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~放課後 その1~

~放課後 その1~


ぽつり、ぽつりと雨が降ってきている。朝の残酷なまでの太陽はいつの間にか消えていた。膝が痛く、重い。

カバンが教室においたままだけれど、また学校に戻ってくるからいいかと思った。

家の鍵も財布も携帯も持ち歩いている。

教科書なんて学校にあっても特に問題ない。自分の部屋には参考書も問題集もある。それに今日一日勉強しなくても問題ないと思っている。

いや、この状態で勉強をしろと言われても集中できないだろう。今は歩くことにしか集中できていない。気を抜くと右足を引きずってしまいそうだ。いや、もう普通に歩けていないのは分かっている。ゆっくり、ゆっくり歩いている。


「大丈夫?佳ちゃん」


リムトが気を使ってくれているのがわかる。リムトはこっそり傘を取りに教室に戻ってくれた。私はリムトがさしてくれている傘でぬれずに歩いている。

雨だとやはり杖があるほうが歩きやすい。みりあが悲しそうな顔をするのがわかっているけれど歩けない私を見るほうがつらいはずだ。

だから私は笑顔でいなければならない。それが『みんな』にとって一番いいことだと思っていた。


「もう少しゆっくり歩こうか?」


リムトが気を使ってくれている。「大丈夫だよ」と言ってみたがその言葉にどれだけ信用度がないのか自分が一番わかっていた。

これからまずスーパーにいって買い物をしないといけない。

母親が家から外に出ることができないからだ。別に歩けないわけじゃない。精神的なものだ。

強迫観念というのかまわりの目が怖いらしい。私は周りなんてそこまで興味なんて持ってないと思っているのだけれど、母親は違っていた。

正直私という存在がいけないのかもしれない。

父親の家に嫁いできた人。父親は名誉を重んじている。だから私に100点を取ることを強いている。

運も悪く私の前の代もその前の代もテストで全教科満点を取ることを達成している人がいたのもその影響があったのかもしれない。

「新城さんのお子さんも満点なんですよね」という言葉を聞くたびに父親は「も」という表現に引っ掛かりを感じているらしい。

特別な存在でいることが私の存在理由らしい。それがわかりやすいのが全教科満点なんだろう。

おそらく達成できなくなった時点で本当に私は新城家から追い出されるだろう。

だって、私は新城家の血筋なんて引いていないのだから。だからこそ母親が「おかしく」なってしまったのだ。

家の外にも出ず、私とも顔を合わせない。

だから私が買い物をしないといけない。私が買い物をしないと食事も出ないし、生活だってできなくなる。

私と顔を合わさなければ家の中だと母親は普通だ。

もし、何かの拍子で顔を合わしてしまったら母親はまた発作を起こしてしまう。だからこそ家から出たいけれど、何かあった時にかけつけないといけないのであまり遠くにも行けない。

父親は家で「トラブル」が起きなければそれでいいと思っている。

あの人にとっては私も母親もそこにいてさえすればいい。そして迷惑をかけず、名誉を汚すものでなければいい。それだけだ。

もし、私がその希望に沿わない形になったら多分捨てられるだろう。

父親にとって私は他人でしかないのだから。実際ほかにも帰る家があるのも知っている。だから私は単なるスペアなのだ。

しがらみから抜け出たい。だからこそ走っているときは気持ちよかった。

風を体で受けて加速していく。それだけが私の世界だった。

だが、その世界はもう手に入らない。私はしびれてきた右足がとうとう地面に立っているのかも目でみないと確認できないようになってきた。

いや、体重をかけて腰に負荷がかかることでなんとなく地面を感じる。ただ、すでにつま先が、かかとが地面を踏んでいることなんてわからなくなっていた。

これは膝だけでなく腰の神経も損傷したからだと聞いた。

こうなると前をみて歩くことなんてできない。足元をみていないと、右足がいきなりできた穴に吸い込まれたみたいに感じてしまう。どんどん地面をさがすために体重をかけてしまう。そう、倒れるだけだ。何度もリハビリの時に倒れたのがわかる。


「もうすぐスーパーだから。買うもののリスト見せて」


リムトが言ってくれる。「大丈夫だよ」と言ったけれど、これまた何に対しての「大丈夫」なのかがわからなかった。

リムトがスーパーを走って商品を選んできてくれている。私はレジ前でただ待っていることしかできなかった。

怪我をする前までは気が付かなかったけれど、ここまで自分ができないことが増えると泣きそうになる。

だが、悲しい顔をしても何もかわらない。走ってきたリムトに笑顔で「すまない、ありがとう」と伝えた。

リムトの表情が何かを言いたそうだったけれど「いいってことよ」って笑ってくれたのが救いだった。

リムトがスーパーでビニール傘を買っていた。使う用途がわかるからその費用を払うといったがリムトは受け取らなかった。

会計を済ませてまた外に出る。もう、外は結構雨が強くなってきていた。


「家の前まで行くから」


リムトがそう言ってくれた。仲の良いメンバーは私の家庭のことを若干知っている。

知っていることは「母親が病気」「母親は他人がいると発作が出る」「その他人に私自身も入っている」ことだ。「父親と血がつながっていない」ことや「母親に昔殺されそうになったこと」なんかは言えていない。そう、発作は自分に向かう自傷行為ではなく、私に向かうからだ。「あんたがいなければ!」というセリフを何回聞かされたことか。だが、母親も直接会わなければ大丈夫ということをわかっている。だから帰る前に母親にメールをしないといけない。私は携帯を取り出して「今から帰る。後でまた出かけるので出かけるときにメールをする」とメールした。

家が見えてくるとリムトが「傘使ってくれ」と言ってきた。リムトがスーパーの買い物袋と傘を出してくる。私はリムトからビニール傘を奪って、買い物袋をもらうため手を出した。


「もう、佳ちゃんは頑固なんだから」


さすがにビニール傘なんかよりはるかに高い骨のしっかりした傘をつかうわけにはいかない。


「気持ちだけもらっておくよ。それとみりあのこと頼む」


私は深々と頭を下げた。リムトは「当り前だろう。だって友達じゃんか」と言ってきた。

その笑顔に助けられたと思った。

家に向かう曲がり角でリムトが手を振っている。私が家に入るまで見守っているのだから律儀なやつだと思った。


家に入る。

母親がいるはずなのにいつも電気がついていない。近所には母親はいつも仕事で朝早く夜遅いことになっている。だから昼間に電気がついていることはない。

真っ暗な部屋に音も立てずに閉じこもっている。私にはそのほうが精神が壊れそうだと思った。

母親が時間をつぶすためにいつも本を読んでいるのを知っている。週末に宅配で届けてもらっているのでそれを読んでいるのだ。もちろん受け取りは私が行っている。

家に帰るとまずは玄関にあるホワイトボードを見る。

そこに自分の予定を書くのだ。うっかり鉢合わせを避けるためにしている。

トイレも風呂もこの家には二つある。さすがに家で息子が母親に殺される事件は回避したかったのだろう。

父親がはじめて私と母親が対峙して殺されそうになったのをみてリフォームを決意したのを知った。

私は冷蔵庫、冷凍庫にしまうものは早めにしまって自分の部屋にあがった。

まずしたのは膝のサポーターの交換だった。今日は雨の中動かないといけない。リムトに言ったが、海馬部長にも言われたがやっぱりみりあの身が心配だ。

部室に携帯を届けたら海馬部長に話してみようと思う。それともう一つ不格好でいやなのだけれどカーボン製の杖を押し入れの奥から取り出した。この輪っかがある杖は1学期につけていた。今は折りたたみ用のステッキと、もう一つステッキがある。1学期の終わりからこの輪っかつきの杖はつかっていない。輪っかつきの杖をみて少しだけ懐かしく思った。病院には母親は当たり前だが父親も見舞いにくることはなかった。

看病はみりあとリムトそれと咲季が来てくれた。そういえばいつからだったかな。咲季が来なくなったのは。高校に行ってからしばらくは来てくれていたのだけれどなぜかいつも一人だった。

リムトともみりあともかぶらないようにしていたように感じる。

聞きそびれていたので今に至っているが咲季も元気にしてくれるといいのにと思った。

私は準備もできたので携帯ショップに向かった。携帯で新規契約を行い、メールアドレスと電話番号を部活メンバーと母親に送った。

父親の携帯番号もメールアドレスも私は知らない。だから変更をしたことを伝えるすべがなかったのだ。

メールが届く。部活のメールだ。速攻で花音先輩が登録をしてくれたのだと思ったが本文をみて固まった。本文にはこう書かれていた。


「18時半 けやき通り交差点で咲季が交通事故にあう。助けて」


メール後にすぐに携帯が鳴った。相手はリムトだ。「あ、かけ直す。海馬部長からカカオトーク来た」すぐにこちらにもカカオトークが来た。

海馬部長が言う。


「この咲季って誰?」


リムトが間髪入れずに言う。


「僕らの友達です。高校は違うけれど」


花音先輩が言う。


「けやき通り交差点だとリムトがこれから行く近くね」


リムトが言う。


「多分、未来の僕が事故を見て送ってほしいってお願いをしたのだと思う。咲季は僕の大切な人だから」


みりあが言う。


「もう、バイト入るから。リムト、咲季にメールして未来を変えて」


そう言って、みりあは落ちた。海馬部長が言う。


「仕方ない、柿崎もそっちに行くから大丈夫だろう。まず高坂はその咲季って女の子の予定を変えさせろ。そうなると交通事故は回避できるだろう」


花音先輩が言う。


「メールはセットしたわ。ただ、まだプログラムが完成とは思えない。海馬先輩このプログラム本当に正しい?」


海馬部長が言う。


「わからん。理論上は正しいはずだがどこか間違っているのか確認までできていない」


海馬部長が一番でたらめなスキルを持っている。論文や学術書もいつもこの人が集めてくる。その検証も一人で行って部員みんながそれについて行っている。

あの花音先輩ですらプログラムが読み切れていないらしい。海馬部長が言う。


「とりあえず、当初の予定からずれるが高坂は全力でその咲季って子を助けろ。後で関係を話させるから覚悟しておけ。柿崎は今横にいるからいいとして、新城。お前は勝手な行動はするな。今から学校に来い。今すぐだ。そして、花音。お前はプログラムの完成だ。そいつがうまくいかないと俺らの足元が崩れて『今』がなくなるんだからな」


「「「了解」」」


そう言ってカカオトークを切った。

見透かされていたと思った。多分海馬部長は私が勝手なことをすると思っているみたいだ。自分の携帯へメールすることがなくなったら今日一日は一気に変わってしまう。あのメールがなければ木田にも天野にも関心なんて持たなかった。

それに海馬部長や、柿崎先輩、そして喜勢さん。いろんなことを知って行動が変わっている。

あの始まりがなければ今なんて存在しない。だけどこの行動で本当に未来は変わるのだろうか。いや、未来に何があったのだろう。

私は傘を差しながらゆっくり学校に向かった。もう、ゆっくり足元を見ながら出ないと歩けなくなっていた。


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