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闇色のLeopard  作者: N.ブラック
第八章 第二十二SAS連隊A部隊 北国の冬編
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第八章 第五話

 年が明けて二日目、子供達はエディンバラ郊外に住む息子夫婦の家を訪ねているアシュレイ夫妻に招かれていて、レオはその送迎をアーサー牧師に依頼し、スコットランド軍の特殊部隊指令本部へと赴いた。


 遥か昔にはエディンバラ城内にあったという陸軍庁舎は、現在は同じ市内にある荘厳な古めかしい建物に移っているらしく、今でもタータンを身に纏った警備兵が入口を守っていて、降る雪を帽子に積もらせたレオは警備兵と慇懃に敬礼を交わし、十九世紀の半ばに建てられたという重厚な扉を潜って、高い天井に硬い靴音が響く中、特殊部隊指令本部へと誘われていった。



 外気と余り変わらない寒々とした長い廊下を延々と歩き、四階の突き当たりの部屋に案内されたレオは、付き添いの護衛兵が丁寧に開けた扉の向こうで、大佐を示す階級章の色だけが違う、英国軍と変わらない軍服姿の男がゆっくりと立ち上がるのを見て、ビシッと敬礼を返した。

「第二十二SAS連隊A部隊少尉、アレックス・ザイア、お招きにより参上仕りました」

「ようこそ、スコットランドへ。ザイア少尉殿」

 切り揃えた金色の短髪をキッチリと撫で付けて、切れ長の冷たく見える灰色の瞳を向け、口元には微かに笑みを浮かべた男は悠然と構えてレオを迎えた。

 その男、アンドリュー・グレン大佐が、レオをこの場所へ招いたスコットランド軍特殊部隊の部隊長であった。


 元々特殊部隊を持っていなかったスコットランド軍は、その名にロイヤルを冠している通り、王室の護衛や、各地を転戦する歩兵を担ってきた連隊であったが、独立の気運の高まった二千年初頭以降、徐々に自治権を拡大していき、英国軍から分離して独自軍となったのを切欠に、二千五十年頃発足したばかりのまだ歴史の浅い部隊であった。



 将来的には独立を目指していたスコットランドでは軍の組織化も急務とされ、歩兵部隊は史上に名を残す兵揃いとして有名だったが、空軍は歩兵を有するのみで、海軍に到っては、艦船どころか兵すら所持していなかった。

 そんな中で、陸海空を兼ねる急襲部隊として組織されたのがこの特殊部隊で、その性質はほぼSASと同一であった。


 各部隊の中での精鋭が集められ、その実力はSASと肩を並べるほどに成長したと言われるスコットランド特殊部隊は、ゲール語でスコットランドを示す「アルバ」を冠し「アルバ・エア・サービス」通称AASと呼ばれていた。



 英国連邦の一員として、イングランド軍SASとは緊密な関係にあったこのAASが、スコットランドを訪問する事になったレオに対して表敬の意味での招待を行う事は、一見不自然なところは無いようにも思えたが、その呼んだ相手が部隊長のグレン大佐となると、この訪問の真の意味が何なのか、場違いな場所に立っている自分に困惑して、レオは大佐に悟られないように小さく眉を寄せた。



 グレン大佐はレオにソファを勧めて、腰を下ろしたレオには湯気の立つ熱い紅茶が供された。部屋の中も旧時代の造りであったが、一応暖房が効いているらしく廊下よりは暖かかった。

 だが今日は深々と雪の降る寒い日で、かじかんだ両手にカップの暖かさがじんわりと染みて、熱いお茶を口に含むとホッとため息が出そうになるのを堪え、平静を装い口元には笑みを浮かべてレオは大佐に向き直った。


「子供達は、楽しんでおられるか」

「お陰様で、雪国を満喫しているようです」

「先日、三十日のエディンバラ動物園の来園者数は、その日一日で去年一年間の年間の来園者数と同じだったそうだ。園では年一回と言わず、何度でも子供達に来て欲しいと言っていたそうだ」


 ゆったりと笑みを浮かべながらも、目元には鋭さを残したままのグレン大佐を自分の穏やかな上官と比べて、本来これが精鋭部隊の長なのかと思ったレオだったが、マクダウェル中佐も、あの温厚な仮面の下に怜悧な頭脳を持ち合わせている事を思い出して、きっとこの大佐も剃刀のように光るこの瞳同様、鋭く切れる頭脳を持っているんだろうなと思い到って、レオは苦笑を浮かべて頷いた。


「ですが、此処でも子供達が生まれ始めていますから、直にまた、子供達で賑わう事でしょう」

「確かにそうなるだろう。だがしかし、我々にとってあの子供達は特別なのだよ」

「特別?」

「ああ。特別な、かけがえの無い存在なのだよ、ザイア少尉殿」

 グレン大佐は穏やかな口調であったが、変わらずその視線だけは鋭くレオを見つめ返していた。


「独立は、我々の長年の悲願であった。ずっと長い間の」

 少し俯き加減でグレン大佐は話し始めた。


 それは、凡そ学歴というものを持たない、小学校にすら通っていなかったレオでも知っている事実だった。つまり、スラムの底辺にすら聞こえてきた誰もが周知の事であり、スコットランドの人達がどうしても叶えたい願いとして、広く世界に知らしめられていた。


「この世界の混乱の中にあっても、強い絆を見せた我々にとって、今が独立への又と無い機会(チャンス)であったのは貴君もお分かりであろう。結界という力を得た我々は、独自の文化を継承し発展させるために、特別な条件を設けて我々の世界を守ろうとした」

 グレン大佐は、表情を変えずに淡々と話し続けた。


「その結束の方向性に疑問を投げ掛けたのがあの子供達であった。遠い南の島で生まれ、そして置き去りにされるという過酷な環境の中で生き抜き、見知らぬ英国にあっても怯える事も臆する事も無く、誠実であり天真爛漫であった。我々の文化に感嘆し、吸収しようとするその力は、肌の色の違いや、生きてきた環境に左右されるものでは無いという事を、我々に明白に指し示したのだよ。それ故に、我々は扉を開いた。そしてその決断は間違ってはいなかった事を、子供達は我々に示してくれているのだ。これを特別と言わずして、何と言うのであろうか」

 真っ直ぐ見返してくるグレン大佐の灰色の瞳に宿る光を、レオは困惑と共に受け止めていた。






 世界が『発動』を迎え、その役目を終えた結界は聖システィーナから外され、そして、【(コア)】の主保護地域と認定されて、古くから結界が存在していた湖水地区でも、結界が消失したのが確認された。

 それは即ち、これ以降に【核】が誕生しない事を意味しており、その事からも、【鍵】が輪廻を断ち切り、この後世界は『発動』を必要としない事の証明の一つとされた。


 此処スコットランドでも、それに僅かに遅れて結界が外された。それまではスコットランド人しか入る事の出来なかったこの地域の縛りは外され、誰もが自由にこの地域に出入り出来るようになった事は、イングランド側でも歓迎を持って受け入れられ、今後も英国自治州として協力し合う事を確認したケビック・リンステッド英国コミュニティ会議議長が、「新しい世界の第一歩だ」と、賞賛した事をレオはまだ覚えていた。



 マリアが、あの子達が院へ来たのは運命だったと言っていた事を思い起こしていたレオは、あの子達を見出した【鍵】と【核】は、この結果を知っていたんだろうかと、単に偶然とは呼べない宿運にただ驚いていた。


「それで、ザイア少尉殿、貴君をお呼び立てしたのは他でもない、その特別が重要な意味を持っているのだ」

 複雑な顔で座り込んでいるレオに、グレン大佐は灰色の瞳を少し緩めて笑ってみせた。


 




 グレン大佐の申し出は、レオにとっては晴天の霹靂とも言うべき、驚くべきものであった。

「単刀直入に申し上げれば、貴君に、このAASにおいで頂きたいのだ」

 突然の申し出にレオは何と返していいのか判らずに戸惑ったが、そんなレオの様子を介する事も無く、グレン大佐は立ち上がって、自分の席にゆっくりと戻って行った。


「世界は『発動』を迎えて滅亡の危機を脱し、これよりは失われし文明を再興する段階へと突入した。それにあたっては、国連に加盟している比較的国家機能を残した国々を主として、各国の協力の下、国境という垣根を超えて、遍く世界を跨いで行われる事となった。だがしかし、その一方で軍に於ける機能は矮小化し、今や軍は警察組織の成り代わりでしかないのは、否定の出来ない事実であろう。だがそれすらも必要意義が問われている今、貴君が成すべき責務は、別の場所にあるとは思わないか」

 レオが最近思い悩んでいた事柄を、言い当てるかのような大佐の言葉に、その意味は重々分かっていたが、それでも自分がやるべき事が本当に此処にあるのか、疑問に思っているレオは戸惑いの顔を上げた。

「おっしゃる事は分かります。ですが」

「我々は貴君を特別な存在だと思っているのだよ、ザイア少尉殿」

 今度は笑っていないグレン大佐を、眉間に皺を寄せて見ながら、レオは小刻みに首を振った。

「いえ、いいえ。大佐殿は、自分を買い被っておられます。自分が特別だと大佐殿が思われたのは、本当に特別な存在であるマリアが、Ms.マリア・バーグマンが暴走を起こした時に近づけるのが自分だけだった、只それだけの事で、それも運命とは言え只の偶然で、その力を自分で制してコントロール出来るように彼女がなった今、自分は最早居なくてもいい存在であり、決して特別などという」

「……謙遜も過ぎると美徳にはならないと貴君に諫言されたのは、マクダウェル中佐殿であられたかな」

 立ち上がって必死で訴えるレオに、グレン大佐はまた口元にだけ笑みを浮かべた。


 恐らく大佐は自分の過去の全ての一切を、スラムの子供時代からの荒んだ過去を含めて全てを掌握しているのだろうとレオは思った。

 これ以上の反論は虚しいだけだと察したレオは、短く「はっ」と同意の意を称した答えを返すしか無かった。


「それでは、貴君に申し上げよう。貴君が特別であるというのは、世界の守護者であるMs.マリア・バーグマンを制する事の出来る唯一の人間だから、という意味では無い。ザイア少尉殿、我々が今漕ぎ出そうとしているのは、世界へと向かう船だ。国情が安定しているとは言っても、余力を他国に振り向ける事の出来る力を保持している国は少ない。その中にあって我々スコットランドは、崩壊の度合いが少なく、警察組織が崩壊したイングランドと異なり、我々のスコットランドヤードは今も健在で、猛者が群れをなし、そしてそれに続く若者も育っている。軍もしかりだ。それ故に我が軍は、その統率力を以って我々の力を世界へ向け、救助の手を待ち侘びている多くの疲弊した国々に於いて、その力を十二分に発揮する事が出来る数少ない機関だ。そしてそれには、世界へ目を向けた羅針盤が必要なのだ。【鍵】が齎したこの世界の意義を正しく理解して、船を導く事の出来る人材が」

 敬礼だけは辛うじて返してはいたが、呆然と聞いていたレオに、グレン大佐は真っ直ぐ視線を向けた。


「貴君は、【鍵】が望んだ世界を実現したいと思わないか」



 レオの心を射抜いたその一言は、自分のやるべき事は確かに此処にあると告げていた。

 だが、まだ受け止めきれないレオは戸惑いの視線を宙に泳がせて、どう答えるべきか迷った挙句、漏れ出すように言葉が零れていた。

「しかし、しかし自分は組織の一員であり、個人的な事情で転属を願い出るなど――」

「ああ、その心配は無用だ。リンチ少将殿もマクダウェル中佐殿もこの件をご了承済みだ。但し、本人の意思を尊重してやってくれと言われてな。随分と可愛がられているようだな」

 最後にはようやく目元にも笑みを浮かべたグレン大佐に、レオはしてやられたと臍を噛んだ。

 惚ける演技の上手いマクダウェル中佐の顔をレオは思い浮かべて、どう返していいのか、まだ混乱している頭の中で、口には出せない言葉の羅列だけがグルグルと渦巻いていた。


「今直ぐにというわけではない。貴君をこのままエディンバラ城に監禁しようなどとは考えていないから安心したまえ。貴君も考えるところもあるだろうし、その左肩の傷も、全治まで後ひと月というところだな。だが、次の春にはまた会えると信じている」

 レオの返事を待たずに、もう確定の答えを返して寄越したグレン大佐に、レオは戸惑う視線を泳がせたまま敬礼を返すしか無かった。

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