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第三話

だが、なぜか笹村くんとの接点は減ることなく、むしろ増える一方だった。


 あいうえお順で掃除のグループも、研究発表のグループも調理実習のグループも組まれるので、私は『さ』と『し』でほとんど笹村くんと同じグループになった。


 しかも、他の構成メンバーは下半身がだらしない篠田くんと、おしゃれにしか興味がない小宮さん、融通のきかない学級委員の高城くんだった。

 高城くんは成績こそいいものの、典型的な人付き合いベタのガリ勉タイプなのでしょっちゅう篠田・小宮とぶつかる。


 面倒この上ないが、放っておいたら私の成績低下につながってしまうので調整に入る。

 こういうとき笹村くんは本当に役に立たない。にこにことうすら寒い微笑みを浮かべて静観するだけなのだ。絶対、面倒だから私に押しつけてニヤニヤしてるだけなんだ。いい根性してる。


 その日は、化学の実験中だった。

 相も変わらず成績が底辺の篠田・小宮ペアは、先生の説明も教科書も参考にする気はないらしい。

 適当に机の上の薬品を混ぜ、アルコールランプにかけた。


「君たち!それは水と混合してから…あっ!」

「えぇっ?なにそ…きゃあ!」


 高城くんが慌ててフラスコを素手で持ち上げようとして熱かったらしく、取り落としたのだ。

 慌てて飛び退いた小宮さんの袖に当たったフラスコは、盛大に私の腕に中身をぶちまけてから床で割れた。


「あっつ!」

 硫酸などの劇薬ではないから、ただ熱いだけだ。教壇に立つ先生もさほど慌てた様子はない。


「下山、流水でよく冷やせ。掃除機持ってくるからフラスコには触るなよ」


 はあい、と軽く返事をしたところ、後ろから肘をつかまれる。

 え?と思う間もなく、蛇口の下に腕を突っ込まれそのまま水を肘までかけられた。


「…笹村くん、自分でできるから離してくれない」

 半分振り返って見て、死ぬほど後悔した。

 笹村くんは笑ってなかった。いつも王子様とか言われる嘘臭い微笑みを貼りつけてるのに、心底お怒りのようだ。


「…篠田、小宮」

 笹村くんの低い声に、篠田・小宮ペアがビクッとなる。

「フラスコを掃除しろ。それからなぜこんなことになったか、よく考えて次に活かせよ」

 しなかったら、どうなるかわかるな?という副音声が聞こえたのは私だけじゃないはず。

 慌てて篠田・小宮ペアは掃除道具を受け取りに走った。

「高城。お前はもう少し肩の力を抜け」

 今度はさっきよりはだいぶ優しい気がする。高城くんは笹村くんへの恐怖なのか、私にフラスコの中身をぶっかけた罪悪感からなのかブルブル震えているが。


「…あの、笹村くん。ありがとう。あとは自分で…」

「…下山さんはもう少しまわりに頼れよ。俺は頼りないかもしれないけど」


 聞こえるか聞こえないか、ギリギリの大きさで言って、笹村くんは離れていった。


 何を言っているのだろう?

 まわりに頼るはともかく、笹村くんは事態を静観するばかりで、頼れそうな雰囲気はいつも醸し出してないはずだが…。



 私がその台詞の意味に気づいて絶叫したのは、至福のお風呂タイムだった。


「ぅあぁあーーー!!」

「かなん!うるさいわよ!」

 リビングから叫んできた母に謝りながら、頭を抱えた。


 あの台詞(・・・・)は、笹村くんの好感度が友好以上で起こるイベントの台詞だ。

 確かイベントでは、無理をしすぎたヒロインが体調を崩して調理実習のときに皿を割り、手当てをしてくれた笹村くんが心配してくれる…というものだった。


 シチュエーションが違うから、偶然とも思えるが、果たしてそうなのだろうか。


 でもでも。笹村くんの好感度が友好以上になっているとも考えられないし。せいぜい挨拶をかわすくらいの関係しかないのだ。


 気のせいだよね。たまたま似たようなことを言っちゃっただけだよね!


 念のため、明日からより一層笹村くんを避けさせていただこう。

 告白イベントが起こりやすい文化祭は二ヶ月後に迫っているのだから。



 だが、なぜだか笹村くんのイベントはその後、雨後の竹の子のように起こりまくった。

 帰り道に露出狂に遭遇すれば、なぜか反対方向に住んでるはずの笹村くんが現れた。

 階段には時期外れのワックスがたんまり塗ってあり、下にいた笹村くんを下敷きにしてしまった。

 足の爪をはがしてしまい、びっこ引きつつ帰っていたら半ば無理矢理自転車の後ろに乗せられてしまった。


 起こり方や時期は微妙にずれるが、着実に笹村くんのルートに乗っている気がする。

 デレこそ見せてもらってないものの、名前の呼び方が「下山さん」から「シモ」になってきている。

 これは、危険だ。

 ゲームの通りでいったら、友好状態で「シモ」、好き以上で「かなん」だ。やばい。やばい。どうしたらいい?


 焦る私をよそに、笹村君は非常に機嫌がよろしいようで、毎日はじける笑顔を振りまいている。やめて、こっち見ないで。




 そして、文化祭を一ヶ月後に控えたある日、私はとうとう親衛隊の皆様に呼び出しをくらってしまった。


 北校舎三階の、ある教室にずらっと並んだ親衛隊の皆様。

 どの子も大体かわいい、もしくは美人。手入れの行き届いた髪や肌、磨きこまれたスタイルは同性でもほれぼれするほどだ。


「呼んだ理由はわかってるよね?」

 最初に口を開いたのは、3年の沢井さん。去年の文化祭のミスコンで優勝したという美人さんだ。確か親衛隊の隊長をやっているとかいないとか。

「ええと…」

 ここでバカ正直に答えていいものか。すっとぼけるべきか。

 悩んでいると、周りにいた子が騒ぎ出す。

「ちょっと優しくしてあげればいい気になって!」

「王子があんたなんか気にするわけないじゃない!」

「ちょろちょろ目障りなのよ!」

 スピッツか何かのように一斉にキャンキャン吠え出す美女軍団。

 ブスだとか、ちんちくりんだとか、デブだとか小学生並みの悪口も飛び出すが、特に何とも思わない。

 ゲームの中の親衛隊はもっとボディに響く嫌味をかましてくれたものだ。こんなのはヘでもない。

 でもな、いつまでもこうしているわけにもいかないし。どうやって帰してもらおう。

 夕方から見たいドラマの再放送があるんだけど。


 そのとき、ガラリと教室の扉が開けられた。


「こんなところで、何してるの?」

 突然聞こえた声に、私は目を剥いた。親衛隊の皆様もぎょっと息を飲むのがわかった。

 なぜ。一回目の呼び出しからなんでお前が現れる。

「さ…笹村くん…。…ちょっと、下山さんとお話ししてただけよ」

「へぇ。もう終わったなら、俺もちょっと話があるんだけど。下山さんは先に帰ったら?」

 沢井さんのことばに、笹村くんはいつもの笑顔を浮かべる。寒い。ブリザードが吹き荒れている気がする。

 もうこれがイベントだろうが、なんでもいい。こんな極寒地帯にこれ以上いられるものか。

「あー…じゃあ。失礼します」


 私は一目散に逃げ帰った。

 もう嫌だ。笹村くんの呪いがかかってる気がする。

 自室の机の中から、情報整理のためのノートを引っ張り出した。

 これから笹村くんとの間で起こりそうなイベントは、文化祭準備期間の買い出しイベントと文化祭前日の体育倉庫閉じ込められイベントだ。

 どちらも起こる日時が限定的なので、なんとか回避できそうではないか。


 イベントをすべて済ませてしまえば、笹村くんから「文化祭を一緒にまわらないか」と誘われる。そのまま後夜祭で告白され、OKすれば晴れて恋人同士に!

 …いやいやいや、よく考えてもみてくれ。

 私も笹村くんもまだ一年なのだ。今ここで恋人同士になったりしたら、今後親衛隊の皆様に睨まれたまま残りの高校生活を送らなければならなくなる。まさにバッドエンドまっしぐら。


 幸い、文化祭の誘いも告白も、断るという選択肢はあったはずだ。

 どうしても、どうしてもイベントが避けられなかったら、断ればいい。

 でも、それが親衛隊にもしバレたら…?

 いーーーやーーー!

 やっぱり全力でイベントは避けよう。それしかない。



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