第八章 第二話
今年も平年よりも寒いというスコットランドのエディンバラ城は、纏った白い雪を夕焼け色に輝かせて変わらずに鎮座していた。
初めて来た時と同じ様に一面の雪景色で子供達を出迎えて、頬を赤く染めさせたエディンバラの街では、子供達の到着を待ち兼ねていた多くの市民が大聖堂前の広場にもう集まっていて、ロドニーの心配が杞憂であった事を、直ぐに彼に知らせてくれた。
「おかえり!」
「おかえりなさい!」
いらっしゃいでは無く「おかえり」と迎えてくれる市民の言葉に子供達も嬉しそうに顔を綻ばせて、潤んだ瞳で「ただいま!」と、大声で叫んだロドニーを暖かい拍手が包んで、普段はぶっきら棒なロドニーは、浮かんだ涙を見られまいとグシグシと盛んに擦って、やっぱり強がってみせた。
一晩が明けたクリスマスの朝、大聖堂でスコットランド国教会の牧師達と並んでミサに参加した子供達は、去年のクリスマスに参加した聖システィーナでの特別なミサとは違い、普段と変わりの無いミサに不思議そうであった。
「少し、やり方が違うのですよ」
自分達とは宗派の違うスコットランド国教会に配慮したマリアが優しく子供達を諭したが、それでも皆キョトンとした顔をしていた。
「なんで? みんな同じなのに」
その中で躊躇わずに疑問を口にしたのはビアンカで、その言葉にアーサー牧師は少し困った顔をした。
「長い歴史があるのです。ずっと――」
「でも、ハドリーはそれを終わりにしたかったんでしょ? だれもちがわないって。みんな同じでねがう事も同じなのに、それなのにねがう神さまがちがって、自分の神さましか大切に思わない心が、きずなを遠いものにするって。イングランドとスコットランドとはちがうんだと思う心が、かべを作るのよ」
アーサー牧師の言葉を遮って、蒼い瞳に真っ直ぐな光を浮かべているビアンカを見下ろして、マリアは内心で息を飲んだ。
薄っすらと彼女から立ち昇っている淡いピンク色の守護の光は、それまでの自分達のものとは異なる、新たな強い息吹を感じさせ、アーサー牧師もそれを感じ取ったのか目を細め、たじろがない少女を見ながら小さく感嘆の息を洩らした。
「おっしゃる通りですね」
そう言ってゆったりと頷いたアーサー牧師を、少し驚愕を浮かべ振り返ったマリアは、自分達が成しえなければならない大きな義務と責任の存在を知り、唇を強く噛み締めた。
その日の昼は、盛大なクリスマスディナーがホテルのレストランで催され、主催したスコットランド議長も久しぶりに見る子供達が大きくなっているのを喜んで、孫を愛おしむように相好を崩して、子供達を出迎えた。
「メリークリスマス! さぁ、いい子にしてた子からプレゼントを受け取って。好きなご馳走を食べていいからね」
サンタの扮装で、白い髭と白い髪は自前の議長は、歓声を上げて駆け寄ってくる子供達にご満悦で、大きな布袋から一つずつ其々の子供達に用意したプレゼントを手渡しては、楽しそうな大きな声で「ホーッホッホッホッ」とサンタを真似た声色で笑って、うっとりと見上げる子供達の視線に大満足のようであった。
「議長さん、クリスマスにはサンタもやってたんだ」
目をパチクリさせたロドニーに、議長はパチンとウィンクをして、
「そうだとも。わしは全部の子供達を愛しているからな」
と、ロドニーの金髪をグリグリと撫でた。
「ご歓待、感謝申し上げます」
盛大な歓迎に、マリアが議長に丁寧に頭を下げて感謝をすると、「いやいや」と首を振った議長は、唇をキュッと結んでから、逆にマリアに頭を下げた。
「あの津波は、我らの力だけではどうする事も出来ませんでした。貴女様方のお力添えがあればこそ、我らがこうして安寧に暮らしているのです。本当にありがとうございました」
同時にアーサー牧師もマリアに向かって深々と頭を下げて、困惑したマリアは恥ずかしそうに首を振った。
「どうか、お二方とも頭をお上げ下さいませ。互いに助け合うのは当然の事。何れ私共にも、助けを必要とする時もある事でしょう。その時には、どうぞお助け下さいませ」
そう言ってマリアも頭を下げ、三人が互いに困惑しながらも頭を下げ合っているのを見て、レオは苦笑を浮かべて声を掛けた。
「ほら、子供達が待ってる。今日はクリスマスだ。笑って過ごしたほうがいい」
そう言われてホッとした顔を上げたマリアにレオは優しく頷いて、
「院長先生! 凄いよ! こんな大きな鳥初めて!」
と、興奮した顔で七面鳥の丸焼きを前にしたロドニー達の元へ、笑顔で促した。
翌朝、もう我慢が出来ないロドニーは、夜が明けると同時に起き出して、まだ他の男の子達はスヤスヤと寝ている中、独りさっさと身支度したり、自分の荷物をひっくり返しては纏め直し、もう一度忘れ物が無いか気になって、再びひっくり返しては纏め直してと、待ち切れなくてソワソワとしていたが、ようやくレオが起きて来て子供達を起こしに来る頃には、また眠くなってトロンとした目を、ゴシゴシと擦っていた。
「早く行こうぜ」
朝食の席でも、皆を急かして落ち着きの無いロドニーに、マリアが苦笑して、
「議長様がお見えになるまで、大人しく待ちましょうね」
と諭すが、デザートのフルーツ盛りも飲み込む勢いでがっついているロドニーに、レオも呆れてクスッと笑った。
「おはよう! 今日も皆元気かな」
約束通り、子供達をハイランドへ招待したスコットランド議長が、今日も上機嫌な顔で姿を見せると、ロドニーは口一杯に詰め込んだフルーツを慌てて飲み込んで、議長の上品なウールの黒いコートの袖を引っ張って「議長さん、早く行こうぜ」と、すっかりと眠気の覚めたキラキラとした瞳で議長を見上げた。
「ホッホッ、せめて茶を一杯貰えるかな。朝食もまだなんでな」
「あら、それではご一緒に」
慌てたマリアが席を立つと、ロドニーは不満そうに口を尖らせた。
「車の中でサンドイッチでも食べればいいだろ。早く行こうぜ」
「お兄ちゃん、おちつきなさいよ。スキー場は逃げたりしないわよ。ぎちょうさんにも、ゆっくり朝ごはんを食べるけんりがあるわ」
すっかりと大人びて、まるで兄と妹の立場が逆転したかのように諭すビアンカは、小さな手で一生懸命にナイフとフォークを使いながら目の前のハギスと格闘していた。
「それでは、デザートをもう一品どうぞ」
ブーブーと剥れているロドニーの前に、白いムースがまるで雪山のようにふんわりと頂を作り、オレンジソースが掛かったケーキが出されると、パアッと目を輝かせたロドニーは、早速ストンと腰を下ろして、美しいケーキを目を丸くして繁々と眺めた。
「これは何?」
「タルト生地の上にココナッツミルクのムースを載せ、この中にはフルーツが入っております。オレンジソースは我がスコットランドのダンディーという地域の特産のマーマレードで『白銀の輝き』というパティシエオリジナルのケーキでございます」
ウエイターが恭しく頭を下げ口上を述べている途中なのに、もうロドニーはパクッと一口食べて、ホワァと蕩けそうな顔でムグムグと味わいながら顔を綻ばせた。
「島の味がする! ココナッツミルクだ!」
途端に他の子供達も、訴える眼差しを一斉にウエイターに向けたので、
「御食事が終わられましたら、皆様にお出ししますので、ゆっくりとお召し上がり下さい」
と、小さな賓客をもてなすかのようにウエイターは微笑んだ。
ホテル側の機転でゆっくりと朝食を味わった議長も、故郷の味がするケーキを満喫した子供達をニコニコと笑顔で見守っていたが、「それでは出掛けようか。皆待っている事だろう」と立ち上がった。
それを見て椅子から駆け出したロドニーが一直線に外へ出ようとするのを見て、「おい!」と慌ててレオが声を掛けた。
「自分の荷物を取りにいって来い。それにジャケットと帽子もな。ハイランドは寒いそうだぞ」
レオが苦笑すると、急停車して回れ右したロドニーは、そのまま部屋へ向かってバタバタと駆け抜けていった。




