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番外編 井上音羽の場合①




 私は緑ヶ丘第一高校に入学してから、人生が変わったと思う。


 ギリギリの補欠合格で入学した、憧れの進学校。制服もかわいいし、美男美女率も高い。

 まさか受かるとは思ってなかったから、合格通知を受け取った時は泣いた泣いた。


 入学式の前、クラス発表を見に行くと、食い入るように1年E組の列を見ている子がいた。


 さらさらの髪を無造作に一つにまとめて、眼鏡をかけている女の子。化粧っけもないが、私の目はごまかせない!これは眼鏡を外したら美少女ですね!!


 声をかけると、はじめは不審そうにしてたけど、私が自己紹介すると途端に目を輝かせた。


 おもむろに私の手を握って、友達になって、だって。もちろん!!

 高校入学早々、友達ができちゃった!



 女の子の名前は下山歌南ちゃんと言った。隠れ美少女なだけではなく、勉強もすごくできた。入学してすぐの学力テストでは、クラスで1番。学年でも3番だった。

 緑ヶ丘第一高校は、テスト順位の発表はせず、それぞれに成績一覧が配られるだけだから、かなんちゃんが頭がいいのは身近な人しか知らない。

 かなんちゃん自身、ひけらかしたりはしないので、すごく感じがいい。


「…音羽、これどうにかしようか」

 見せ合いっこした、私の成績表を見たかなんちゃんは、とっても真剣な顔。

 え?と首を傾げたら、ガッ!と両肩をつかまれた。


「今日から毎日30分、一緒に予習復習するよ!」

 勢いに圧されて、とりあえず頷いてしまう。

 その日から、かなんちゃんの特訓が始まった。


 かなんちゃんが30分と言ったのは、私の持久力のなさを読んでのことだったみたい。

 特に私の苦手な理数系を集中的に、今日の授業でどこが大切だったのかを簡単に説明してくれる。慣れてきたら時間を延ばしていこうね、と言われた。


 私は残念ながらバカなので、何度もかなんちゃんに同じことを訊いた。


 普段、私は周りの人にバカにされることが多い。胸に栄養が全部いっちゃったのね、なんて悪口もよく言われた。バカな私が悪いのだけど、好きでバカなわけじゃない。見下されれば悲しいし、私だって周りの人をイラつかせないようになりたかった。


 でも、かなんちゃんは私のことを絶対にバカにしなかった。

 どんくさい私にイライラしてため息をついたりもしない。あれ、地味に傷つくんだよね。はぁ、ってため息をつかれるの。すごく悲しくなる。


 ごめんね、かなんちゃん。わかんない。


 半泣きで私が言うと、どこがわからないかを丁寧に探してくれた。

 いや、私の説明もよくないんだよね、と一緒に悩んでくれた。


 かなんちゃん!わかったよ!


 飛び上がらんばかりに私が喜ぶと、アーモンド形の目を細めて一緒に喜んでくれた。



 かなんちゃんは天使のようだ。

 地味な髪型と眼鏡で隠してるけどすごくかわいいし、こんな私にこんなに優しくしてくれる。

 ミス緑ヶ丘第一に輝いたという噂の先輩だって、こんなにできた人じゃないだろう。


 かなんちゃんは、私の運動音痴もぶきっちょなところも気にしてくれた。


「美容にもいいし、ジョギング始めよう!」


 これも、無理はせず30分のウォーキングから徐々にペースをあげていった。

 かなんちゃんは、人に何かを教えるのに向いていると思う。

 飽きっぽく、根性のない私にもやる気が起きるメニュー。ここぞというときに、にっこり笑って誉めてくれる。


 まともに包丁も握れなかった私に、基礎から料理を教えてくれたのもかなんちゃん。


 調理に合わせた野菜の切り方、下味の付け方、調味料を入れる順番。計量カップの使い方。

 適当に切って、適当に混ぜたらご飯ができると思っていた私は、衝撃を受けた。

 時間はかかったけど、段々本を見ないでも作れる料理が増えてきた。

 泣いて喜んだのは私の家族だった。

 なんでだろう?


 うちの家族は皆、かなんちゃんが大好きだ。泊まりに来ると私と話す暇がないくらい、お父さんもお母さんも弟もかなんちゃんにまとわりつく。

 邪魔!とは思いつつ、仕方ないかなとも思う。

 だってかなんちゃんだし。



 そんなスーパーかなんちゃんだけど、男の子にはあまり積極的に関わろうとしない。

 苦手なのかな?と思ってたけど、あるとき気づいてしまった!


 かなんちゃんが同じクラスの笹村くんを、じっと見ていることに。


 笹村くんは身長178センチ、ボディボードが趣味らしくソフトマッチョ。

 柔らかそうな焦げ茶の髪に、整った目鼻立ち。アイドルグループにいても不思議はないくらいカッコいい。

 うちのクラスには入っている子はいないけど、親衛隊なんてものもある。廊下や校門前で囲まれてキャアキャア言われている。お昼ご飯も順番に食べてあげるんだって。

 よくわからないけど、ファンクラブ、じゃないあたりがコアらしい。


 でも、かなんちゃんはせっかく同じクラスなのに、笹村くんに話しかけようとはしない。

 恥ずかしがってるのかな?と思ったけど、なんか違う。

 笹村くんがこっちを見てると、さりげなく背中を向けたり、視線を下げたり。表情も固い。


 あっれー?私の勘違いかなぁ。


 あれこれ考えてもわからなかったので、かなんちゃんがうちに泊まりに来たとき訊いてみた。


「ねえねえ、かなんちゃんは笹村くんのことどう思う?」


 かなんちゃんは、訊いたこっちがびっくりするくらい、ぎょっとした。

 そして、渋い…というか、切ない…というか微妙な顔をしてから、教えてくれた。


「笹村くんは…。異性としていいなぁ、とは思うよ。でも、恋愛対象にはしたくない」


 できないじゃなくて、したくない?


 かなんちゃんは、彼氏にするならのんびりまったりした高校生活を一緒に過ごせるような、癒し系男子がいいらしい。


 確かに、笹村くんと万が一付き合っちゃったりしたら、すごく大変そう。

 親衛隊の子たちも恐いし、あんなイケメンの隣で寝癖つけて歩いたりできないよね。はくしょーん、なんてくしゃみもできないだろう。


 なんか、納得。




 かなんちゃんの特訓のかいあって、私は周りの人にバカにされることはなくなった。

 かわいい、いい子、お嫁さんにしたいNo.1、とか言われるようになった。

 ちょっと前までバカの代名詞にされてた私の胸も、色っぽいとか言われる。


 イケメンって呼ばれるような男の子たちにも、よく話しかけられるようになった。みんな、私のことをお姫様のように大事にしてくれる。


 バカにされないのは、すごく嬉しい。落胆させてため息をつかれないのも。


 でも、こんな風に人は簡単に手のひら返しちゃうんだ、と思ったら虚しかった。ちょっと前まで私になんて見向きもしなかったのに。


 かなんちゃんにそう言ったら、ほっぺたをグイグイ引っ張られた。


「音羽は胸張ってればいいの。努力しない人は、努力してる人の大変さには気づかない。結果しか見ないんだ。それだけだよ。気付く人は気付いてるよ」


 涙が出たのは、ほっぺたが痛かったせいじゃない。




 私が今、こんなに幸せなのは全部かなんちゃんのおかげだ。

 恩返ししたいなぁ、と授業中かなんちゃんの背中を見てたら、ふと斜め前に座っている笹村くんが熱心にかなんちゃんを見ていることに気づいた。


 あれ?これって。もしかして。もしかして。キャー!


 ちょっと気にして見るようにしたら、笹村くんはよくかなんちゃんのことを見ていることがわかった。

 何が楽しいのか、ニヤニヤしてるときもある。


 いてもたってもいられなくなった私は、直接笹村くんに訊いてみることにした。


「ねえ!笹村くんはかなんちゃんのことよく見てるよね?」

 たまたま朝早く登校したら、笹村くんが予習してた。教室にはまだ誰もいない。チャンス!!!


 笹村くんはぽかんと口を開けてから、いや、とかそれは、とかブツブツ言ってた。


「かなんちゃんはすごくいい子だよね!」

 拳を握って言うと、笹村くんはすごく複雑な顔をした。


「井上さ、下山が自分の目的のために井上を利用してるとしたら、どうなの」


 何のことだろう?

 首を傾げると、笹村くんは眉間にシワを寄せる。


「井上の世話をあれこれ焼いて矢面に立たせて、自分が目立たなくなるようにしてるとしたら?」

「うーん…。別に何とも…」

 私の答えに笹村くんはさらに眉間にシワを寄せた。

「何ともって何だよ。親切心じゃなくて保身のためだとしても、腹は立たないのかよ」


 あれ?私不正解?

 もう一度、笹村くんのことばをよく咀嚼する。

 それでも、やっぱり、何とも。だった。


「私ねぇ、周りの人にずっとバカにされてきたんだ」


 音羽ならできるよ。わからないのは、どこがわからないか明らかにすればいいんだよ。最初からうまくできなくてもいいよ。


 そんな風に付き合ってくれたのはかなんちゃんだけだった。


 最初は仲良くしてくれる友達も、私がモタモタしてるとその内いなくなった。

 ポンポン話題が変わる女の子たちの話をうまく飲み込めなくて、会話には乗りきれなかった。


 かなんちゃんだけが、ゆっくりでいいよと待ってくれた。


 保身のためだけに、どんくさい私にあんなに根気よく付き合えるものなのかな。


「私にとっては、保身でも親切でもどっちでもいいよ。かなんちゃんが大好きだから」

 えへ、と笑うと笹村くんはわかってくれたみたい。


「変なこと言って悪かった」

 そう言って微笑んだ笹村くんは、気絶しそうなくらいカッコよかった。




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