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闇色のLeopard  作者: N.ブラック
第十章 第九十九AAS小隊S班 オークニーの悲劇編
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第十章 第六話

 期日の一週間を迎え、最終的にはハリソン少佐の手で綿密に纏め上げられた北部地域復興計画案を携えて、エディンバラの指令本部に帰隊したレオだったが、報告書を差し出した相手のグレン大佐に任務の延長を申し出た。


「――レイグモア病院には、カウンセラーも常駐していると聞いているが」

 レオの申し出の意図を悟っても、冷静な表情を崩さない大佐に、レオは背筋を伸ばしたままグッと腹に力を籠めた。

「お任せ出来る部分はお任せしています。しかし、我々に出来うる事をし尽くしたとは言い難いと思っています」

「と言うと?」

「彼は殆ど我々を見ようとはしませんでした。最後の最後までです。救ってくれる筈の軍が、二年にも亘り自分達を放置したという我々への不信感を、我々は彼からは拭い去る事が出来ませんでした」

「それは時間が解決する問題ではないのか」

「そうです。だがしかし、その時間も、漫然と他の人の手に任せて静観しているだけでいいのでしょうか」

 レオはたじろがない瞳を大佐に向けた。

「どんな時にでも軍は地域住民と共にある事を、常に彼に関わり、その存在を示す事が必要なのではないでしょうか」

「それは北部の」

「いえ、大佐殿。これは自分達の任務です。自国民を救えずして、どうして世界が救えるでしょうか」

 グレン大佐は、真っ直ぐに背筋を伸ばして自分を見下ろしているレオを見上げ、少し眉を動かして黙り込んだ。


「――いいだろう。但し、七月より貴君らは、世界へ向けて出立しなければならない。その為の準備もある。少なくとも今月一杯迄に何がしかの結果を持って帰隊せよ」

了解しました(  イエスサー)

 相変らず表情の読めないグレン大佐は、訝しんでいるのか、憤慨しているのか、それともこの結果に満足しているのかは、その表情からは分からなかったが、レオはもう迷わないと決めていた。


 ――きっと、きっと【鍵】ならば、その一人を救う事に奔走するだろう。


 自分の心の奥底で揺れ続ける【鍵】の影が、フワリとまた揺れた気がした。





 

 レオが驚いたのは、再びインヴァネスに赴くというレオの話に、班員の誰もが反対もせず、不満そうな者も居なかった事だった。

「本班は明朝インヴァネスへ出立し、稼動する北部復興計画の組織編制をインヴァネス指令本部にて支援して、且つオークニー諸島に展開している現地捜索隊の報告を元に、オークニー諸島復興計画の立案を目的として、インヴァネスに於いて展開する。総員、心して任務を遂行せよ」

了解しました(  イエスサー)

 インヴァネスから戻ってまたとんぼ返りになると言うのに、全員一斉に敬礼を返した部下達の表情には、決意に満ちた眼差しが揺れていた。


「済まんな、アトキンズ少尉」

 既婚で産まれたばかりの赤子が居るネルソンを気遣って、レオが侘びたが、移送車両の手配や事務処理に当たっているネルソンは、「いえ」と平素の顔を上げた。

「他の兵士のご家族と助け合っているようですので、ご心配なく」

「それならいいんだが」

「軍人の妻ですから、夫の不在など慣れたものですよ」

 珍しくネルソンが私事を話して穏やかな笑みを浮かべるのを見てレオは安堵したが、ニコラスがフイッとS班作戦本部を出て行ったのを振り返って、怪訝そうな顔をした。

「ティペット二等准尉とは宿舎で会ったが、彼は独身なのか」

「ええ、そのようですね」

 ネルソンはまた元の冷静な表情に戻って淡々と言った。班員の中ではネルソンと並んで入隊十年になるニコラスは、年齢も三十二になっている筈だった。


「中尉殿、それを言ったら中尉殿もですよ。ご結婚のご予定は?」

 ケラケラと笑ったビリーに突っ込まれると、レオは苦笑いをして頭を掻いた。この班の中ではレオが最年長だったからだ。

「おいおい、中尉殿の婚約者殿は、大変お美しく聡明であられて、しかも慈愛に溢れたお方だ。お前知らないのか」

「それは失礼致しました」

 ネルソンに逆に突っ込まれて、狼狽してレオに詫びたビリーに、レオはいいと言うように手を振って笑った。

「あのアデス少佐殿の妹君だ」

 フッと笑ったネルソンに、ビリーはあんぐりと口を開けた。

「それで班長殿は、アデス少佐殿とお知り合いなので?」

 いやに紅潮した頬で琥珀色の瞳をキラキラとさせているビリーの表情に、レオは訝しげに眉を寄せた。


 ビリーが言うには、コンラッドはスコットランド海軍に於いても有名であるだけではなく、若い海軍兵の憧れの存在なのだそうだ。

 それであの時、コンラッドから直接指示を受けたビリーが嬉しそうだったのかと納得したレオは、訥々とコンラッドの魅力を語っているビリーの横顔に笑い掛けた。

「ただの腐れ縁だ。気にするな」

「はぁ」

 ビリーは少し寂しそうに言葉を返し、レオは仕方なく首を振って言った。

「どうせこの先、世界のあちこちで嫌でもアデス少佐殿と会う事になるさ。殴り飛ばされないように鍛えておくんだな」

 どうやら『餓えた虎(ハングリータイガー)』の噂も知っているらしく、「うへぇ」と顔を顰めたビリーに、レオはクスクスと込み上げる笑いを押し殺して、小さく咳払いをした。



 

 その夜レオは宿舎に戻ると、着替えもせず直ぐにクリスに電話を掛けた。

 暫くの呼び出し音の後、何時も通り穏やかな声で「やぁ、レオ」と電話に出たクリスの声が、少し鼻に掛かっているのをレオは聞き逃さなかった。


「親父さんの件、ありがとう。早速職員が来て倉庫が直ったと、皆喜んでいたそうだ」

 オークニーからインヴァネスに戻った時、インヴァネス指令本部から知らされたオック村の状況にレオも安堵した。

「ううん。で、太陽光化の件は、そっちでの調査が終わり次第で、これは順次対応になっちゃうみたい」

「ああ。それは直ぐにとはいかないんだろうが、水素充電車は既に手配済みで、パネルは後回しでも、蓄電池さえあれば事が足りる。その方向で検討するよう親父さんに伝えてくれ」

「うん。伝えておくよ」

 何時もより元気の無いクリスの声に、内心で嘆息を付きながら、レオは電話を掛けた本題に入った。

「クリス。今度はお前が泣いてるから、俺が助ける番だと思ってな」

 ゆっくり話し掛けたレオに、黙り込んだクリスの緊張した気配が伝わってきた。



 恐らくは自分がオークニーで悲痛な叫びを上げているのを知った時点で、クリスには大よそ見当がついていたのであろう。

 自分が防いだと思っていた津波が、実際には甚大な被害を出していた事を知って、【守護者( パトロネス)】として守りきれなかった自分を責めているだろうと思ってはいたが、案の定クリスの悲嘆を感じたレオは、言葉を掛けずにはいられなかったのだった。


「コンラッドから聞いたのか?」

 暫くお互いに黙っていたが、黙りこくっているクリスの鼻を啜る音が聞こえて、レオは小さくため息をついた。

「ううん。コンラッドはまだオークニー諸島に居るって。捜索隊をメインランド島で降ろした後は、周りの小さな島を廻って、捜索を続けてるんだって。でも生存者は居なくて、遺骨を五十柱収容したんだって、サヴァイアー中将が教えてくれたんだ」

 そう言ってまた黙り込んだクリスにレオは「おい」と声を掛けた。

「元々この国では、津波被害に遭った事なんか一度も無かったんだ。軍もまさか反射した波が押し寄せる事までは想定出来ていなかった。そして、津波の被害など誰も想像出来なかっただけに、何の対策もなされていなかった。全て、仕方の無い事なんだ」

 レオの説明をクリスは黙ったまま聞いていた。

「アイスランドでは津波を引き起こすような大きなマグネチュードの地震はこれまで無かった。あれは【地球の意思】とやらが故意に起こした本来有り得ない自然現象で、誰にも何の責任も無いんだ。お前の所為じゃない」

「うん。分かってるよ」

 それでも力無いクリスの返事に、レオはフゥと息をついた。

「クリス、お前だって全能じゃない。お前は神じゃあないからな。人よりは力を持ってはいるが、それでも出来る事には限りはある。お前一人で背負い込むな」

「うん、でも」

「全てを助けられないのなら手を出さない。もし手を出すなら全てを助ける。答えはその二つだけか? いや、それはノーだ。俺達に出来る事には限りがあるが、その最大限出来うるだけの事を成す。そうやって少しずつ出来る事の範囲を広げていく。俺達に出来るのはそれだけだ。違うか?」

「……ローラが、ハドリーが同じ様な事を言ってたって、前にそう言ってたな」

 ポツリと呟いたクリスの言葉に、レオは自分で言葉を発していながらハッとしたが、ゆっくりと笑みを浮かべ「そうか」と嬉しさを滲ませて呟いた。

「なら、ハドリーを信じろ」


「……うん」

 僅かだけだが明るい響きが戻ったクリスの声を聞きながら、少しはにかんだ心優しい青年の笑顔が此処からも見えるような気がして、また少し長くなった陽が、闇の迫った外で、ほんのりとした赤みを差している南の空を見ながら、レオはゆっくりと頷いた。

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