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闇色のLeopard  作者: N.ブラック
第三章 第二十二SAS連隊A部隊 ベルト地帯掃討作戦編
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第三章 第三話

 翌日、晴れ渡った青い空の下、初めての実戦に出動したレオは、兵士の詰め込まれた移送車両で揺られながら、一人俯き加減に考え込んでいた。



 昨日は結局マリアと二人で過ごす事は出来なかったが、思い掛けない出会いと、纏わり付く因縁の深さに感じ入った一日だった。

 帰り際に、修道院の出口まで見送ってきたマリアが、綺麗な眉を心配そうに顰めて、黙ったままレオをじっと見上げているのを見て、

「心配ない。とっとと捕まえて、また戻ってくるさ」

 と笑顔で語り掛けたレオだったが、不安の消えない様子のマリアをそっと抱き留めたのを、コンラッドも湖水の番人二人も、見ない振りをして、そっぽを向いて歩いて行ってしまうのを、内心で感謝しつつ、自分の中で小さく震えているマリアを、レオは愛おしそうに抱き締め続けたのだった。



 顔を上げて後方を振り返ると防弾装甲の小型車が追走していて、更にその後ろに移送車が小型車を守るように最後尾を走っていた。後ろの小型車には、昨日聖システィーナで会った湖水の二人の番人が乗っていた。

 この二人には結界を張る能力は無いとの事で、護衛を命じられたニックス・ベック二等准尉は、また内心で舌打ちしてるだろうかと、レオは口元に小さく笑みを浮かべた。



 ウォリントンで湖水に帰る車と別れて二人を見送った後、部隊はハイウェイ脇の旧大学キャンパス跡地を野営地に設定して、一帯の探索を開始し、レオは先輩兵士らと組んで事件のあったハイウェイ近辺の探索に向かったが、油断なく銃を構えて辺りを見回すレオの周りには、黒く焼け焦げた廃墟の群れが何処までも続いていた。


 ウォリントンはリバプールとマンチェスターという大きな都市に挟まれた中核都市で、それらの都市に向かうベッドタウンだったが、新興の小奇麗だったであろう中流クラスの住宅街は、悉く破壊され焼き尽くされていた。住民は殺されたのか、それとも逃げたのか、街中では人影も見えず、嘗ての繁栄の名残すら留めず、静かな風が吹き渡っているだけだった。


 現場のハイウェイの脇には、その時道路を塞いでいたと思われるトラックが野ざらしで放置されていて、その中の残留物をチェックしていた先輩兵士が首を振ると、このグループのグループリーダーが難しい顔をして、野営地の司令官ブースに居るミルズ中尉と短くやり取りをしてから細かく指示を出した。

「ハイウェイ西側の一帯から、ウィンウィックまで探索する。敵の遺留物や滞在の痕跡を見逃すな。ノーム曹長とザイア軍曹、ペアを組め。ワイズ伍長は俺とだ。単独行動は厳禁だ」

 スペクター一等准尉の指示に全員が敬礼を返し、雑草の生い茂る畑の跡地の草を踏みつけ、警戒しながらジリジリと進んでいった。



「ここらには誰も住んでなさそうだな」

 レオとペアを組んだノーム曹長が、畑に点在している家々を眺めながらポツリと呟くと、レオも「ええ」と短く答えて、一見長閑な田園風景を見渡した。


 このベルト地帯にも、まだ五十万程度の人が住んでいる筈だが、此処へ来てまだ住民らしき人間には一人も会っていなかった。

 食糧を自給自足出来る環境でないと生き延びる事が難しい今では、数多くの人々が農村地帯に散らばっている筈だと聞いていたので、町の中心部よりは、まだ生存している人間が居る可能性が高そうな場所であったが、時折点在する農家らしき家々からは、人の気配はしなかった。


 住宅を見つけると警戒しながら中を覗き込み、壊れた窓から侵入して室内の探索も行ったが、今のところ成果は得られていなかった。

「おい、ザイア軍曹。隣をチェックしろ」

了解しました(  イエスサー)

 赤い屋根の家々が数軒、ハイウェイからの側道沿いに軒を並べて建てられている場所で、ノーム曹長は顎をしゃくってレオに指示を出した。

 中流の建売住宅らしい家々は窓ガラスが破られ、家財が散乱する惨憺たる状況だったが、レオが指示された家は比較的原型を留めて、壊された窓には板が打ち付けてあった。他の家には車も無かったが、この家だけは、赤い車が玄関前にひっそりと停めてあって、レオは内心ざわつきを感じながら、鍵の開いた玄関から一度声を掛けて、屋内に侵入した。


 開けた瞬間に、記憶の中でねっとりとこびり付く嫌な臭いを感じ取ってレオは立ち止まった。十歳の時に初めて母親を殺して以降、幾度となく嗅いだ事のある臭いに、レオは銃を持ち直して身構えてジリジリと歩を進めていくと、一階の居間に、嘗てはここの住民であったろう物体が無造作に転がっているのを発見した。

 どす黒い染みの広がったカーペットは、元々は何色だったのかも判明せず、白髪の、恐らくは老夫婦だったと思われる彼らを、レオは呆然と見下ろしていた。

「此処の夫婦だな。殺されてから一週間ってとこか」

 集まったグループの兵士達が取り囲む中、スペクター一等准尉は亡くなっていた老夫婦のIDカードを確認して淡々と呟いた。

「例の襲撃犯ですか?」

「恐らくそうだろう。だが銃殺ではないようだ。二人ともナイフで喉元を掻き切られている。銃で脅して抵抗出来ないようにして背後から襲ったんだろう」

 立ち上がったスペクター一等准尉は、一段と顔を強張らせた。

「食料を求めて生存者の居た家を同様に襲っている可能性がある。農地に農作物が撒かれている畑の近辺や、可動可能な車の残されている家を重点的に、虱潰しで探せ」


 それから一行がウィンウィックに辿り着くまでの間に、其々離れて建つ二軒の農家で、同様に殺害されていた老齢の遺体を更に二体発見したが、住宅が密集して建っているこのウィンウィックでは、ウォリントン同様に街は破壊され焼き尽くされていて、生きている住民も、死んでいる住民もそれ以上発見する事が出来ず、街外れにある大きな病院跡地で、此処に犯人が潜伏していたのであろう痕跡を発見しただけだった。


「ご丁寧に身支度までしてやがるな」

 食料を食べ漁った痕跡の他、髭剃りや歯ブラシなどが散らばった病室内を見渡して、スペクター一等准尉はフッと鼻で軽く笑ったが、レオには、逆に嫌な予感しかしなかった。

 老人達を惨殺しておいて、平然と髭を剃り髪を整える余裕のある犯人は、嘗ての自分と同じ人ですらない虫けらだとレオは思った。

 死んでいたのは、住み慣れた土地を離れるのを嫌って、この地に留まっていたのであろう老人ばかりであった。早く捕まえないと、またそういった人が殺されると、焦りの浮かんだ顔でレオは足元に転がっていた髭剃りを、軍靴でギリッと踏み潰した。

「暫時休憩を取れ。一人は見張りに立って警戒しろ。その後探索を続けながら野営地へ帰還する」

 スペクター一等准尉が本部とやり取りをしながら出した指示に、レオが少し不満げに眉を顰めると、その表情に気付いたスペクター一等准尉はチラリと視線を投げて寄越した。


「なんだ、ザイア軍曹。言いたい事があるのか」

「近隣の残留住民が危険に晒されています。もっと範囲を広げて、探索を続けるべきではないでしょうか」

 物怖じせず言い切ったレオに、スペクター一等准尉は小さく眉を上げたが、そんなレオをフッと鼻で笑った。

「我々の機動計画は本部が立案する。お前は、その指示に従うのが任務だ。自分の本分を忘れるな、ザイア軍曹」

「……了解しました(  イエスサー)

 以前デボンポート海軍訓練校でコンラッドに言われた「上官への服従は絶対だ。何れ分かる」という言葉を思い出したレオだったが、まだ承服しかねていた。


 ――こうして俺達がのんびりとしている間にも、誰かが殺されているのかもしれないのに。


 歯痒さを噛み殺して、レオは動けない自分への苛立ちを隠さずに少し俯いて顔を顰めた。

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