や港湾施設等、産業関連についても調べ直せ」

 そしてランスは電話を切ると直ぐに立ち上がり、ポカーンとしているルドルフに呆れ顔で声を掛けた。

「何してんだ。早く、車を充填して来い」

「え」

「俺らも出向くに決まってんだろうが。期日には限りがあるんだ。早くリストを仕上げて送らないと、資源エネルギー庁も動くに動けないだろうが。さっさとしろ」

「イ、了解しました(  イエスサー)

 慌ててバタバタと駆け出したルドルフの後ろ姿を見て、ランスは面白くなさそうに「フン」と呟いた。



 正直、今でもイングランドは嫌いだとランスは胸の中で呟いた。

 レオの事も気に食わないし、さっさと帰ればいいのにという思いは相変らずであったが、ただ今回の件に関しては、ハイランダーである自分よりも先にイングランド人のレオがこの異変に気付いたという事に、ランスは勝負に負けたような気がしていた。


 ――俺らがエディンバラでのんびり訓練の日々を過ごしてる間中、ハイランドの人々が苦境に喘いでいたんだ。


 この北の地を守っているのは自分達ハイランダーだという自負を持っていたランスだっただけに、レオに後塵を喫したという事実に臍を噛む思いだった。


 それだけに、この地に蔓延る辛酸を全て薙ぎ払い、ハイランドの人々に安寧を齎すのは自分の役目だと強く感じていた。


 ――負けていられねぇ。


 敵愾心が対抗心へと変わりつつあるランスの葛藤は、それはレオを軍人として認める事だと言う事に気づいていたが、だからこそ、それより上を目指すという思いにランスは深く帽子を被り直して、躊躇う事無く陽光差す指令本部の外へ向かって大股で歩いて行った。

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