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闇色のLeopard  作者: N.ブラック
第九章 第九十九AAS小隊S班 北の国への旅立ち編
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第九章 第七話

 翌日の朝、レオは食堂の隅で分厚い資料を前にして、一人黙々と見落としが無いかチェックをしていたが、目の前にハリソン少佐が二人分のお茶のカップを手に立っているのに気付いて、慌てて立ち上がって敬礼を返した。

「ああ、いや、いい。どうだ、少し休憩しないか」

 鷹揚に笑った少佐に「はっ」と戸惑いながらも返事して、湯気の立つ温かいカップを受け取ったレオは丁寧に頭を下げた。


「寝てない顔だな。意気込みはいいが、休養は必要だぞ」

 ニヤリと笑った少佐にレオは苦笑を返した。

「それにしても、情報収集はお前の得意分野では無いと聞いていたが、流石マクダウェル中佐殿だな」

 熱い紅茶のカップを手に、少佐はレオの前にどっかと腰を下ろし、レオの顔を窺いながら呟いたが、レオは苦笑を浮かべたまま俯いて、目尻を下げて笑う元SIS情報将校の顔を思い出していた。




 正式に異動が決まると、マクダウェル中佐はレオを警備任務から外し、嘗てSISの情報将校として暗躍した自分の知識を、レオと『エクセター』の艦長職が確実視されていたコンラッドの二人に、惜しげもなく伝授した。特にレオは、常に中佐と行動を共にして、その基礎を身体に叩き込まれた。

「いいか、ザイア少尉。事象には、須く情報が隠されている。その端緒を見分ける嗅覚を養え。漫然と見るな。常にアンテナを立てて、隠されたシグナルを探すんだ」

 何時もは温和で冗談好きなマクダウェル中佐の真剣な瞳を見返しながら、その言葉一つ一つ全てを聞き漏らすまいとレオは口を固く閉じて頷いた。


 そして、コンラッドもレオの指針の一つであった。

 軍人として先輩に当たるこの男も、自分の進むべき道を迷い無く真っ直ぐに見据えていて、同じ道を行こうとしているレオに、何も指導めいた事は言わないのだが、その存在そのものがレオにとって目指すべき道そのものだった。

 そして、レオの心の中で、同様に大きく占めていたのが【鍵】の存在だった。



 レオ自身は、【鍵】と呼ばれたハドリー・フェアフィールドには、一度も会った事は無かった。

 湖水に出掛けた時に、まだ小さな赤ん坊が蒼灰の瞳で真っ直ぐにレオを見つめ返しているのを見ても、その子が嘗てのハドリーだと言われても、実感の湧かないレオには戸惑いしか無かった。

 だがそうやって接する人々の心の中に生き続けている彼の存在は、レオの心の中で影のように揺らめきながらも、自分の進む道を指し示す朧げな光のような存在として、常にレオの心を揺さぶり続けていた。


 ――こんな時、【鍵】ならどうしただろうか。


 【鍵】が望んだという、差別も区別も無い世界を思う時、レオはその揺らめく陽炎のような【鍵】が、ゆったりと手を挙げて、道を示しているような、そんな気がしていたのだった。



 ハリソン少佐が去った後、ずっと一枚の紙を前にして考え込んでいたレオは、徐に立ち上がると指令本部の建物を出て、同じネス川沿いにある行政庁舎を目指して歩いて行った。

 対岸には、聖アンドリュー大聖堂が、独特の風貌を見せて静かに佇んでいて、眼前の小高い丘の上には千八百三十五年に建てられた時の姿のまま、インヴァネス城が今も変わらぬ威厳で鎮座していた。

 その麓では、水力発電の電力を利用した充電ステーションが隣のFCV用のステーションの閑散さとは裏腹に、太陽光での不足分を補おうと多くの市民が列を成して、自宅の蓄電器の予備バッテリーに充電しているのを見て、厚い雲に覆われた空を見上げ、この冬は天候不順が続いている北部の暮らしを想って、レオは顔を曇らせた。


 ――此処はまだマシだが、周辺は厳しい状況だろうな。


 元々北海油田の恩恵著しいこの地域は、ガソリン車からソーラー車への転向も遅れていた上に、曇天の多いこの地域では太陽光化も遅れていた。冬場の暖房は安価な灯油で事足りていたからだった。

 しかし世界の崩壊と同時に、対イングランドだけでなく、隣国のノルウェーや、遠いロシアからも利権を狙った領海侵入が相次ぎ、世情不安から北海油田は操業を止めていた。

 途端に窮状に喘ぐ事になったこの地域に手が差し伸べられる事は無く、永らく放置されていた事がそもそもの発端なのだと、彼らの疲弊した様子を思ってため息をつきながら、レオは僅か数分で辿り着いた行政庁舎の門を潜った。


 資料部に通して貰い目的の資料を丹念に検索したレオが、帰り際に別室を覗くと、苦虫を噛み潰したような顔でPCとにらめっこをしているニコラスが一人黙々と作業していて、その真剣な眼差しを見てレオは小さく笑い、自分に全く気付いていない様子のニコラスには声を掛けずにそっと外へ出た。

 昼前には指令本部に戻ったレオは、ニコラスがムスッとした顔で持ってきた資料に再度目を通して「いいだろう。纏めに入ってくれ」と指示を出したが、思い直したようにS班用に提供された会議室に出向いて、全員に「昼食の時間だ。暫時休憩せよ」と告げた。

 猛スピードでキーボードを叩いていて、真剣な顔で画面から顔を離さないルドルフの肩を叩いて苦笑いしたレオであったが、室内を見渡して人数が足りないのに気付いた。

「ローグ曹長とウォレス曹長は?」

「はっ。支援策策定のため現地確認を行いたいと両名より申し出がありまして許可致しました。午後三時までには帰隊する筈ですが」

「……アイツらの資料を見せろ」

 疑問を抱いていない様子のネルソンは、レオの言葉に一瞬考えるように目を泳がせたが、「はっ」と二人の作成した資料を手渡した。


 理路整然と纏められていた資料を繰りながらレオはじっと考えているようだったが、様子を見に来たハリソン少佐も、横から資料を覗き込んでじっと押し黙っていた。

「……二人は何処へ向かった?」

「はっ。オックです」

「アトキンズ少尉、直ぐに出動だ。オックへ向かえ」

「しかし」

 強張った顔で告げたレオに、ネルソンは流石に冷静な表情を崩し怪訝そうな顔をした。

「ザイア中尉、残り四名を全て出動させろ。俺は指令本部で有事に対処する」

 何も告げなくても仔細を理解しているのであろうハリソン少佐も、厳つい眉を寄せて険しい顔をしていた。

「どういう事でしょうか」

 それでも納得してないネルソンに、レオは鋭い視線を向けた。

「暴動が起きるかもしれん。未然に食い止めるんだ」

 レオの言葉に室内は一瞬の内に凍り付いて、やっとPCから目を離したルドルフが青褪めた顔で立ち上がった。

「全員、オックに向けて出動する。但し銃は携行するな。急ぐぞ!」

 纏め途中の資料をほっぽり出して、全員緊張した顔で一斉に走り出すと、レオもハリソン少佐に無言で頷いて部下の後を追った。


 

 全員が強張った顔のままの車内で、ネルソン・アトキンズ少尉は改めてレオに問うた。

「班長殿。何故暴動が起きると?」

「アトキンズ少尉。彼らのレポートを読んだか?」

 腕組みをして目を閉じているレオは、顔を上げずに言った。

「はっ。一応目は通しましたが」

「彼らは、あの場所の電力不足に対する対応策として、何を挙げていた?」

「費用対効果を考慮すると、現状では水力発電の電力を湾岸エリアへ振り向ける施策は、敷設部品の充当などの側面により著しく困難である。該当地域の気候を鑑みるに、これ以上の太陽光化は十分な効力を発揮するとは考え難く、因って当該地域の住民については、より恩恵を受けられるインヴァネス近隣への移住が望ましい、と」

「電力は振り向けられない。だからお前ら故郷を捨てて移住しろ、と言われて住民が納得すると思うか?」

「それはそうですが、しかし施策として困難である事を丁寧に説明すれば理解を得られるかと」

「それを受け入れられないからこその暴動なんじゃないのか?」

 静かに目を開けたレオに、ネルソンは口を噤んだ。

「暴動の後始末として、その後、行政庁と地域住民との話し合いは何度も行われている。しかし何れも物別れに終わって、解決を見ていない。未だ彼らの要望に未対策の地域に、傷に塩を塗りに行って無事で済むと思うか?」

「しかし彼らは聡明であり有能です。無謀な真似はしないと思うのですが」

 その危険性は理解したようだが、レオの危惧が杞憂ではないかと疑っている様子のネルソンに、レオは険しい顔を向けた。

「有能だからさ。アイツらは自分の有能さを理解している。だがまだ若い。それを隠して事にあたる技量はまだ身についてないだろう」

「はっ」

「その可能性が例え数%に届かなくても、可能性がある限りは対処する。支援を与える俺達が、住民を追い詰める側に廻る事は決して許されない」

了解しました(  イエスサー)

 最後には、唇を噛み締めて頷いたネルソンは、起こりうる最悪のシナリオを思い描けたようで、緊張した顔で隣のレオの顔を黙って見返していた。




 ――こりゃ面白い事になってきたな。あの若造が問題を起こして暴動になれば、班長としての責任は免れないだろうな。

 と、内心ではほくそえんでいるランスは、自然と顔がにやついて来るのを隠そうと、態と眉を寄せた難しい顔をしていた。

 その為またルドルフに運転を任せたランスには、きっとコイツがまたラウンドで道を間違えるだろうという目算があった。

 ――とっとと巣に帰りやがれ、イングランド野郎が。

 心の中で悪態をつきランスは一人悦に入っていた。


 ところがルドルフは、ラウンドどころかその手前で森により侵食されて通れないというB9161ロードに入ってしまって、慌てたネルソンが背後から、「おい!」と鋭い声を掛けた。

「貴様、何処までミスすりゃ気が済むんだ!」

 取ってつけたように助手席のランスがルドルフを睨んだが、意外にもルドルフは落ち着いた顔をしていた。

「あの運転手は『大型のトラックは通れない』と言っていました。小型の乗用車は通れるという事でしょう。つまり、トラックの車高の高さに張り出した枝か何かが通行を妨げているのでは。ならば、こちらのほうが近道です」

「そうとは限らないだろうが」

 ランスの脅しにもルドルフはもう怯えた表情はしなかった。

「いえ。多分、A832に廻るとオックに辿り着けないかと」

 ルドルフの呟きに、ネルソンが怪訝そうに眉を寄せた。

「どういう意味だ?」

「それが自分でも良く分からないのですが、そんな気がするんです」

「何だ、そりゃ」

 呆れてクックッと嘲笑いを漏らしたランスであったが、最後尾に座ってそれまで黙っていたニコラスが、思い出したようにポツリと言った。

「そういや俺達がこっちに向かった日、パースの先のA9で事故があったな」


 その言葉に三名が一斉に最後尾を振り返り、その三人に睨まれてニコラスはたじたじとした顔をしたが、口篭りながらも説明した。

「いえ、あの。確か俺達が通過する予定の時刻にA9ハイウェイ上で珍しく横転事故があったんです。ラジオニュースでやってましたので」

「そんなの偶然だろ。それにその後、A95に迷い込んだのは説明出来ないだろうが。後続車が無事に着いてるんだからな。あの時、一般道へ入ったのはいいが、目の前にトラックがトロトロと走ってやがって、それで尚更遅れたの、覚えてんだろうが」

 ランスが不機嫌そうにぼやき、ルドルフは小声で「済みません」と謝ったが、レオはその時の光景を思い出していた。

 確かに、A95からA938への抜け道の、道幅の細い一車線の一般道に紛れ込んだ時、目の前には何かを積んだ大きなトラックがゆっくり走っていて、その先の一軒家の軒先に入っていく迄の間、道を塞がれて立ち往生したが、その時の荷台で、ユラユラと小さく揺れていた荷と昼間見た光景とが合わさってその答えに気付くと、レオはルドルフが持っている不思議な力に驚きを隠せなかった。


 ――まさか……


 その時、指令本部からの無線の着信を知らせるアラームが響き、「はい、S班一号車」とランスが取って答えると、ハリソン少佐のくぐもった声が車内に鳴った。

「一号車、現在位置を知らせろ。A9とA832のラウンドで多重事故が発生した。まさか巻き込まれてないだろうな」


 無線機を手にしたままランスは答える事も出来ずに、落ち着いて運転をしているルドルフの横顔を呆然と見て、後部座席の一同も、偶然の一致にしては説明がつかない事象に、ただただ口を開けて、ルドルフの背中を黙って見つめているだけだった。

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