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闇色のLeopard  作者: N.ブラック
第二章 第二十二SAS連隊A部隊 悲しき聖女編
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第二章 第五話

 翌日、海軍指令本部の大佐の部屋では、訪ねてきた修道尼を前に、サヴァイアー大佐とコンラッド・アデス中尉の二人が、険しい顔でソファの向かいに座っている老齢の尼僧(シスター)と向き合っていた。


「私は、聖システィーナ修道院で副院長を仰せ付かっております、シェリー・マクニールでございます」

 丁寧に頭を下げ挨拶したマクニール尼僧(シスター・マクニール)に二人は敬礼を返したが、サヴァイアー大佐は、すかさずマクニール尼僧を問い質した。

「我々が聖システィーナ修道院に面会を申し込んだ途端に、貴女様からご来訪頂いたという事は、我々が知りたい事が事実に相違ないと解釈してよろしいのですか」

「ええ。サヴァイアー大佐様、そう受け取られて差し支えございません」

 マクニール尼僧は顔色を変える事無く淡々と言った。


「だったら!」

 激昂したコンラッドは、頬を紅潮させて立ち上がって叫んだ。

「逢わせてくれ! 俺の、ずっと探してた、俺の妹なんだ!」

「それは出来ません。アデス中尉様」

 マクニール尼僧はその様子にも臆する事なく答えた。

「何故だ! お前に何の権利がある! 血の繋がった兄妹が逢う事を妨げる理由が何処に!」

「落ち着け、アデス中尉」

 唾を飛ばしながらマクニール尼僧を恫喝するコンラッドを、大佐は眉を寄せて叱責をし、正気に戻ったコンラッドが、それでもまだ承服し兼ねるように乱暴にソファに腰を下ろすと、マクニール尼僧は静かに言葉を続けた。

「ご存知の通り、間もなく世界は『発動』を迎えます。力を持つ者は全て、その時に際して己の最善の努力を尽くし、世界を混乱から守らねばなりません」

「おっしゃる通りです。しかし、それが……」

「関係があるのです、大佐様。当院の院長は、此処聖システィーナの【守護者( パトロネス)】クリス・エバンス様の筆頭番人であり、当院は永きに亘って『発動』により迎える新しい世界を守る役目を仰せ付かってまいりました。院長は、歴代の中でも屈指の力を持った存在でございます。近々『発動』の日を迎えるにあたり、彼女の精神に混乱が生じているような事態は避けねばなりません。アデス中尉様に会う事は、院長の精神に大きな混乱を生じさせるでしょう。認めるわけにはまいりません」

 マクニール尼僧は冷静な表情を変えず、真っ直ぐ前を向いていた。

「離れ離れになっていた兄妹が会う事は、喜びであってこそすれ、精神に混乱を来たすようなものでは無いと我々は考えますが」

 口を開きかけたコンラッドを制して、サヴァイアー大佐が冷静にこの老尼僧に問い掛けると、マクニール尼僧は小さく頭を振った。

「院長は、当院に保護されるまでの過去の事を覚えておりません。自分に兄が居た事もです。それなのに突然、自分の兄が出現したら、困惑以外に何を感じるでしょうか」



「覚えて……ない?」

 コンラッドが呆然と呟いた。

「ええ。覚えておりません」

「何故……」

 虚ろな瞳を泳がせているコンラッドに、マクニール尼僧の瞳には僅かに告げていいものか迷いの色が浮かんだが、静かにコンラッドに話し掛けた。

「その理由は、貴方様はよくご存知の筈です」

 弾かれたようにコンラッドを振り返った大佐は、マクニール尼僧の言葉を受けて、狼狽が浮かんだコンラッドの顔を見逃さず捉えていた。

「コンラッド、何があった」

 短くも鋭いサヴァイアー大佐の言葉にも、コンラッドは狼狽えた視線を外して、小さく何事か呟きながら返事をしなかった。

「その理由を兄上様が良くご存知である以上、ご自身が院長に会いに行かれる事が、益にはならない事は貴方にはお分かりでしょう。終生、会うなとは申しません。せめて『発動』が無事に終わるまで、この件は無かった事にして頂きたいのです」

「『発動』が無事に終われば……逢ってもいいのか?」

 呆然と呟いたコンラッドに、マクニール尼僧は少し悲しげな目を向けた。

「止めはしません。しかし、院長の精神が持たずに壊れてしまったとしても、当院は責任を負いかねます。全ての責をご自身で負われるというのならば、貴方様が、妹君であられる院長を守り通せるとおっしゃるのならば、です」

 冷酷な老尼僧の言葉が、大佐の部屋に静かに流れていた。


 力無く何処か遠い目をしているコンラッドを、心配そうに見返す大佐を振り返る事も出来ずに、コンラッドは呆然としたまま、顔を上げる事が出来なかった。

 







 その日、宿舎に戻ったコンラッドは、黙り込んだまま何も話そうとはせず、タイを緩めただけで着替えようともせずに、食品棚からスコッチを取り出すと、何杯も一気に呷った。



「コンラッド、どうしたの?」

 この日は非番で家に居たローラは、余りにも尋常では無い様子に何度も夫に問い掛けたが、その度に「五月蝿い!」と怒鳴り返して、コンラッドはストレートの杯を空にすると、あっという間に一本を空にして、その空き瓶を床に叩き付けて割った。

「コンラッド!」

 『餓えた虎(ハングリータイガー)』の頃の狂気を取り戻して荒れる夫に、ローラは困惑して叫んで、次の酒を取り出したコンラッドの手を押えて取り上げようとしたが、コンラッドはそのローラを容赦無く平手打ちにした。

 もんどり打ったローラが、崩れ落ちた床から頬を押え夫を驚愕の眼差しで見上げると、残忍で冷酷な緑の瞳を光らせたコンラッドは、ローラの手を乱暴に取って引き摺り、寝室のベッドに放り投げた。



「一体何があったのよ!」

 振り返って叫んだローラをもう一度平手打ちにしたコンラッドは、ローラのシャツを引き千切って、抗うローラを押さえ込むとズボンも引き摺り下げ、激しく抵抗するローラを押え込んで強引にローラを刺し貫いた。

「止めて! コンラッド! 止めて!」

 手首に跡が付くほど力を籠めて押さえ込まれたローラは、自分も鍛えられた軍人ではあっても、流石にコンラッドに敵う筈も無く、行き成り刺し貫かれた下腹部の痛みに、辛そうに眉を顰めていくら叫んでも、コンラッドの耳には届いてはいなかった。


 自分を押え込んで激しく動いているコンラッドを、振り解こうと抗っていたローラだったが、固く目を閉じていた自分の頬に、雫が降りかかっているのに気付いて目を開けると、狂気の光を浮かべたコンラッドの瞳から零れた涙が自分の頬を濡らしているのだと知り、ローラは力を抜いて抗うのをやめた。


「……コンラッド、手を離して」

 ローラの静かな声に気付いたコンラッドが、動くのは止めないが言われた通り、腕の力を抜いて手を離すと、ローラは静かに両手をコンラッドの首に廻し茶色の髪を優しく掻き抱いて、コンラッドの頭を自分の胸に抱え込んだ。

「いいわ。好きにしていいわ、コンラッド」

 耳元で小さくローラが囁くと、自分が泣いている事に、ようやく気が付いたコンラッドは、嗚咽を上げてローラにしがみ付いた。

 少し緩慢な動きになった夫を、慈しむように抱きかかえたまま、ローラは夫の激情が収まるまで、静かに夫を迎え入れ続けた。




「そして、その理由は話せないのね、私にも」

 今は落ち着きを取り戻して、ベッドに腰掛けてローラに背を向けているコンラッドは、小さく「ああ」と言った。

 悲しげにため息をついたローラだったが、頑なに背を向けている夫のその背に、起き上がると静かに抱き付いた。

「いいわ、話さなくても。でももし何時か、貴方がマリアに会いに行く日が来たら、私も、私も貴方を支えるわ。マリアを守る貴方を、私が守るわ」

「ローラ」

 背中の妻の温もりを感じて、コンラッドは詫びを籠めてその名を呼んだ。

「だって、私は絆の相手なんでしょ? そう簡単には、貴方を諦めないわ」

 クスクスと小さく笑ったローラは、コンラッドを抱き締める腕に力を籠めた。


 ローラの存在が、コンラッドには嬉しかった。そうでなければ、自分はまた闇に堕ちたかもしれないと思った。

 こんな自分を、何も見返りも無く、当たり前に受け入れてくれる妻が愛おしかった。堕ちてはいけないとコンラッドは思った。もう自分は、一人ではないのだとしみじみと悟った。


 一方で、まだ苦しみを背負ったまま、その苦しみの存在すら知らされていない妹の事を思った。一体誰が彼女を救えるのか、手出し出来ない自分が歯痒かった。

 夜が更けていくポーツマスの港の明かりがチラチラと揺れているのを見ながら、自分の心の奥に潜む真実は、まだ明かされてはいけないのだと、コンラッドは揺れる想いを噛み締めた。

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