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闇色のLeopard  作者: N.ブラック
第四章 第二十二SAS連隊A部隊 尼僧(シスター)の休日編
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第四章 第五話

 ムーアハウス少尉の教官室に戻り、食後のお茶を少尉とにこやかに嗜んでいる最中に、レオは突然起きた胸騒ぎに顔を上げた。

「ん? どうした、ザイア曹長」

 レオが、何か思うように辺りを見回しているのに気付いた少尉が声を掛けると、

「いえ、何でもありません」

 とレオは返したが、それでもバクバクと鼓動を打つ胸騒ぎの気配は消えなかった。

 ――何だ? 何故こんなに不安なんだ?

 カップを持っている自分の手が小刻みに震えているのを、レオは不安そうに見つめながら、止まない鼓動に沸きあがってくる疑念を消し去れなかった。




「其処を空けなさい! 私はアイザック・ムーアハウス少尉の家内、緊急の連絡よ!」

 訓練校の玄関前に急停車した車から飛び出してきた女性が、門前の若い兵士を怒鳴りつけると、兵士達は反射的に顔を強張らせて、飛び込んでいく鬼教官の鬼嫁に敬礼を返した。


「ザイア曹長! 我々も直ぐに出動する。決して、早まった行動はするなよ!」

 背後から声を掛けたムーアハウス少尉の言葉にも返さず、部屋を飛び出したレオは、悔しさに唇を噛み締め廊下を疾走して行った。


 ムーアハウス少尉の妻が齎したのは、マリアがセントラルパークで姿を消したという情報だった。

 何時まで経ってもマリアは車に戻って来ず、コンラッドやローラが周辺を探したが何処にも姿が無く、駐車場と反対側の出口付近に、マリアが何時もしていた十字架(ロザリオ)が落ちていたと聞いて、レオは顔を強張らせながら走っていた。


 ――クソッ! しまった! 目を離すんじゃなかった。マリア、無事でいてくれ! マリア!


 少尉夫人が乗ってきた車にそのまま飛び乗ると、レオはアクセルを踏み込んで車を急発進させた。




 セントラルパークでコンラッドとローラと合流したレオは、唇を噛み締めたコンラッドがレオを見るなり「済まない」と謝ってきたのを手で制した。

「マリアを探すほうが先だ。何処か心当たりは無いか?」

「園内のレストルームは全てチェックしたわ。十字架の有った辺りに急発進した車のタイヤ跡があったから、車で連れ去られた可能性が高いわ」

 唇を噛んでいるローラに、レオは一層顔を顰めた。車となると、捜索範囲は広くなる。どうやって探せばいいんだと、悔しさを滲ませたレオだったが、突然ザワッとした空気が変わったような気配に顔を上げた。


『僕が彼女の居場所を指示します。其処へ向かって下さい』

 唐突に自分の頭の中に響いてきた、聖システィーナの【守護者( パトロネス)】クリス・エバンスの声にレオは戸惑った。

『貴方を僕の番人に命じました。僕は番人の居場所を察知出来ます。急いで』

 クリスの声に納得して頷いたレオは顔を上げて、怪訝そうな二人に厳しい顔を向けた。

「彼女は、タマーリンフォリオットという場所に居る。それが何処か分かるか?」

「あ、ああ。軍用農地の入口で、其処で働く軍関係者の宿舎がある場所だ。どうして……」

「クリスが教えてくれた。クリスは俺を番人にしたんだ。彼は番人の居場所が分かる。行くぞ、コンラッド」

 振り返る事無く車に駆け出したレオを、コンラッドは慌てて追いながら、

「ローラ! 軍本部に知らせろ! タマーリンフォリオットだ!」

 とローラに指示を出し、疾走していくレオの後を追い掛けた。

 




 マリアは、まだ深く昏々と眠っていた。光の差さない闇の中で、落ち着かなさそうに辺りを見回したマリアの視界に、ボウッと光を帯びて、小さな女の子が膝を抱えて座り込み、顔を膝に押し付けて小さく震えているのが見えると、あれは自分だとマリアは思った。

 何時も闇に汚れた手が自分に伸ばされようとしているとき、ああやって自分を守っていたと思い出したマリアは、震えている小さな女の子に手を伸ばそうとした。

「やめて。触らないで。何もしないで」

 震える小さな声で呟いている少女に、「何もしないわ。大丈夫よ」と声を掛けようとした瞬間、自分の足元から、ザワザワとした毛を逆撫でるような気配を感じて、足元を見下ろしたマリアは絶叫した。


 巨大なヤスデのような昆虫が、自分の足元から無数の足を這わせズリズリと迫り上がって来るのを見て、恐怖で引き攣った顔を強張らせてマリアは絶叫し続けた。

 更に巨大なナメクジが、ヌラヌラとした薄灰色の体をのたくらせながら、粘液を滴らせて這い上がってくるのを蹴散らそうと、足を動かそうとしたマリアだったが、硬く強張った足は動かず、膝下から太腿へと這い上がってくる虫共に為す術も無く、マリアは恐怖で真っ白になった頭の中で叫んでいた。

「やめて! 触らないで! 何もしないで!」



 下半身を覆い尽くそうとしている虫達に、自分の中から沸き立つ黒い霧を制する事も出来ずに叫び続けるマリアだったが、遥か遠くから小さく自分に呼び掛ける声を聞いたような気がして、見開いた目をギュッと閉じた。

「マリア! マリア! 聞こえるか!」

 怯えた心にゆっくりとしみこんで来るその声は、マリアに一瞬の落ち着きと考える間を齎す優しく力強いものだった。

「結界を張るんだ、マリア。落ち着け、お前なら出来る」

「結界を……」

 と、ゆっくりとその言葉を噛み締めたマリアは、湧き立った黒い霧の中で、虫達が体を痙攣させてもがいているのを見下ろしながら、ゆっくりと自分の手の中にある光を思い出した。


 一瞬の目映い光に包まれたマリアは、闇が消え、明るい光の粒がキラキラと舞い落ちる中、不安げだった少女の姿が消えた一面光に溢れる白い空間に投げ出されるのを感じて、ゆっくりと息をついた。

 



「もう大丈夫だ。彼女に結界を張らせた」

 タマーリンフォリオットに向かう道すがらで、レオはフゥと息をついて隣のコンラッドに呟いた。

「ああ」

 最悪の事態を思い浮かべて険しい顔になっていたコンラッドは、その言葉に安堵し小さく息をついたが、また思い直して眉を寄せた。

「つまり、あそこの住人の誰かがマリアを連れ去って乱暴しようとしてたって事だな?」

「どうやら、そうらしいな。彼女に忍び寄る『穢れた魂』の気配を感じた」

「クソッ! ぶっ殺してやる」

 ギリギリと唇を噛んだコンラッドをレオはフッと笑った。

「結界を張ったから彼女は無事だ。手加減してやれよ。お前が加減してくれないと、俺が殴る分が無くなるからな」

「おう」

 その言葉にクスッと笑みを返したコンラッドだったが、長年妹を守るためだけに生きてきた男は、また強張った顔に戻り真っ直ぐに前を見つめていた。

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