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闇色のLeopard  作者: N.ブラック
第十章 第九十九AAS小隊S班 オークニーの悲劇編
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第十章 第四話

 今日も曇天が広がる空の下、捜索範囲を広げて街を探索したS班だったが生存者は発見出来ず、町の西部に広がる少し小高い丘方面に生存者が逃れているかもしれないと、拠点を移動して探索を開始しようと、また重い荷を背負って移動を始めていた。

「Mr.エリクソンには、比較的安全なこの場所で待機して頂いたほうがいいのでは」

 まるで隊員の一人であるかのように、当然の如く探索に加わっているブラウを気遣ったネルソンの言葉に、ブラウはとんでもないと目を丸くした。

「同胞達がこんな目に遭ってるんだぞ? 手伝って何が悪い」

 頑固な海の男の言葉にレオも苦笑いしたが、ブラウを気遣った。

「しかし十分な休養は取ってくれ。無理の無い範囲でな」

「分かっとるわ。俺よりもそっちの若いのの方が疲れとるようだが」

 ムスッとした顔をしているランスを指して、ブラウがカラカラと笑うと、不機嫌なランスは一層顔を顰めて、面白くなさそうに顔を背けた。



 西部の丘へと向けて出発した一行が、道路に積もった瓦礫を避けながら歩を進めていると、今度は先頭を歩いていたニコラスが前方で動く影に気付いて立ち止まり、バッと振り返って「班長殿!」とレオに鋭い声を掛けたが、レオももうその動く影に気付いていた。


 道の中央に壊れかけた荷車が停めてあって、その脇の瓦礫を探るように覗き込んでいる十五歳ほどに見える男の子が、何かを探しているのか瓦礫を投げ捨てていたが、少年も自分を見ている兵士達に気付いて、ゆっくりと立ち上がってレオ達に顔を向けた。

「おい! 無事だったのか!」

 思わず駈け寄ったニコラスを目の前にしても、その少年は青白い顔色を変える事も無く、表情の無い顔付きで、近寄ったニコラスを黙って見ているだけだった。

 ガリガリにやせ細った体に、薄汚れた夏物の衣類を辛うじて身に付けているだけで、伸び放題のボサボサの髪も、元は綺麗な金髪であっただろうに、今は土に塗れてその色を窺う事も出来なかった。


 続いて駈け寄った班員達に囲まれても、少年は口を結んだまま、立ち尽くしているだけで、「名前は?」「何を探してるんだ?」と問われても答えず、薄い蒼の瞳には怒りも悲しみも浮かんでおらず、ただ絶望の影だけを映しているのを見て、レオもグッと唇を噛んだ。

 少年は何も言わないまま荷車の梶棒を取ると、レオ達を無視して重そうに荷車を引きながら歩き始めた。

「おい!」

 焦ったニコラスが思わず声を掛けたが、少年は立ち止まる事無く、駈け寄ろうとしたニコラスの肩をレオは引き止めた。

「しかし、班長殿」

「黙ってついて行くんだ」

 逃げる素振りを見せない少年の後ろを、誰もが困惑した表情で、黙って後を追い始めた。




 少年は籠が三個積まれた荷車を引いて、レオ達が探索をしようとしていたカークウォール西部に広がる小高い丘を目指していた。

 籠からは何に使うのか瓦礫から取ったらしい木の杭が覗いていて、少し拉ぎ掛けた荷車が揺れる度に、小さくユラユラと揺れていた。


「何処まで行くんでしょうかね?」

 小声で囁いたネルソンに、レオも固い表情で囁き返した。

「分からん。だが、津波から二年が過ぎて生存していたという事は、彼が何処かで食料を得て生活拠点にしている場所がある筈だ」

「でしょうね。平地部分にはその痕跡が無いようですから、やはり丘陵地帯でしょうか」

「だろうな。あの惨状だ。助かっても平地に戻りたいとは思わないだろう」

 黙々と歩いて行く少年の後を追いながら、レオは生存者が彼だけは無い事を祈っていた。

 


 やがて、丘に差し掛かった少年だったが、そのやせ細った体では力が出ないようで、それでも堪えて荷車を引いていたが、重い荷を背負ったままのルドルフが列から飛び出し、少年の荷車を後ろから押し始めた。

 するとニコラスも黙って後に続き、ビリーとジャスティンも駆け出すと荷車の脇から同じように押し始めて、急に軽くなって荷車が進み始めても少年は感謝を述べるでも無く、全てを拒絶するように背を向けたまま、振り返る事も無く歩き続けた。

 僅か五分程で道路が途切れ、丘の頂上に着いた一行は、目の前の広がる光景に誰もが言葉を失って、ただ呆然と立ち尽くしていた。



 流石にこの丘の上までは津波も到達しなかったようで、貯蔵施設と思しき白い建物は無傷で静かに佇んでいた。

 丘の上一面には枯れ草が広がっていたが、平地で見た真っ茶色に変色して再び芽吹く事無く死んだように横たわっていたのと違って、根元にほんのりと緑の影を残して、僅かに風に揺れているところを見ると、夏にはまた緑の野原が広がるのだろうと思えた。

 だが、その丘の一面に、無造作に立てた木の杭や、石が置かれている小さく土が盛り上がったものが、間隔もバラバラに数十、いや数百と、丘の上を覆い尽くして広がっていた。

「これは……」

 ブラウは呆然と呟いたが、他の誰も言葉も出せずに、荒涼とした光景に圧倒されていた。



 そんなレオ達を無視したまま、荷車から籠を一つ手に取って歩き出した少年は、その先のぽっかりと開いた穴に黙ったまま籠の中のものを取り出して納め始めた。

 土に塗れたそれは汚れた木片のようにも見えたが、少年が最後に取り出した大きな塊は、誰が見ても分かる、それが嘗て人であった事を示すもの――人の頭蓋骨であった。

 籠の中の骨を全て穴に入れ、土に汚れた手でその穴に土を戻し、籠に入れてあった木片を盛り上げた土の上に少年は無造作に差した。

「……彼一人で、弔っていたのか」

 ブラウが厳つい瞳に涙を浮かべて少年の小さな背中に目を向けた。


 穴を二個しか掘っていなかったらしい少年は、二体目を葬った後、スコップ代わりの石を手にして、その隣の固い土を穿ち始めた。

 まだ凍てつく風が吹く此処オークニーでは、固い土は少年を拒むようにほんの少し削れるだけで、それでも少年は手を休める事なく掘り続けていた。

 キッと唇を噛んだニコラスが、自分の背負っていたバックパックを徐に下ろし、その中から簡易スコップを取り出して、しゃがんでいる少年の隣に駆け寄って黙って掘り始めた。

 同じようにスコップを手にしたビリーが、悔しさを滲ませた顔でニコラスの隣に並ぶと、忽ち大きくなっていく穴にも、少年は二人を見る事も無く休む事なく掘り続けていた。

 三体目を葬った少年は、暫くの間、新しく出来た墓を見下ろしていたが、踵を返すとまた荷車を引いて無言で歩き始めた。

 少年の作業が終わるまでの間、黙ってこの地に眠る人々に黙祷を捧げていたレオ達も、またゆっくりと少年の後を追った。


 誰もが無言だった。誰の助けも届かないこの場所で、只一人で、亡くなった人々を弔い続けてきたのであろう少年の、苦悩すら消えてしまった氷のような表情に、掛ける言葉も思い浮かばなかった。

 レオを追い落とす事だけを考えていたランスも、流石にこの惨状を目にしては強張った顔で顔を引き攣らせ、ニコラスもルドルフも、平素の暢気さや臆病さも鳴りを潜め、自分達の無力さを感じ取って唇を噛み締めたまま俯き加減に歩いていた。



 少年はチラリとも後ろを振り返らないまま南に向かって歩き続け、レオ達が、生存者が居るのではないかと目していた大きな丘陵地帯を回り込むように進むと、大きな湖の手前で右に曲がった。

「やはり、この上でしょうか」

「ああ。さっきの丘の上の建物、何かの倉庫のようだったが、中は空になっていた。あそこから此処へ中身を運び込んだんじゃないか」

 少年から目を話さずに小声で話し掛けてきたネルソンに、レオは小さく頷いた。


 少年は、湖の畔にある小さな漁船が着けられた桟橋まで来ると、その脇の漁具小屋と思しき建物の隣に荷車を置いた。

 そして、何かが植えられているらしい掘り返された跡のある畑の横を通り過ぎ、緩やかな坂道をゆっくりと登っていったその先に、道端に一人の成人の男がこちらに背を向けて座り込んでいて、籠に入った枯れた草を揉みしだいていたが、横を通り過ぎる少年に気付いて、顔を上げて「おかえり」と笑った。

「今日はどうだった?」

 男の問いにも少年は口を利く事も無く、黙ったまま手を上げて、指を三本立てた。

「そうか、今日は多かったな」

 男も慣れているのか、何の感慨も無く呟いてまた作業に戻ろうとしたが、少年は初めてこちらを振り返って、レオ達をじっと見た。  

 その少年の視線に気付くと、男も少年の視線の先を振り返って、ようやく自分達に救助の手が差し伸べられた事を知ったが、何処か諦めに似た表情で、黙って立っている軍人達を男も静かに見返しているだけだった。



 

 その道の先には、先ほど見掛けたものより少し大きめの、倉庫のような建物があり、その脇には煮炊きをするのであろう竈が三つと、建物前には暖を取るための大きな焚き火の跡が黒っぽい灰を僅かに残していた。


 男は自分は元々カークウォールの行政庁舎の職員だったと言った。

「その日俺は、たまたま夏祭りに使う備品のチェックの為に三階の備蓄倉庫に居たんだ。二階の階段近くに居た数名は上に逃げたが、他は皆死んだ」

 ステファン・ラインフェルトと名乗ったその男は、ほんの僅かの生き残った仲間たちを見渡した。


 恐らくは津波以降初めて見る外部の人間だろうに、外で煮炊きをしたり、細い枯れ木を束ねたりしている十数名の住民は、レオ達を訝しげに見ただけで、まるで初めから存在をしていないかのように無視して、其々の作業を疲れた顔で黙々と再開していた。

「カークウォールの中心部に居て生き残ったのは、俺達を含めて、三十名ほどしか居なかった。後は比較的内陸に近い場所の人間だ。丘の上に登って難を逃れた。その他周辺地域も合わせて、この島で生き残ったのは、百名ほどしか居なかった。当時はこの島の人口は二千五百人ほどだったが、残りは皆、死んだ」

 淡々と話すステファンの言葉を、レオは眉を寄せたまま、黙って聞いていた。


「それで、此処で皆で避難生活を送っていたのか」

 ネルソンがステファンに顔を向け、「ああ」と頷いたステファンはやはり感情に乏しい表情のまま話を続けた。

「『発動』の数年前に北部でも洪水があったろう? それで、此処でも万一に備えて備蓄しようと丘の上に備蓄倉庫を立てて、食料品や種苗なんかを保管していたんだ。まさかそれが役に立つとは思わなかったが、この土地でも実る豆を植えて、後は下の湖で取れる小魚や、野生化した羊を捕まえたりして食べている。だが、食料不足と寒さで、半分は死んだ」

「では、今は五十名ほどが?」

「ああ。だが五人増えたけどな」



 ステファンが視線を送った先に若い女が居て、布で包まれた赤子らしきものを腕に抱いてはいたが、赤ん坊が五人も居るというのに泣き声すらせず、抱いている母親も、こけて黒ずんだ頬にギラギラとした瞳だけを見開いて、レオ達を挑む眼差しで見ているだけで、長くは生きられないであろう我が子を腕にして、全てを諦めているようだった。

「六人産まれたが一人は死んだ。残りの子も、長くは生きられないだろう」


 同じように諦めきった表情のステファンだったが、荷を下ろしたルドルフはバックパックの一番に上に積んであった大きな缶を取り出して、まだ少し申し訳なさそうな顔でステファンに声を掛けた。

「湯を沸かして下さい。粉ミルクです。哺乳瓶は済みませんが二つしか無くて……」

 途端に表情が戻り目を輝かせたステファンが、大きな粉ミルクの缶を受け取って「おお」と感嘆の呟きを漏らすと、ニヤリと笑ったビリーとジャスティンも、其々のバックパックを背から下ろして、同じように上に積んであった哺乳瓶を合計三つ取り出すと、驚いているルドルフに、にっこりと笑い掛けた。

「五個必要だったんですよね? レッド二等准尉殿」

 うんうんと嬉しそうに頷くルドルフの顔を見て、小さく眉を動かしてレオを振り返ったネルソンに、レオもゆっくりと頷き返した。




 五人の母親達が顔に笑みを浮かべて、ミルクをグイグイと飲んでいる我が子に微笑み掛けている間を廻りながら、ジャスティンが、「一度に沢山飲ませ過ぎないように。徐々に量を増やすんだ」と、声を掛けているのを、招き入れられた建物の中でレオは目を細めて見つめていた。

「彼の家は、産婦人科と小児科を専門とするクリニックで、医者になれという家族の反対を押し切って彼は軍に入ったんです」

 ビリーの説明にレオは内心でなるほどと思った。


 一般的な事は、軍医の資格を持つネルソンで十分対応出来るのであろうが、崩壊した世界でも産まれ始めているであろう子供達への専門的な知識を持っているジャスティンも、この班に必要な人材の一人なのだと、レオは大佐の思惑を悟って、何処までも用意周到で緻密な大佐の頭脳に改めて舌を巻いた。


 ネルソンが、生き残った住民達に簡易な健康診断を行い、それをルドルフがテキパキとサポートしている横では、ランスとニコラスが高栄養価の簡易携行食( レーション)を住民に配布していた。

 ブラウは、下の湖で取ってきたという小魚を、目を見開いて見ている女達の前で軽々と捌き、すり身にして団子状にしたほうが栄養がよく取れると教授していて、昼餉を作っている女達に囲まれて、カラカラと楽しそうに笑っていた。

「しかし、班長殿。このまま此処で避難生活を続けていたら、彼らは疲弊するだけではないでしょうか」

 レオをサポートして、此処の実態調査をしているビリーは表情を曇らせた。

「そうだな。彼らには、本島の何処かに一時避難してもらったほうが良さそうだ」

「哨戒艇の現在位置を確認します」

 ビリーが無線を手にしようとした時、唐突にレオの携帯が鳴った。


 こんな場所で、しかも見慣れない発信先にレオが訝しげに取ると、「S班。要救護者の総数を知らせよ」と、何処かで聞いたような声がした。

「……五十五名だが」

 不審に思いながらもレオが答えると、

「そうか。それなら楽勝だな」

 と、良く知った声が電話からも、そして背後からも響いてレオは思わず振り返った。

「よぉ。久しぶりだな。レオ」


 丘に上がってくる道の入口に立ち、手にした携帯を振って気軽に笑っているコンラッドの姿に、レオは居る筈の無い男の姿に呆れて、口を開けて立ち尽くしていた。

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