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闇色のLeopard  作者: N.ブラック
第七章 第二十二SAS連隊A部隊 偽りの復讐編
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第七章 偽りの復讐編 第一話

 穏やかな秋の陽が揺れる午後のひと時、聖システィーナ修道院の執務室には明るい笑い声が響いていた。

 この聖システィーナ地区で花農家を営んでいるシド・ヘインズと妻ジャスミンの一人娘アイリスは番人の一人として湖水に移り住み、其処で絆の相手ユアンと出会って結婚し『アルカディア』で暮らしているが、長男ヴィエリが誕生して、両親に初孫を見せるために、久しぶりに里帰りをしていた。

 学園の崩壊で避難してきたW校の生徒達を受け入れ、広大な花畑を潰して穀物を栽培してきたが、その生徒達も大人になり巣立っていった事でまた少しずつ花畑に戻し、平穏が戻った世界にまた花を届けようと、シドは疲れも見せずに農作業に勤しむ毎日だった。



「きっとヴィエリはニナの生まれ変わりだぞ」

 まだ小さな初孫を手に抱いて相好を崩して笑うシドに、アイリスが苦笑を浮かべて父親を諭した。

「やぁね、父さん。幾ら髪色と瞳の色が一緒だからって、ヴィエリは男の子なのよ?」

「僕の母親が栗色の髪で茶色の瞳だったから、きっと隔世遺伝だと思うんですが」

 同じ様に苦笑したユアンと顔を見合わせて、アイリスもクスクスと笑った。

 稀代の天才ソフィーにヴィエリと名付けられた男の子は、確かにニナと同じ栗色の髪に鳶色の瞳で、ただ顔付きは赤ちゃんだった頃のアイリスそっくりで、それがシドにとって益々嬉しくて堪らないようで、まだ小さい孫を覗き込んで懸命にあやしていた。


 昨年『発動』を迎えた世界は人類滅亡の危機から脱して、翌年には世界にまた子供達が産まれ始めていた。

 世界の再生を願って、これまでの西暦を改め国連の会議で新暦を採択した世界は、新しい元年から再び世界を取り戻すべく、全ての地域で手を取り合って再興を期す日々が始まっていた。

 新暦元年の秋には次々と世界中で産声が上がり『アルカディア』でも、此処聖システィーナ地区でも、産まれ始めた子供達に住民は改めて『発動』の意義を噛み締め、その『発動』を齎した【鍵】のハドリー・フェアフィールドの勇気を賞賛する声が高まっていた。


 マリアも、世界を守る役目を担ったこの聖システィーナ修道院に於いて、院長としての責務を全うするべく忙しい日々に明け暮れていた。

 絆の相手であるレオとの間は、それまでと変わらず、近いようでその間に横たわる溝の存在にも気付いてはいたが、今はまだ世界の再興が急務であると、レオが姿を見せる度に縋り付いて全てを委ねてしまいたくなる衝動を抑え、自分を律して日々を過ごしていた。


 

 ロンドンで定例会議のあるケビックと、このアイリスと夫ユアン、そして、ロンドン西部に実家のあるワイアットと妻エマの一家が、其々の家族に産まれた子供達を見せに『アルカディア』からやってきていて、此処の【守護者( パトロネス)】である友人クリスを久しぶりに訪ねてきたのだが、迎えたクリスも嬉しそうに友人との再会を喜んだ。


「お母さんも喜んだだろうね」

 腕の中の娘フィオナをあやしながら上機嫌な笑みのワイアットに、クリスがゆったりと微笑みながら話し掛けると、ワイアットは嬉しそうに笑った。

「うん。エマに似てて良かったって」

 その一言にブッとお茶を吹いたケビックが、ケタケタと笑い転げたが、眉を顰めて嗜めるクリスを横目に、ワイアットは全く気にもせず上機嫌で笑顔だった。

「エマは美人だからな。フィオナも美人になるぞ」

「何時かはベルギーにも連れていってあげたいわね」

 少し寂しそうなエマに、マリアもキュッと眉を寄せた。

「ご両親、きっとご無事でいらっしゃいますよ」


 W校にベルギーから留学していたエマの両親は、世界の崩壊以降音信不通で、崩壊の早かったドイツと共に、まだベルギーは回復を見ておらず、国連にも加盟していなかった。

 イタリア系だった自分の母の名と同じ名を付けたのも、何時かは母に娘を見せたいというエマの想いからだった。


「ええ。きっと」

 俯き加減の妻を慰めるように、ワイアットが肩に手を置きその体を引き寄せると、ケビックは笑いを引っ込めて難しい顔でまたお茶を啜った。




「こうして孫に会わせて貰える俺達は、幸運だったと思わなきゃな」

 シドも悲嘆の浮かんだ顔で妻ジャスミンと顔を見合わせ、ため息をついた。

「まぁ、それは言ったところで、もうどうにもならない事だ。俺の両親は死んだ。スティーブの両親も、ジェームズとニナの両親もだ。ジニアの両親もだし、サミュエルは幼い頃に親を失って孫を見せる相手は一人も居ない。その代わりに、全ての人間が、全ての子供達の親となり祖父母となって、見守っていくしかないんだ」

「そうだね」

 淡々と諭したケビックの言葉に、ポツリと呟いたワイアットも、もう居ない父親を思い出して遠い目をした。

「俺の親父も生きていれば、きっと喜んでくれただろうけど、お袋だけも生きていてくれてよかった」

「お父様、世界の崩壊で?」

 悲痛な面持ちで訊ねたマリアにワイアットは小さく首を振った。

「俺がまだ赤ん坊の頃に。だから俺は親父の事、何も覚えてません」

「……貴方様のお父様も、この『発動』できっと世界に戻って来ておられます。幸せを掴んで、何時かまた、貴方様との絆を結ばれる事でしょう」

 そっとワイアットの肩に手を置いたマリアの慈愛の籠った眼差しに、照れたように笑みを浮かべたワイアットは、何時もらしからぬ殊勝な態度で、「ええ」と頷いた。




「ザイア少尉殿!」

 ポーツマスにあるSAS指令本部内の廊下を歩いていたレオを、背後から駈け寄ったニックス・ベック一等准尉が呼び止めた。

「マクダウェル中佐殿がお呼びです。何でも今度の会議で来英する仏国の関係者の中に、聾唖の方が居られるそうで、本国での通訳を探しているとかで」

「……分かった」

「送迎には自分が参ります」

 そう言ってビシッと敬礼を返したニックスの、まだ慣れない敬語に困惑してレオは苦笑いをした。

 レオことアレックス・ザイアが曹長から少尉に昇進したのには、『発動』時に於ける彼の行動への評価が高かったのが原因だったが、レオは最初昇進の内示があった時にそれを固辞した。


「Ms.マリア・バーグマンは、【地球の意思】による介入により、暴走を起こしかけていた。もし、それを止められなければ、世界は『発動』の完了を待たずに大打撃を受けていた可能性が非常に高い。それを未然に防いだ事は賞賛に値する。素直に受け入れるべきだと思うが」

 固い表情のレオを前に、マクダウェル中佐は淡々と言った。

「しかし自分が彼女に近づける唯一の人間であるという事はただの偶然であり、努力の結果によるものではありません。評価は努力の結果に対してなされるべきではないかと」

 自分が、マリアとの間に絆を結んでいるのはたまたまであって、それが他の誰かであってもおかしくなかったとレオは思っていた。


 ――俺だけが暴走しているマリアに近づける。だから俺がマリアを救う。それは当たり前の事だ。


 そう思っていたレオは、その当たり前の事が高く評価される事に違和感を覚えていた。



「ふむ」

 レオの答えに考え込んでいたマクダウェル中佐であったが、それでも表情は変えずに、目の前でしゃちほこばって敬礼を返しているレオをまた見上げて、ゆっくりと立ち上がった。

「それでは訊ねよう。【鍵】は『発動』を成し得たが、それは賞賛に値しないか?」

「いえ。彼の行動は絶賛されるべきものであります」

「では、その【鍵】は努力して【鍵】になったのか?」

「は?」

 真顔のマクダウェル中佐の問いの意味を、レオは聞き返した。


「Mr.ハドリー・フェアフィールドは、宿命の下に【鍵】である事を運命付けられたが、それは決して彼が【鍵】になりたいと努力した結果ではない筈だ。しかし彼は、その運命を粛々と受け止め、困難に立ち向かった。だが、お前もそうなのだ。お前が、暴走中のMs.マリア・バーグマンに近づける唯一の人間である事は、別にお前が望んだからそうなったわけでは無く、そうなろうと努力したからでも無い。これも、宿命の下に運命付けられたものだ。お前はその宿命を受け止め成すべき事をやった。それは当たり前の事だとお前は思ってるんだろう」

「……その通りです」

「当人はそれでいいんだ。驕りも高揚も無く、淡々と任にあたる。だが、その重荷を負わせて見守る事しか出来ない周りの人間には、その偉業を賛辞して、褒め称える事しか出来ないのだ。それすらも出来ないとなると、周りの人間には、たった一人に重荷を負わせた負い目だけが残る事になる。分かるか、ザイア曹長」

 静かなマクダウェル中佐の言葉を聞きながら、それでもレオは、何と返答していいのか分からなかった。

「だから、受けてくれ。俺達のために」

「……了解しました(  イエスサー)

 中佐の静かな琥珀色の瞳に、レオはそう返答するしか無かった。

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