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闇色のLeopard  作者: N.ブラック
第三章 第二十二SAS連隊A部隊 ベルト地帯掃討作戦編
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第三章 ベルト地帯掃討作戦編 第一話

 五月ともなると此処英国でも日差しに力強さが徐々に戻り、屋外での訓練では吹き出す汗を拭いながらとなり、美味そうに喉を鳴らしながら水を流し込んだレオも、眩しそうに頭上の太陽を見上げた。


 あれからひと月程で、レオが命じられた聖システィーナ修道院の院長であるマリア・バーグマンに対する警護の任は解かれた。

 彼女を診察した精神科医の診断により、マリアの状態は安定しているとされた事にレオは安堵したが、同時にそれは、任務の一応の終了を意味していた。

 任務終了以降、聖システィーナには行っていないレオはマリアに会えずにいたが、日々の訓練で忙しい身では、中々時間を取る事も出来なかった。


「久しぶりにまともな任務が下りそうだな」

 その日の訓練を終え、シャワールームで汗を流していると、隣のブースに居る先輩兵士同士の会話が聞こえてきて、ゴシゴシと乱暴に頭を洗っていたレオはふと顔を上げた。

「ああ、最近は護衛ばっかりだったからな。しかもガキばっかり」

 うんざりした口調は、再生されたSASの一期生であるベテランの准士官だった。

「此処の【守護者( パトロネス)】のクリスだっけ、あれはまだ大人しいからいいけど、湖水のガキは生意気だな。偉そうな口調で指示しやがって」

「ケビック・リンステッドだっけ?」

「確か【守護者】でもなくただの番人なんだろ? アイツ、首相に対しても偉そうにタメ口だぜ? ほんと、要警護者じゃなかったらシメてやりたいぜ」

 ゲラゲラと笑っている声に気取られないよう、レオは小さく嘆息をついた。

 此処に入る迄は、ロクに学校も出てない自分は、体力以外に先輩に敵う筈が無いと思っていたレオだったが、数ヶ月を過ごしてみて実際のところは、それほど変わらないのだと知った。


 今や大きく数を減らした此処英国の人口は、繁栄を誇った時代の約六千万人からその十分の一、六百万人前後まで減っていた。

 その多くが中高年から老年世代で、若者は十万~二十万人程しか居らず、その中でも優秀な人材の多くは国家再生のためにロンドンの官公庁に引き抜かれていた。

 軍も上級士官にはそれなりの人材が居たが、下士官以下の多くはレオ同様スラムからの成り上がりで、どれも似たり寄ったりなのだと知ったのはつい最近の事だった。

 こいつらはまともにアイツと話した事ないんだなと、鼻で笑ったレオは、そのケビック・リンステッドと顔を合わせた日の事を思い出していた。

 


 自分とは異なる聡明な頭脳を持ち、自信家のようにも見えたが、彼なりに苦労があるのだと、この聖システィーナ地区の【守護者】で彼の友人のクリス・エバンスは穏やかに微笑んで言った。


 世界の崩壊が一気に始まったあの四年前の春、若干十六歳だったケビックは、【運命共同体(  コミュニティ)】の十四歳から十八歳までの少年少女を率いてW校と湖水でSASと戦って、その機能の殆どを壊滅に追いやった人物だった。

 その彼は、今は世界を相手にして、『発動』以後の世界を新たに再建すべく奔走しているのだと言う。


「ケビックがあんなに突出して見えるのは、元々の彼の性格もあるにはあるんだけど、自分を矢面にしている側面もあるんだ。とても僕には真似出来ない。それに、素顔の彼は皮肉屋だけど人情家で、奥さんをとても愛していて、ごく普通の、普通の青年なんだ」

 クリスはレオに、そう嬉しそうに語っていた。

 ――先陣を切る戦略家か、面白いな。

 小さく笑ったレオは、頭からシャワーを浴びて泡を洗い流すと、バルブを止めて扉に掛けてあったタオルを被って、ぐしゃぐしゃと乱暴に頭を拭った。


「……聞いてるのか、ザイア軍曹」

 自分に話し掛けられていた事に気が付いたレオが顔を上げると、面白くなさそうなムスッとした顔で立っている先輩兵士が居た。

「はい。何でありましょうか、ベック二等准尉殿」

 レオが同じ様にタオルを被って立っていた先輩兵士に向き直ると、新生SAS一期生のベック二等准尉はレオをフフンと鼻で笑った。

「お前も、ようやくまともな任務にありつけるな、と言ったんだ。自分の女の護衛じゃなくてな」

 内心ムッとしたレオだったが、ようやくそれを飲み込んで小さく「了解しました(  イエスサー)」と返すと、ベック二等准尉は濃い茶色の瞳に嘲りを浮かべて、レオを下から覗き込んだ。

「いいよな、あんな超美人の護衛とは。さぞや、楽しい毎日だっただろ? 良い声で啼きそうだもんな、あの尼僧(シスター)。どれだけよがらせてやったか教えてくんねぇか? ああん?」

「おいおい、あの女は気に入らない男は捻り潰して殺すんだろ? 迂闊に手を出したりしたら、それこそコイツ今頃、本当の天国行きだったんじゃねぇの?」

 ゲラゲラと笑ったもう一人に、鋭い視線を向けたレオの瞳には、闇色の光が戻ってきていた。


 一人目の無駄口を叩くその口に右手の拳を捻り込むと、もう一人には返した拳を腹にめり込ませ、先輩上官達は呆気なくシャワー室の床に這い蹲って、「アワアワ」と声にならない声を漏らしながら、口から吹き出す血で床を赤く染めていった。


「……俺もまだまだだな」

 その様子を冷酷に見下ろしながら笑ったレオに、呆気に取られて口を開けて見ていた先輩の一人が「え?」と聞き返した。

「俺も、まだまだだと言ったんだ。こんな下衆野郎の戯言にカッとなっちまった事も、そしてこの程度の下衆を一発で伸せない事もな」

 コンラッドだったら一発で沈めてただろうなと内心で笑いながら、レオは呆然としている先輩達を残して、一人さっさとシャワー室を後にした。




「訓告だ、アレックス・ザイア軍曹」

 次の日、部隊長室に呼び出されたレオは、苦虫を噛み潰した顔のバイロン・マクダウェル中佐にそう告げられ、敬礼を返したレオは「了解しました(  イエスサー)」と短く返した。


「しかし、お前に伸された二人は戒告処分となった」

 自分よりも重い処分と聞いて一瞬怪訝そうな顔になったレオを、マクダウェル中佐はジロリと見上げた。

「要警護者に対して、暴言を吐いたという証言があったんでな」

 そう言って椅子をクルリと返してレオに背を向けたが、まだ怪訝そうなレオに中佐は淡々と告げた。

「ベック二等准尉は前歯を三本折ったそうだが、今は歯を折っても差し歯にする歯が無いからな。当分アイツは、歯抜けの間抜け顔になるだろう」

 そう言われても返す言葉の無いレオは黙り込んだままであったが、中佐の肩は小さく震えていた。

「今度は鼻にしてやれ。鼻なら、折れてもまた、くっつけりゃいいだけだからな」

 忍び笑いを含んだ中佐の声に戸惑って、どう返していいものか、レオは悩んでいたが、

「……了解しました(  イエスサー)

 と返す言葉はやはりこれだけで、口元に小さく笑みを浮かべた。

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