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闇色のLeopard  作者: N.ブラック
第三章 第二十二SAS連隊A部隊 ベルト地帯掃討作戦編
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第三章 第四話

 二日目、三日目と範囲を少しずつ広げながらの探索は、空振りに終わっていた。

 だが、他にも見つけた犯人の滞在の痕跡から、どうやら襲撃犯は単独犯であると認定された。身支度等で使用されていたアイテムが一人分だった事や、殺害現場で確認された犯人の足跡が一種類しか無かったためだ。そのため行動をペア単位に変更したミルズ中尉は、四グループを其々東西南北に分け、三十km地点までくまなく探索するよう指示を出し、レオはそれまで一緒のノーム曹長とではなく、スペクター一等准尉と行動を共にして指示を仰ぐよう命令された。



 五日目には、レオ達は範囲を北へ広げつつ、ウォリントンの北部三十km付近にあるウィガンの街まで到達していた。

 ウォリントンが道路の要であるように、此処ウィガンは、鉄道の交差する同じ交通の要所であり、南からの二本の線路がウィガンで交錯し、其々に西や北へと方向を変えて、ロンドン中部の中核都市を結んでいた。

 だが、その嘗ての賑わいは消え失せて、此処も街の中心部は悉く破壊されていたが、周辺の農村部には、大きな森が変わらず木々を青々と茂らせて、吹く風にも木々の香りがたち込めていた。


 街道近くのコテージを探索し終わったレオは、青々とした農地の奥にある大きな森の傍にひっそりと建っている一軒家に気付くと、背後のスペクター一等准尉を振り返った。

「一等准尉殿。あそこの家ですが」

 レオは、眉を寄せた表情でその家を指差した。

「今煙が上がっていたように見えました。誰か居るのではないでしょうか」

 レオが指差した家を、スペクター一等准尉は訝しげに目を細めて振り返ったが、レオがもう一度振り返った時には、さっきは見えたと思った煙は棚引いておらず、スペクター一等准尉は、フンと鼻で息をした。

「気のせいだろう。行くぞ」

 そう言うとレオを無視して、スペクター一等准尉は、もう大通りに向かって歩き始めていた。


 鼻白んだ顔で立っていたレオが、最後にまたその家を振り返ると、確かにまた煙突が白い煙が棚引いているのが見え、顔を強張らせたレオが先輩を呼び止めようと大通りの方角を振り返ったが、さっさと先を行ったスペクター一等准尉の姿はもう消えていた。

 ――確かに誰かが居る。住人か、それとも。

 どちらにしてもとレオは手にした銃を握り締めて、その森の傍に一軒家に向かって小走りに走り寄って行った。




 農家らしい家の前はきちんと整備され、植えられてまだ間もないポテトの苗が風に揺れていて、少なくとも最近まで住人が居た証拠だなと、レオは内心の緊張を高めて顔を引き締めた。

 暴動を免れたらしい家は破壊される事も無く、背後の大きな森に守られるようにひっそりと建っていた。停められている黒い車も、綺麗に磨かれていて、最近も使われているらしい事を確認すると、カーテンは開けられているが窓は固く閉じられているその家の周りを窺いながらレオはそっと覗き込み、ソファに腰掛けて本を読んでいる白髪の老齢の男性の姿を捉えていた。


 住民らしい姿に安堵したレオだったが、一応警戒をしつつ玄関に廻って呼び鈴を鳴らすと、数分の時間を置いて、あのソファに居た老人が、疑う眼差しでレオを見つつ細く玄関を開けた。

「自分は陸軍の者です。この近辺に銃を持った強盗犯が潜んでいる可能性があるので、探索をしております。何か異変を……」

 身分証を示しながら其処まで言ったレオだったが、老人はレオの顔を訝しそうに見ているだけで何も返答しなかった。

「ミスター? こちらのお住まいの方ですか? 一応、IDを確認させて頂けますか」

 怪訝げに告げたレオの言葉にも老人は反応せず、益々顔を顰めるだけで困惑をしたレオであったが、油断なく背後に廻していた左手で腰の銃を握り締めると、それまで黙り込んでいた老人は、ブスッとした顔で徐に手を動かし始めた。

『帰ってくれ。軍人に用は無い』

 手話でそう語った老人を見て、レオはようやく、この老人が聾唖なのだと気付いて、背後に廻していた左手を戻し、ゆっくりと口も動かしながら手話で返した。

『A6ハイウェイで襲撃事件があったので、探索している。犯人は銃を持っている。何か心当たりはないか』

 澱みなく手話で返したレオに老人は驚いた目を見開いて、レオの顔をマジマジと見ていた。



 レオを居間に招いた老人は、自分は長年此処に住んでいて農業をやっていると言った。十年前に妻を亡くし一人で細々と畑を耕しているという老人は、自分をパーシバル・アデスだと名乗った。

『此処は結界外なので危険だ。南部に避難した方が良くないか?』

 レオの問い掛けに、老人は緑の瞳に困惑を浮かべて、レオを逆に問い質した。

『結界って何だ?』

 耳の悪い老人は、TVが放送されなくなり、ラジオしか情報源が無くなると、情報を手に入れる手段を失ったのだった。

 結界の存在も、聖システィーナ地域で、清らかな魂の人間を保護している事も知らされていなかった老人には、他に家族も居らず、この地に一人取り残されていたのだと知ってレオは驚愕した。



 世界が崩壊に向かい暴動が起きた事、英国内の三箇所に守られた地域『結界』が存在する事、そして清らかな魂の持ち主であれば、その地域に避難する事が出来る事を、丁寧に説明したレオの話を、アデス老人は聞き入っていたが最後に小さく笑った。


『今更この歳で長生きしようとは思わない。知らない土地で暮らすのはまっぴら御免だ。幸い此処は、今迄誰にも襲われなかったし、他所へ行こうとは思わない』

 そう淡々と手話で返す老人に、レオは困惑して眉を寄せた。

『しかし俺は、皆が生き延びてくれる事を願っている。その襲撃犯は無慈悲な人間だ。ウォリントン近くで、もう何人も殺している。安全な聖システィーナに移動してくれるのなら、軍が移送する』

 必死で手を動かすレオを老人は不思議そうに見ていた。

『何故そこまでしようとするんだ?』

 首を傾げたままの老人にレオは真っ直ぐに顔を向けた。

『それが望みだからだ。命を掛けて、この世界を作り直そうとしている、一人の若者の』

 穏やかに告げたレオの手話を受け止めた老人は、黒く焼けた肌の深い皺を寄せて、黙ったままじっと考え込んでいた。





「ザイア軍曹。単独行動は厳禁と言った筈だ」

 野営地に戻ったレオはバート・ミルズ中尉に呼び出されて厳しく叱責された。

「しかし。現に住民が居て、警告を発する事が出来ました」

 敬礼を返したまま反論したレオに、ミルズ中尉は益々眉を寄せた。

「それはあくまでも結果論だ。もしその家に居たのが住民では無く犯人だとしたら? その犯人に襲われお前が拘束又は殺害されれば、武器を奪われ犯人に与えてしまう事になる。或いは人質にされ交換条件を出される事態になったら、どうするつもりだ」

「その時には自分は自分で死を選びます」

「簡単に言うな!」

 深く考えずに返したレオの言葉を遮るように、ミルズ中尉の大声が野営地のキャンプ内に響き渡った。


「お前は人の命が軽くない物だと学んだんじゃなかったのか?」

「……学びました」

 レオはあのデボンポートの懲罰室での、自分の半生を振り返った日々を思い出した。

「だったら悟れ。他人の命が軽くないのと同時に、お前自身の命も軽くないのだと。お前が死んだら、あの儚い女性を誰が守るんだ」

 静かなミルズ中尉の言葉に、レオは頭を殴られたような気がした。


 俺はマリアを一生守ると決めた。マリアに、コンラッドに、神に誓ったのだと思い出して、急に自分の体が重くなり地面にめり込むような感覚を覚えて、レオはズブズブと地に沈み込みながら思った。

 ――死ねない。マリアを残して死ねない。

 そう思い返したレオだったが、一方で、どうすれば襲撃犯を捕らえてあの老人を無事に保護出来るのか、答えの見出せない混乱した頭を小さく振って、重く圧し掛かってくる空気に抗うように、背に力を込めて真っ直ぐに中尉を見つめ返した。

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