表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
闇色のLeopard  作者: N.ブラック
第二章 第二十二SAS連隊A部隊 悲しき聖女編
21/288

第二章 第十一話

 院内の気配が変わった事にいち早くクリスが気付いて、待機していた修道院の小さな礼拝堂の中で顔を上げた。

 さっきまで少しくすんで見えたマリア像が、輝くような乳白色を取り戻しているのを見上げて、クリスは安心したように小さく息をついて、隣のマクニール尼僧(シスター・マクニール)に微笑んだ。

「もう大丈夫なようです。彼は成功しました」

「おお」

 マクニール尼僧も、自分に取り付いていた影のようなものが消え去ったのを感じて、驚きの声を上げると祭壇に向かって祈りを捧げ始め、やがて院内に光の飛礫がキラキラと降り始めたのをクリスは満足そうに見上げた。



 クリスは、ゆっくりと時計塔の階段を階下へ向かって下りていた。その内部は薄暗かったが、一室だけはほの明るい光が漏れていて、その入口に立ったクリスは、光の発信元を見て小さく目を細めた。

 ベッドに腰を下ろしたレオの膝に、泣き疲れたバーグマン尼僧(シスター・バーグマン)が今は静かに顔を寄せて眠っていた。

 その二人から立ち上るキラキラした光の飛礫が、まるで喜び合うかのように室内を踊っているのを、クリスは感慨深げに見つめて、眠る彼女を優しく見下ろしているレオに顔を向けた。


「ご苦労様でした。ザイア軍曹」

「もう大丈夫だ。もうマリアは壊れない」

 顔を上げたレオの頬には少し疲れたような影が浮かんでいたが、その黒い瞳には、以前は感じた闇の気配は消えて無くなっていた。

「闇が闇を祓ったんですね」

「ああ。俺の価値なんてそんな程度だ」

「いえ。人の価値に上下はありません。誰もが等しく尊いんです」

 年若い【守護者( パトロネス)】は穏やかに笑って答えた。


 レオはその答えに「ああ」と小さく頷いて、今は静かな寝息を立てているマリアの頭をそっと撫でて、口元に笑みを浮かべた。

 静かな時計塔の中に光が溢れて、時を止めていた鐘が時刻になり打ち鳴らされると、聖システィーナの領内に何時もの穏やかな祈りが満ち始めた。





 

 それでも、時折不安定になるマリアに、レオは付き添い続けた。彼女が落ち着くまでは片時も離れないと、レオは時計塔の地下室に留まり続け、彼女が不安を口にする度に、レオは耳元で優しく囁き続けた。そんな日々が二、三日続き、最後にレオは彼女に向かって小さく笑った。


「お前がちゃんと、自分を自分で制御出来るようになったか、試してみようか」

「試す? どうやって?」

 この濃密な時間で、二人だけで過ごしてきたレオとマリアの距離は急速に狭まっていて、彼女はレオに頼り切って、不安そうな顔で見上げた。

「そうだな。例えば」

 そう言って、レオは彼女のベールをゆっくりと頭から外した。


 きっちりと結わえられていた茶色の髪は少し崩れて乱れていたが、その輝くような美しい茶色は、(まさ)しくコンラッドと同じだとレオは思った。

 不安げな顔でレオを見上げているマリアの茶色の瞳は、光を取り戻して輝いていて、唇も紅も塗っていないのに紅色に輝き、その色を取り戻した頬は、透けるような白さで艶やかに光っていた。


「マリア、愛してる」

 その紅色の唇に静かに自分の唇を押し当てたレオに瞳を見開いたマリアは、こみ上げてくる恐怖に、自分を律し切れなくなりそうになったが、小さく震えている彼女の体を、押し寄せる闇から守ろうとレオは力を籠めた。

 抗って離れようとしたマリアだったが、レオの心の中に浮かんだ光が自分の中に急速に流れ込んでくるのを感じて、これが【(コア)】と【鍵】が何時も感じていた絆の証なのかと、驚愕した目を見開いた。


 それは暖かい光だった。じんわりと自分の中に広がるその暖かさに、何時しかマリアはゆっくりと目を閉じていた。

 ゆっくりと何度も、何度も唇を重ね合う度に、自分の中に溢れる光に、マリアは自分の壊れた欠片をぴったりと補ってくれるレオに体を寄り添わせていた。


「マリア、愛してる。愛してる」

 囁くように繰り返しながら、その運命の女性(ひと)を掻き抱いて、レオは絆を確かめ合うように唇を重ね続けた。





 

 再び海軍指令本部に赴いたレオは、サヴァイアー大佐の部屋で、直立して敬礼を返しながら、穏やかに微笑む大佐に向き合っていた。

「陸軍第二十二SAS連隊A部隊、軍曹アレックス・ザイア、任務を完了致しました」

「ご苦労。ザイア軍曹」

 レオの報告に大佐は満足そうに頷いたが、レオの横に立っていたコンラッド・アデス中尉は不満そうだった。

「で、マリアとは、俺は何時会えるんだ?」

「はっ。今は消耗が激しく体力が落ちておられるので、暫く休養が必要との事です。一週間も経てばご連絡が来るものかと」

「一週間もかよ!」

 ブツブツと文句を言ったコンラッドを大佐はニヤリと笑った。

「これまで何年待った。一週間ぐらい辛抱しろ」

「はっ」

 大佐の言葉に、決まり悪そうに敬礼を返したコンラッドだったが、隣のレオをジロリと睨んだ。

「で、お前、ずっとマリアと二人きりで、まさか手ぇ出してないだろうな?」

「はっ。出しました。アデス中尉殿」

 シレッと返したレオの顔をコンラッドはマジマジと覗き込んだ。

「へ?」

「出しましたが、それが何か?」

 ニヤリと笑い返したレオにコンラッドは頬を紅潮させて、レオの襟首を掴むと締め上げた。

「貴様ぁ……」

「悪く思わないでくれよ、コンラッド。俺はマリアを愛してるんだ」

「どの口がそんな台詞を吐くんだ!」

 唾を飛ばしてレオににじり寄って睨むコンラッドだったが、レオは明るく笑い飛ばした。


「マリアに会ったら聞いてみればいい。『お前はレオが好きか?』とな。きっと顔を真っ赤にして俯くぞ」

「てめぇ、マリアを泣かせたら、殺すぞ?」

「その言葉は、そっくりお前に返してやるよ、コンラッド。暴れてマリアやローラを泣かせるような事はするなよ?」

 激しく睨み合う二人の男を、サヴァイアー大佐は暢気に眺めていたが、クスクスと笑い出すと立ち上がって二人を諌めた。

「両名とも、互いにそれ以上手を出すと、処分を申し渡すぞ。特にコンラッド。お前は、これ以上処分を受けると降格だぞ。ローラを泣かすなよ。ローラを泣かせたらコイツよりも先に俺がぶちのめす」

 笑いながらも、キラリと厳しい目を向けた大佐に、コンラッドもレオも互いの手を離すと居住まいを正し、「はっ」と敬礼を返して、軍人らしい冷静さを装った。




「さて。随分とSASに借りを作っちまったな。コンラッド」

「自分は、異動は嫌であります」

 その様子に微笑みを浮かべた大佐がコンラッドに笑い掛けたが、コンラッドは露骨に眉を顰めた。

「心配するな。お前は手放さない。しかし、コイツも含めて隊員を仕込んでやってくれとSASから依頼が来てるんだ。これは断れんだろう」

 苦笑を浮かべていたサヴァイアー大佐だったが、居住まいを正して険しい顔を上げた時には軍人の顔に戻っていた。

「コンラッド・アデス中尉、貴君に於かれては来週より週に三回、陸軍第二十二SAS連隊に於いて実戦訓練の指導教官の任を命ずる。心して任務を遂行せよ」

了解しました(  イエスサー)!」

 平然と敬礼を返したコンラッドにレオは小さくクスッと笑った。

「何笑ってんだ。俺の指導は半端ないぞ。覚悟しとけよ」

 ジロリと睨んだコンラッドにレオは内心の笑みを隠して、

了解しました(  イエスサー)

 と、コンラッドを見返して敬礼を返したが、やはり口元に笑みが浮かんでくるのを堪え切れなかった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ