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闇色のLeopard  作者: N.ブラック
第七章 第二十二SAS連隊A部隊 偽りの復讐編
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第七章 第八話

 明らかな銃創なのに「家具の角にぶつけただけです」と主張して譲らないレオに、マクダウェル中佐は訝しげな瞳で知らん顔をしているレオを下から覗き込んだが、

「じゃあ、かすり傷だな。通常通り任務についてもらうぞ」

 と、半ば呆れて声を掛けると、レオは何事も無かったかのように、

了解しました(  イエスサー)!」

 と平素の顔で返した。


 聖システィーナ修道院でも、一晩院長が不在だった事など、誰も気付かなかったかのように誰も何も言わず、何も知らない子供達が無邪気に遊んでいるのを眺めながら、クリスは寂しそうにため息をついた。

「Mr.ボールドウィンは……」

「今は、カーンフォースの診療所に居るみたいです。スティーブが付きっ切りでカウンセリングにあたっているようで、でもエマが、遠慮も無く毎日やって来て、何時もと変わらず接しているのがいいみたいで、快方に向かってるそうです」

 ホッとした笑みを浮かべたマリアだったが、一方で、重傷なのにかすり傷だと言い張って、今でも通常任務についている筈のレオを思って暗い顔になった。

「彼が負った罪科は、彼が受け止めるしかないんです」

「クリス様」

「でも、その罪科を背負った彼を支える事は、周りの人間にも出来ます。いや、きっとそれは貴女にしか出来ないでしょう」

 穏やかな年若い【守護者( パトロネス)】は、燦々と降り注ぐ秋の陽に煌く瞳をマリアに向けた。

「何時かはきっと、決断をしなければならないと思います。けれど僕は、貴女の決断を尊重します」

「しかし、まだ今は」

 世界を守る院の、院長としての責務を負っているマリアは、困惑した瞳を俯かせた。

「ですね。でも近いうちだと思いますよ」

 クリスは、外で楽しそうに遊んでいる子供達に再び目をやって、嬉しそうに微笑んだ。

 キラキラとした陽を浴びて、枯葉を宙に撒いてはキャアキャアと喜んでいるビアンカが、まだ淡い守護の光を纏って煌いているのを見ながら、クリスは満足そうに微笑んでいた。


 

「ふーん。タンスの角にねぇ」

 今も続いているコンラッド指導の実践訓練の後で、今日は動きの悪かったレオをじと目で睨んだコンラッドに、レオは苦笑を返してそっぽを向いた。

 レオの左肩をバンバンと叩き「じゃあ、かすり傷だな」と言ったコンラッドに、思わず「痛ぇ!」と叫んで肩を押えたレオは、恨みがましい目を向けたが、それでも口を割ろうとはしなかった。


 二人並んでロッカールームに向かう道すがら、意地悪そうな笑みを浮かべているコンラッドの背中を、ムッとした顔で睨み返しながらも、レオは文句を飲み込んで黙って付いて行ったが、コンラッドは急に立ち止まるとレオを振り返った。

「だが、この訓練もこれで終わりだ」

「なんだ、また航海に出るのか?」

「いや」

 満足そうな笑みを浮かべたコンラッドは、ゆっくりと笑い掛けた。

「来月昇進する。少佐だ」

「……って、マジか! やったな!」

 無事なほうの右手でコンラッドの肩を叩いて、自分の事のように喜んでいるレオに、コンラッドは少し頬を染めて「ああ」と頷いた。

「今後の軍構成についての俺のレポートが、えらく評価されてな。サヴァイアー大佐殿も直に将官になられて、海軍のトップに付く。海軍は生まれ変わるんだ」

 迷いを吹っ切ったコンラッドの顔は明るかった。


「世界の復興に際して、空路が元に戻るまでには長い年月が必要だ。海路の役割は大きい。崩壊が酷いアフリカや南アメリカへも支援が必要だ。俺らのやるべき事は、まだまだ沢山ある」

「ああ」

 これから世界の海を制し、広く救いの手を広げていくのであろうこの男が辿る道は、自分が向かうべき道ではないかと、レオは常にこの男の後塵に甘んじている自分に、内心で苦笑いを浮かべたが、一方で、常にこの男が自分の前に居る事を頼もしくも思った。


「行けよ、世界へ。お前なら出来る」

 レオの言葉にコンラッドが振り返った。

「だが俺も、俺も必ず見つける。俺が進むべき道を。この俺の罪を贖える道を」

 互いに暗い過去を背負った男二人は、その荷の重さを共に感じていたが、だからこそ、自分は前に進まなければならないと分かっていた二人は、無言で頷き合った。






 

「ワイアット、おかえり」

 暫くカーンフォースで療養していたワイアットを出迎えたマリーゴールドは、変わらぬ笑顔で長旅から帰った息子を出迎えるように嬉しそうだった。


「おかえり! ワイアット」

「よぉ! もう大丈夫か」

 次々と出迎える仲間も、自分が起こした事件をまるで知らないかのように笑顔で、面食らったワイアットは「あ、ああ」と、戸惑いながら返事を返した。

「で、ワイアット。早速なんだけど。ちょっとプロメテウスの具合が悪いのよ、見てくれない?」

 馬小屋で飼育している一頭の馬の名を挙げたシスルの顔を見て、ワイアットは顔を顰めた。

「え? 何処がさ」

「少し右後ろ脚を引き摺ってるのよ。あの子、気性が荒いでしょ。サミュエルが近づけないのよ」

「何だよ。別に気性が荒いんじゃなくて、少し扱いが難しいだけで悪い子じゃないよ」

「じゃあ、その扱いをサミュエルに教えてよ」

「全く」


 ブツブツと文句を呟きながらも、「済まんな」と声を掛けてきたサミュエルに肩を貸して、今は少しずつだが左足の歩行訓練中でもあるサミュエルと肩を並べて歩き出したワイアットは、仲間につい釣られて、以前のように接している自分に気付いた。


「いいんだ、それで」

 サミュエルが前を向いたまま微笑んでいた。

「ワイアット、それでいいんだ」

 胸にグッと来るものを感じて黙り込んだワイアットを励ますかのように、左手でワイアットの背中をポンポンと叩いたサミュエルは、元来た小屋を振り返って笑った。

「此処の人間は、誰しも傷を抱えている。でも互いに手を差し伸べ合って、助け合って生きているんだ。だからお前も、自分が困っている時に手が差し伸べられれば、その手を取ればいい。そしてまた、誰かが困っていれば、手を差し出してやればいい。それでいいんだ」

「ああ」

 もう一度前を向いて歩き始めた時には、ワイアットの顔には笑みが浮かんでいた。

「で、プロメテウスなんだが」

 楽しげに愛馬の話を始めた二人の男は、もう間もなくやってくる冬の気配を僅かに冷たい風の中に感じながら、枯葉を踏み締めて、彼らを待っている愛馬の元へ、ゆっくりと歩いて行った。








 

「あー、何も無くて済まん」

 突然宿舎に訪ねてきたマリアに困惑して、椅子すら無いベッドと小さなタンスだけの部屋で、レオは困り切って頭を掻いていた。

「マクダウェル中佐様より『アイツはかすり傷だと言って、事後の治療を受けに行かない。銃創は丁寧な治療が必要だから見てやってくれ』とご連絡がありまして」

 クスクスと笑ったマリアに、レオは鼻白んだ顔で、すっとぼけているマクダウェル中佐の顔を思い出して「チェッ」と舌打ちした。

「此処じゃあ、茶も出せないから、軍本部へ」

「治療を受けて下さいますね?」

「えー、あー」

「では、此処で治療をしましょう。傷を拝見致します」

 口五月蝿い軍医の顔を思い浮かべて口篭っているレオに、マリアはクスッと笑うと、困惑しているレオをベッドに座らせた。

 マリアは、狼狽えているレオのシャツを遠慮無く脱がし、最初に巻いただけの包帯が薄汚れて、薄っすらと血が滲んでいるのを見て、顔を顰めてレオを叱る眼差しで見上げた。

「ずっと治療を受けていらっしゃらないんですね」

「……済まん」

 従うしか無いと分かったレオは、苦笑いを返すしか無かった。



 傷の手当ての終わった肩に新しい包帯を巻きながら、時折マリアの白い指が自分の胸元をなぞる感触にドギマギとしながら、内心の動揺を悟られないように顔を背けていたレオだったが、包帯を巻き終わると安堵して早速シャツを着込もうとしたレオの手をマリアが止めた。

「……マリア?」

 そのままレオの裸の胸にゆっくりと頭を預けて、背に手を廻して縋り付いてきたマリアに、逸る鼓動を悟られまいと、困惑した顔で見下ろすレオを、マリアはゆっくりと顔を上げて見上げた。

「もう少し、もう少しだけお待ち下さい。貴方様が私を常に守って下さっているように、私も貴方様をお守りします。今暫く、次代の後継が育つまで」

「それは……」

「必ず、必ず貴方様の傍へ。だから、これは誓いの証なのです」

 何時もの修道服のベールをゆっくりと脱いだマリアは、そのままその修道服も脱ぎ捨てた。

 マリアが背負う負の力が、陵辱に伴って発生するのを知っているレオは、マリアの白い裸身を前にしても、決して彼女に手を出してはいけないという理性が強く彼に警告を発していた。

「待て。待つんだ、マリア。何も無理しなくていいんだ」

「いいえ。私が、私が貴方様に抱いて欲しいのです」

 そう言って縋り付いたマリアの、白い背に手を伸ばしたレオは、再び自分には罪科しかないと思い始めていた心に暖かい光が満ちてくるのを感じて、その裸身を抱き止めた。

「マリア」

 その美しい裸身をベッドに横たえたレオは、マリアの細く白い腕に誘われて、ゆっくりと覆い被さっていった。

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