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闇色のLeopard  作者: N.ブラック
第五章 第二十二SAS連隊A部隊 アフロディーテ降臨編
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第五章 アフロディーテ降臨編 第一話

 六月を迎えた英国南部は、春の盛りから夏の始まりの時期を迎え、咲き誇る花々や青い木々が涼やかな春風に揺れる中、間近に迫った『発動』に中央政府は対応に追われ、陸軍も聖システィーナと湖水地方の間にある通称ベルト地帯の治安維持のために、ローラー作戦で不穏分子の排除を行っていて、三月に陸軍第二十二SAS連隊に配属されたアレックス・ザイア曹長、通称レオも、その作戦に出動していた。


 陸軍総出のこの作戦に於いて、特殊部隊であるSASは特に治安の不安定な大・中核都市を割り当てられて、結界外に残留している住民の実情把握も兼ねた作戦では、虱潰しにローラーで各地を廻るという過酷な任務に、始まってまだ一週間しか過ぎていなかったが、根を上げる者も出始めていた。

 ところがレオだけが、本部のあるポーツマスへ帰還するよう命令が下り、毎日長時間の徒歩移動を余儀なくされている先輩兵士達は羨ましさ半分でレオを冷やかした。


「きっとまた、嫁さんの護衛じゃねぇか」

 カラカラと笑ったのは新生SAS一期生のベック二等准尉だった。

「いえ、そんな」

 レオは先輩の軽口に戸惑いがちに返答したが、ベック二等准尉はニヤリと笑みを浮かべるとレオの肩をバンバンと叩いた。

「この前の『餓えた虎(ハングリータイガー)』との再戦で、引分けに掛けた俺を勝たせてくれたからな。温かく見送ってやるよ」

 今日は、域内で強盗や窃盗を繰り返していたという暴漢の生残りを格闘の末確保し機嫌のいいベック二等准尉は、ニヤニヤと笑ったままレオの肩を抱いた。

「明朝八時には本部へ出頭せよ。今夜のうちに出立しないと、間に合わないぞ」

 部隊は、英国中部の中核都市シェフィールド郊外まで来ていて、指揮を取るミルズ中尉はレオを急がせるように促した。

了解しました(  イエスサー)

 その言葉に敬礼を返したレオだったが、自分だけが呼び戻されるということは、やっぱりマリア絡みなんだろうかと、一抹の不安が過ぎる胸が小さくトクンと音を立てた。










 

 夜明けにポーツマスに戻ったレオは僅かな仮眠の後、ポーツマスの街の東に位置する、旧ポーツマス大学に置かれたSASの本部へ出頭した。

 直属上司であるバイロン・マクダウェル中佐の執務室にノックをして入ったレオが、中佐の机の脇に並んで立っている四人に気付きやっぱりなと微かに顔を綻ばせると、聖システィーナの【守護者( パトロネス)】である黒髪の若者クリス・エバンスと、聖システィーナ修道院副院長のマクニール尼僧(シスター・マクニール)に挟まれて、戸惑いを浮かべて恥ずかしそうに立っている、聖システィーナ修道院の院長でありレオの絆の相手、マリア・バーグマン尼僧も嬉しそうに小さく頬を染めた。


「任務中呼び立てて済まなかったな、ザイア曹長」

 茶髪に柔和な琥珀色の瞳を持つマクダウェル中佐が、少し目尻の下がった温和な顔に穏やかな笑みを浮かべてレオを労うと、敬礼を返したままレオは小さく「いえ」と答えた。

「しかしこの任務はお前だけにしか出来ないのでな」

 肘を付いた両手を組んで口元を隠して中佐はクスッと笑った。

「はっ。どのような任務でしょうか」

「先達ての一件で、こちらにおられるMs.マリア・バーグマンが持つ特異な力について、新たな情報が得られたのは知ってるだろう」

 マリアの祖母も、同じような負の力、人を殺める事の出来る力を持っていた事を、その時知らされたレオは無言で頷いた。

「我々は訓練次第ではその力を制御する事が可能である事を知った。それ故、Ms.バーグマンには、そのご自身の持つ力を制御出来るように訓練を積んで頂く事になった」

「マリア、いえ、バーグマン尼僧(シスター・バーグマン)様に訓練……ですか?」

 怪訝そうなレオに対して、中佐はクリスに目配せをして頷いた。



「僕達が、【(コア)】を守るためにずっと武道と軍事基礎訓練を受けていたのはご存知でしょう?」

 何時も穏やかで腰の低いクリスが、相変らずニコニコと微笑んだままレオに訊ねた。

「ええ。以前伺いました」

「その時W校内では、他の生徒も一緒に、武道の訓練を受けていました。勿論、暴動から身を守るためです。最盛期には、五十人程の生徒が僕達と一緒に訓練を受けていました。それは基礎の中の基礎というレベルでしたけど、それでも自分が自分を守れる術を知っているという自信は、彼らを暴漢から身を守る事の(よすが)になったんです」

 クリスの話を引き継いで中佐が大きく頷いた。


「W校は特殊な環境だった。【核】を密かに匿っていた事もあって、最後はSASが警備をしていた。そういった事情もあるが、W校は暴動に巻き込まれた他校に比べると、死傷者や、強姦などの犯罪に巻き込まれた生徒が遥かに少ない。その殆どが学校外で暴動の巻き添えを食った例だ。そこで我々も、Ms.バーグマンに、その術を学んでもらおうと考えた」

「武道の訓練をですか?」

 キョトンとしたレオに中佐はクスクスとした笑みを浮かべた。

「ああ。勿論心理学的アプローチも引き続き行うが、彼らが行っていたような武道並びに基礎軍事訓練だ。自分の身を守る術を知っているのといないのとでは大違いだからな」

「その訓練を自分が?」

「まぁお前なら安全なんだろうが、流石に最初からではな。武道では組み手もある。武道訓練はこちらのMs.ベル・オルムステッドが担当して下さる」

 戸惑っているレオに首を振った中佐が顔を上げ視線を向けた先にいる女性、レオが最初に見た四人のうち、初めて見る黒髪の女性の方をレオは振り返った。


「初めまして、ザイア曹長様。ベル・オルムステッドです」

 綺麗な黒髪をきっちりとひっ詰めて、キリッとした黒い瞳を光らせているこの女性を見て、知的な雰囲気を感じ何だか教師みたいだと思いながら差し出された右手を握り返したレオに、中佐は笑みを浮かべたまま話を続けた。

「彼女はテリー・オルムステッド教育相のご妻女で、以前はW校でMr.エバンスや【鍵】であるMr.ハドリー・フェアフィールドらに教授されておられたんだが、実は空手の達人でもあられてな。学校でも彼らを指導されたそうだ」

 なるほどと納得したレオは、聡明そうなベルを振り返って小さく頷いた。

「それで、訓練はそのW校を利用して行う」

「此処にも武道場はありますが」

 わざわざロンドン西部のW校まで行かなくてもと思ったレオが、不思議そうに口に出すと、中佐は「あー」とポリポリと頭を掻いて説明した。

「それが、Ms.バーグマンには院長として修道院での日々の勤めもあられるし、Ms.オルムステッドも、再建予定のW校の校長になられる事が決まっておられて、多忙でいらっしゃってな。その方が色々と都合がいいんだ。それで貴君には、その訓練に付き添い、Ms.バーグマンをW校まで送迎し、かつ異変の起こらないように注意深く監督して、何らかの異常事態時には、迅速に対応する事を命ずる。心して任務を遂行せよ」

 最後は真顔に戻った中佐に「了解しました(  イエスサー)」と返答を返したレオだったが、まだ不安そうな顔をしているマリアに視線を送って、

 ――心配するな。俺が付いている。

 と瞳に力を籠めて心の中で語り掛けると、その想いを受け取ったマリアは小さくコクンと頷いた。

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