~回想~
~回想 その1(佳祐)~
受験前夜から雪が降り続いていた。
積もるかもしれないから明日は早めに家を出ようとみりあと電話で話していた。
いつもはチャットでやりとりをするのに、今日に限ってみりあは声が聞きたいと言ってきた。
みりあの成績なら絶対に大丈夫な高校だ。
私は家族とのことがあるからある程度のレベルの高校でかつ、家に早く帰って来る必要もあるため遠くない場所を選んでいた。
少しだけ複雑な家庭環境なのだ。だから受験前に進学塾に通わせてもらえたときは正直驚いた。
あの父親がそんなことに時間をかけさせるなど思えなかったからだ。
いや、おそらく世間体だけを考えてのことだろう。それに行った先は父親の知り合いの進学塾。
おそらく合格率を上げるためだけのようにも感じた。
だが、家庭環境のため学区内1位の高校は条件に合わないため2番目を選ばなければならなかった。
もちろん教師は反対した。
学年トップの私が県内1位の高校を受験しない。確かに滑り止めに受けた私立の方が難易度は高かった。それは家から近いからという理由だ。誰しも何らかの事情を抱えている。 それが大きいか小さいかだけだ。
みりあは私とほとんど同じくらいの成績だ。だから学区内1位の高校を受験することだって可能だったはず。けれどみりあは私と同じ学校を受験することを選んだ。
「だって、佳ちゃん一人だとさみしいでしょう」
みりあはそう言ってくる。
確かに一人になるのはさみしい。
私、みりあ、リムトそして、咲季の4人はいつだって一緒だったのだから。
だからリムトが勉強を教えて欲しいって言ってきたときは嬉しかった。
「また4人みんな一緒だといいよね」
リムトも咲季も同じ高校を受験する。
多分4人とも合格できるだろう。少しリムトが怪しいけれど多分大丈夫だろう。
私は他愛ない話しをみりあとしていた。
みりあが言う。
「あのね、佳ちゃん。テスト終わったらでいいから話したいことがあるんだ」
「どうした?なんか改まって」
いつもと違う雰囲気のみりあだった。
みりあは続けていう。
「うん、だって話したいことが、ううん、伝えたいことがあるんだ」
そのみりあの声に私もこう言った。
「なら、私もあるな。伝えたいこと」
言ってしまった。変な緊張がはしったとき、みりあが空気を変えた。
「多分、そろそろ走りたいっていいたいんでしょう。いいでしょう、付き合ってあげるわ」
きっと、違うとわかっていながらもみりあはそう言ってくれた。
「そうだね、一緒に走ろうか。また高校にいっても一緒に陸上やろうな。走っているときだけは自由って感じるんだ」
その気持ちは本当だった。
風を受けている時は自由を感じられる。押し付けられたものも、押し寄せるプレッシャーもない。
「いいわよ。ちょうど明日で受験も終わるから気分転換に走ろう」
そう言って他愛もない会話をして夜が明けた。そう、もう一緒に走るなんてことができなくなるなんて知らないままに。
次の日。
予報通り晴れたけれど何年かぶりに雪が積もっていた。予定より早く起きて用意をする。
携帯にはラインですでに待ち合わせ時間の変更がながれていた。こういう時みりあが一番しっかりしていると思う。
待ち合わせの公園前に行くまでに何度も転びそうになった。
雪が溶け始めているせいかかなり歩くのが怖い。
「お待たせ~」
待ち合わせ場所に着くとすでに3人とも来ていた。
ついてそうそう、咲季が話しかけてきた。
「ちょっと佳ちゃん、聞いてよ。リムトったら昨日全然勉強してないっていうの。一番合格が怪しいのに何考えているのって思った」
咲季はウェーブのかかったショートカットの髪を揺らしながら怒っていた。
いや、本気で怒っているわけじゃないけれど咲季は感情がいつも全面にでる。
喜怒哀楽がはっきりしている。
どの感情にもいつも全力なんだ。
リムトが言う。
「いやね、受験前日に大事なことって追い込みで勉強することじゃなく、おいしいものをお腹いっぱい食べて早く寝ることだと俺は思っているんだよな~万全の体調で試験に望むことこそが一番大事だって思っているんだ」
リムトが最もらしいことをいう。咲季がさらに言う。
「じゃあ、リムトは昨日何時に寝たの?私知っているんだからね。夜中もずっとリムトの部屋の電気ついていたの」
リムトと咲季は幼馴染だ。
家もとなり同士でずっと仲がいい。リムトが言う。
「いや~昨日は2時くらいかな」
みりあが言う。
「こっそり勉強していたのかもしれないわよ」
咲季が首を大きく横に振りながら言ってきた。
「本当に勉強していたのなら勉強したことを自慢すると思うの。だってリムトはそうだもの。一体昨日何してたの?」
リムトが笑いながら言ってきた。
「え~と、チャットなんだよね。ほら、言ったじゃん。小説サイトで小説アップしているって。それでずっと俺のファンだったって人がいて、つい嬉しくって話し込んだんだよね。ごめん」
「それ、女の子なんでしょう。絶対そうだ。もう、信じらんない」
みりあが笑顔で言う。
「まぁ、女の子かどうかは別として、これでリムトが受験に失敗したらそのチャットのせいってことだけはわかったわ。後、勉強教えた佳ちゃんの教え方もわるかったことにしておいてあげる」
「おい」
私はみりあにつっこんだ。
「確かに、リムトには勉強教えたが受験に対する姿勢とかはもう教えるとかそういうものじゃないだろう。まぁ、一日くらい勉強しなかったからといっていきなり成績が落ちたり上がったりはしないけれど」
話していたら3人とも笑っていた。
「そんなのわかっているよ。行こっか」
みりあのおっとりした声でこの話は終わりになったことがわかった。
いつも4人で集まるとこんな感じだ。
この時はいつまでも続くと思っていた。この感じが。
ふと気がつくとみりあが変わった歩き方をしていた。
「何しているの?」
そう言うとみりあが言ってきた。
「誰も歩いていない雪の上って歩くと気持ちいいの。さくさくってね」
その声を聞いてリムトもマネをしだした。
「ホントだ。べちゃべちゃのところを歩くより気持ちいい。誰もまだ足を踏み入れていないところを歩いていく。なんだかロマンだね~」
「ほら、リムト。そんな歩き方してたら危ないわよ。こけても知らないんだから」
咲季が少し怒り気味に話している。咲季はリムトにだけは接し方が違うのがよくわかる。
リムトがバランスを崩してこけかける。
「ふ~あぶない。まぁ、実際陸上で鍛えさせられたから足腰は強いんだよな」
そう言ってリムトがこっちを見てきた。
「うん、佳ちゃんってストイックだけれど、それを他人にも求めるから大変なんだよ。皆が皆、テストで100点とれるわけでもないし、大会に出られるわけでもないんだから、ちょっとは考えて欲しいわ」
咲季までこっちを見てきた。
「まぁ、確かにスパルタだったよね。でも、絶対できないってスパルタじゃないんだよね。ちょっと届きそうってところにするのが佳ちゃんらしいところ」
みりあまで私を見てきた。その時後ろから自転車が突っ込んできた。フードで全体を覆っている。前でも見えていないのかそれとも雪でうまくハンドルが操作できていないのか原則もせずにこっちに向かってくる。
ツルッと滑ったが目の前でみりあがバランスを崩してガーとレールにぶつかっていた。そして上半身が車道側に体が落ちそうになっている。その先に車が。
私はとっさにみりあの手を引っ張った。反動で自分が車道側に出た。
鈍い感じがした。車は急ブレーキで止まったが私はぶつかって飛ばされたのが分かった。
みりあが走り寄ってくる。
「はやく、救急車を」
咲季の声がする。
激痛とともに自分の右足を見たら右膝から下が見たこともない角度で曲がっているのがわかった。
動かない。
そのまま、私は病院に搬送され手術することになった。
ただ、最後に口に出した言葉だけは覚えている。
「いいから、みんな受験に行ってくれ」
受験の結果はリムトが不合格で咲季とみりあが合格だった。
手術後はリハビリが続いた。
わかったことは日常生活くらいなら問題ないが走ることや負荷がかかることはできないということだった。その言葉はまるで自由を奪われたかのようだった。
病院にいるあいだに色んなことがあった。最初に病室に来たのはリムトだった。
「春から一緒の高校行こうな」
リムトがそう言った時にわかったことがあった。
咲季ならこう言うだろう。
「ホント、信じらんない。わざと受験に落ちるとか」
だが、リムトなりの優しさなんだろう。それがよくわかった。
それと、みりあが公立に合格したがいかないといって、部屋に立てこもった話しも聞いた。
結局、みりあの両親が根負けして、みりあも私立に行くことになった。
けれど、咲季だけはちがった。咲季は一人で病室に来てこう言った。
「ごめんね。佳ちゃん。みんな。私だけ公立に行って。親説得出来なかった」
泣きながら咲季が言っていたのを今でも覚えている。
だが、どんな時もリムトだけはそばにいてくれた。
リムトが真剣な顔でこう言ってきた。
「佳ちゃん、みりあのことどうするの?」
実は受験が終わった後に告白をしようと思っていた。リムトにだけは相談をしていた。私は口を開いた。
「みりあは私の怪我に責任を感じていると思う。どう告白したってフェアじゃない。それにそんな思いを持ちながら付き合うって変だろう。だから今までとおりがいいな」
そう言った私にただリムトは、「そっか」とだけ言ってくれた。私はリムトにさらにこう言った。
「なぁ、リムト。確か小説書いていたよな。だったら、私たちのことを小説に書いてくれないか。けれど、たった一つだけリクエストがある。ハッピーエンドにだけしてほしい。実際に叶わなかったことだから」
リムトは少し考えて「わかった」と言ってくれた。
その後くらいだろうか、病室にみりあもよく来るようになって咲季もいて、いつも通りに笑えるようになったのは。
ふと気がついたらチャイムがなっていた。
次の授業は体育だ。この暑い中プールで泳いでいるみんなをただ見ているだけだ。
だが、それもまた楽しいと思えるようになった。
「佳ちゃん、見学って一人だけ見るのを見学とは言わないんだからね」
「それは自意識過剰だよ、みりあ」
こんなことを言い合えるようになったのもリムトのおかげだ。
あの小説はみんなを救ったのだ。そして、その小説が本になったとき咲季だけが離れていった。小説の中でリムトが咲季に告白して振られた時のように、咲季は気がついたら私たちと一緒にいることが減っていった。咲季が決めたことだからと思っていた。理由を知っていればまったく違ったのに。
「ほらぁ~」
ばしゃっと水が飛んできた。
笑顔のリムトがそこにいた。
体育の授業だけは億劫になる。
まだ、膝は思うようには動いてくれないから。いや、もう二度と、というべきなのだろうけれど。
でも、後悔はしていない。もしみりあを助けていなかったら今頃こんな風に笑うことすらできていなかっただろうから。
みりあを見た。だが、その時ふと気がついた。私以外にみりあを見ている人物がいることを。
木田だった。
その目はなんとも言えない感じだった。ただ、わかったことは普通ではなく、そこに恐怖を感じたということだ。気がついたらチャイムがなっていた。
私は着替えることもないから先に教室に戻ろうとした。だが、その途中高橋先生と天野を見かけた。
天野は学校中央にある時計塔に走っていた。時計塔は改修工事を行うためなのか足場が組まれている。けれどそのむき出しの鉄パイプと鉄かなにかで出来ている足場がなんだか余計に物々しさを感じさせる。そう、近づきたくない雰囲気なのだ。どうやら古くなった長針と短針を外して、新しいのに変えるらしい。作業はまだ進んでいないがこのままだと落下する恐れもあるそうだ。走ることのできない私はその噂を聞いただけでも正直時計塔には近づきたくはない。天野に続いて、高橋先生も時計塔に入っていく。
一瞬悩んだが、走ることのできない私はゆっくりと歩いて行った。
時計塔は一部の部活のための部室がある。科学研究部は化学室の一角を使っているので時計塔に立ち入ることはない。
天野がどうして時計塔に走り出したのかわからなかった。いや、そもそも今日まで天野にも木田にもそこまで興味すら持つこともなかった。ただ、教室にいるけれど話すことのない人としか認識していなかった。そう、あの今朝のメールが来てから確かに私は、いや私の周りを見る目は変わってきたのかもしれない。そういう意味では、内容はともかくいいことだったのかもしれない。
天野と高橋先生を追いかけて歩いて行ったが、時計塔の入口で立ち止まってしまった。
「時計に近づくな」
今朝のメールに書いてあった。
目の前にあるのも大きな時計がある。
今日は避けておいた方がいいのかもしれない。そう頭上にある大きな時計を見たときに目に入ったのは屋根にしがみついている天野だった。
「飛び降りようとしている」
私は時計塔の中に入った。そして、階段を上がる。
「なあ、天野落ち着け。とりあえずこっちに来ようか」
高橋先生の声が聞こえた。さらに天野の声がする。
「それ以上来たら本当に飛び降ります。僕はやってないんだ。あんなメールをみんなに送ってないし、書き込みだってしていないんだ。ただ、僕は告白をするために賭けをしたんだ。それだけ、それだけなんだ。なのになんで誰もわかってくれないんだ」
支離滅裂だった。
だが、天野のむき出しの感情だけはわかった。
誰もわかってくれない。行き場のない思いのぶつけ方がでも、飛び降りなんてさみしいものだ。
天野が体制を崩す。
屋根を滑りそうになっている。
「天野、大丈夫か、今何か掴まれる棒を持ってくるからな」
そう言って高橋先生は周りを見渡した。
おそらく掃除道具のほうきかモップを探したのだと思う。
だが、近くに掃除道具入れはない。ここからだとかなり離れたところになる。
私はいざという時のための折りたたみステッキを取り出した。
急激に膝が痛くなった時用に持っている、いや持たされているのだ。
本来なら使った方がいいらしいが、どうしてか認められない自分がいるのがわかる。実際このステッキの世話になる時は雨が降ったときか急に寒くなった時だけだった。
医者が言うにはきちんとステッキとサポーターを使った方がいいと言っていた。後は無理して早く歩いたり、走ろうとした後も使ったほうがいいと言われている。そうでないと体の他の場所に負担がかかると言われた。
すでに足の長さが変わってきているのもわかる。普通に歩いているつもりでも怪我した右足をかばって歩いている。
それに、少し早く歩くだけで膝がガクガク震え感覚も鈍くなりステッキがないと歩くどころか立っていることすらつらくなる。
私は杖を見るたびにどこか今の自分を認めていないことがわかる。それにみりあにあまりステッキを使って歩いているところを見せたくない。
どうしても、お互いうまく笑えなくなるからだ。
私はポケットから携帯用ステッキを取り出して、すぐに伸ばした。
「高橋先生、これを使ってください」
高橋先生はステッキを伸ばした。天野が握り締める。まっすぐのはずのステッキは天野の体重を支えきれなかったのか湾曲している。だがそれだけ十分だったようだ。
高橋先生は天野のベルトをつかみ、引き上げた。
「天野、新城に感謝するんだな」
高橋先生はそう言ってステッキを見た。すでにジョイント部分がおかしくなってまっすぐになることを保てなくなっている。
「新城、助かった。明日ステッキは先生が買ってくるからな」
腰が砕けたのか天野はその場に座り込んでいた。
だが、天野は私を見るなりこう言ってきた。
「お前さえいなければ、こんなことにならなかったのに」
感謝の言葉ではなく恨みの言葉を向けられた。
私はただ呆然とするだけだった。
気がついたら高橋先生に連れられて私は教室に戻っていった。




