番外編 井上音羽の場合②
それから、みるみる笹村くんとかなんちゃんは仲良くなった。
かなんちゃんは貝のように口をつぐんでいたけど、露出狂から助けてもらったり、階段から落ちたところを助けてもらったり、ケガしてたところを自転車に乗せてもらって下校したりしてたらしい。
笹村くん、すごいな。ナチュラルにそんなヒーローみたいなことできちゃうって、すごい。
それにしてもかなんちゃん、危ない目に遭いすぎじゃない?私は心配だ。
笹村くんとかなんちゃんの急接近に、くっつくのも時間の問題、とE組では大盛り上がりだ。
クラス内には笹村くんの濃ゆいファンはいないので、みんなが応援モードだ。
――でも、親衛隊の人は許せなかったみたい。
ある日、かなんちゃんと帰ろうとしていたら、隣のクラスの子が声をかけてきた。
「ちょっと話があるんだけど。一緒に来てくれない?」
確か、田端さんだったっけ。笹村くんの親衛隊に入ってる派手な女の子。
「えー…。あー。わかりました。音羽、先帰ってて」
「え?!私も行くよ!」
びっくりして首を振ったが、田端さんもいい顔をしなかった。用事があるのはかなんちゃんだけだから、って。
そのまま行ってしまった二人を見送って、私は必死に考えた。
どうしよう。親衛隊の人に連れてかれて、何をされるんだろう。
先生を呼んだらいい?
それともやっぱり今から追いかける?私が何か言って役に立つ?
どうしよう。どうしよう。
そのとき、しゃがみこんだ私の頭の上から、天の声が聞こえた。
「井上?何やってんだ、こんなとこで」
!!!!
ガバッと顔を上げると、不審そうな笹村くんがいた。
「かなんちゃんが!親衛隊の人に連れてかれちゃったの!!助けてよぉお!!」
私が言い終わるか終わらないかのうちに、笹村くんは走り出した。
私もすぐに走ってついて行ったけど、なかなか追いつかなかった。
途中で会った人に訊きながら、親衛隊が溜まり場にしてる教室にようやくたどり着くと、中から冷え冷えとした笹村くんの声が聞こえてきた。
私は、見つからないようにそっと扉の脇にしゃがんだ。
「俺としては、周りで騒がれるのも、好意を寄せてもらうのも有り難いことだと思ってる」
?有り難いって、ありがとうって意味でしょ?全然そんな風に聞こえないのはなんで?
「いつでも注目されるのも、プライバシーが守られないのも、黙認してきたつもりなんだよね」
ああ、隠し撮りの写真を売ったりしてるやつかな?家までついていく子もいるらしいし、アイドルも大変だよね。ストーカーとかは大丈夫なのかな。
「…な、何が言いたいの?」
声しか聞こえないけど、女の子の声は震えていた。
要するにね、と笹村くんは笑った。
「これからも、パンダでいるからさ。餌くらいは好きなもの食わせてよ」
パンダ?
白黒のまるっこい動物が、思い浮かんで消えていく。餌って、笹?
「…パンダでも、マナーを守らない客には不快になるんだ。餌にまで手出し口出しされたら、猛獣だし何するかわからないよね」
最後にそう言って、悠然と笹村くんが教室から出てきた。
笹村くんは扉の脇にしゃがんだ私に気づいて、ちょっと口角を上げる。
「シモなら帰ったよ。もう、こういうこともないと思う」
笹村くんにお礼を言ってから、パンダの話を聞いたらなぜか苦笑された。
「そのうちわかるよ。絶対に逃がさないから」
生餌ってことかな?
緑ヶ丘第一高校の文化祭は、なかなか派手だ。予算こそそんなに多くないものの、一ヶ月近く時間をかけて展示や発表の準備をして、二日間にわたって行われる。
うちのクラスはインドカフェをやることになった。女子はサリー、男子はクルターパジャマとかいう白の上下にベストだ。サリーって柄もかわいいし体型も隠せるし、嬉しい。
カレーも本格的だし、楽しみ!
かなんちゃんは、普段目立つことは極力避けるのに、なぜか文化祭実行委員に立候補した。
文化祭実行委員ってすごく大変そうだけど、面倒見のいいかなんちゃんなら楽勝!だね。
じゃあ男子の方は…と先生が言ったところで、ものすごい勢いで高城くんが「僕にやらせてくれたまえ!!」と立ち上がった。他にやりたがる人もいなかったので、そのまま高城くんに決定。
だから、気付いた人はそんなに多くなかったと思う。
笹村くんが手を挙げようとして、やめたことに。
しかも、舌打ちしてた。
それから、笹村くんはクラス内では自分の気持ちを隠すのをやめたみたい。
他の人でもいいことを、わざわざかなんちゃんに訊きに行ったりする。笑顔も、かなんちゃんに向けるものは特別だって誰が見たってわかる。
わかってないのは、かなんちゃんだけだろう。
かなんちゃんは笹村くんが話しかけると、一瞬だけ引きつる。慌てて取り繕うけど、間に合ってないよ、かなんちゃん。
「シモ、俺行こうか?」
買い出しに行こうと笹村くんが申し出たのも、これが初めてじゃない。
買い出しが好きなわけじゃない。かなんちゃんと買い出しに行きたいんだ。
クラスのみんなが息を飲んだ。顔を向けたりはしないけど、みんな耳がダンボ。
「ああ、うん。じゃあお願い。水戸さん一緒に行って調味料を買い足してきて」
ええええーーーー?!なんでそこで水戸さん?!
クラスのみんなの心の声が聞こえる。
名指しで頼まれた水戸さんは緊張しいなので、みるみる真っ赤になった。
水戸さんは確かに笹村くんに憧れているそうだが、視界に入るのも恐れ多い!と言っているくらいなので、こんな注目のされ方は心臓に悪そうだ。
かなんちゃんのあまりの鈍さに、笹村くんは引きつっていた。
かわいそう、笹村くん。水戸さんもとばっちり。
でも私はかなんちゃんの幸せが一番だから、協力はしない。
買い出し以外にも、笹村くんはなんとかかなんちゃんと接点を持とうと一生懸命だった。
かなんちゃんはそれを避けようと一生懸命だった。
クラスの中では笹村応援派と、下山逃げ切り派に分かれて話題騒然だ。
「てか、あれは笹村がかわいそうだろうよ!あんなにわかりやすいのに!」
「えー、でもアイドルにあんなに来られても、引くのかもしれないよー。親衛隊とか怖いしさ」
教室の外で門を作っていた男の子たちが笹村くんに同情票を入れた。
飾りつけをしている女の子たちは、かなんちゃん寄りみたいだ。意外にも、笹村くんを袖にするなんて!って意見は聞かない。みんな、アイドルは見るだけでいいと思っているのかもしれない。
「あ、でも親衛隊には笹村くんが何か言ったみたいだよ」
私がふと思い出して言うと、みんなが色めきだった。
「なになになに!!何かってなに!?」
「えー?なんだっけ。パンダがどうとか…」
なんだよそれー!と大げさに富田くんがずっこけた。
富田くんはいつもこんな感じだから、気分が明るくなるよね。実は最近、気になってたりする。まだかなんちゃんにも内緒だけど。
文化祭一緒にまわろうって言ったら、OKしてくれるかな?どうしよう。
かなんちゃんは、実行委員以外にも何だか忙しそうだ。
最近はなぜか体育倉庫によく通っている。窓の位置を確認したり、置いてある物を見て動かしてみたり。文化祭で使うものを探してるのかな、と思ったけど違うみたい。
「かなんちゃん、何やってるの?」
「脱出方法を考えてる」
?どういうことかな?
やがて、鍵をじっと見ていたかなんちゃんが、急に顔を輝かせた。
「…これだ!」
スキップしそうな勢いで、体育の先生のところへかなんちゃんは走って行った。
おーい、かなんちゃん。おいていかないでー。