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第一話

一度書いてみたかった乙女ゲーム転生ものです。

 文化祭の準備期間は、どこかしこも浮き足立っている。

 自分のクラスの出展準備に走る者、部活動での発表や展示に勤しむ者、はてはミスコンなんてものに賭けて自分磨きに余念のない者。


 最終下校時間は通常時期だと19時だが、文化祭準備期間だけは申請すれば21時まで校内に残ることができる。

 特別感に、どちらさんも盛り上がっちゃってるわけだ。


 この時期にくっつくカップルも非常に多いらしい。

 準備中に仲良くなり、恥じらいつつ文化祭を見て回り、後夜祭で告白というのが王道だ。


 ちなみに私が所属する1年E組はインド喫茶をやることになっている。

 女子はサリー、男子はクルターパジャマを身につけて、チャイやラッシー、本格カレーを提供する。レシピ作りには近所のインドカレーのお店に協力してもらっているので、味はお墨付きだ。残念ながらナンを焼く窯は無理だったので、ナン風のパンだけど。


 明日、いよいよ文化祭本番ということで、女子はサリーの着付け方を最終確認し、カレーの下拵えを済ませた。男子は入口に建てられたインドの寺院風の門の最終飾り付け。


 21時の15分前にジュースで乾杯をして、いざ解散となったはずなのだが。




 なんで、こうなった。




「あのー…。笹村くん?これは一体…」

 どくどくと心臓が音を立てて、今にも口から何か飛び出しそうだ。

 私の背中には冷たいコンクリート壁。

 顔の真横左右には学生服に包まれた笹村くんの両腕。

 …これは、もしかして、もしかしてだけど。

 壁ドンってやつじゃなかろーか。


 11月も半ばを過ぎた学校の廊下は冷える。にも関わらず、先程から私は汗が止まらない。脂汗か冷や汗かわからんが、背中をダラダラと汗が降りていく。


「…俺が何を言いたいか、わからないのかな?」

「ヒッ」

 アイドル歌手を実はやってるんだ、と言われても不思議でないほど整った顔を不気味に歪め、笹村くんが微笑んだ。

 冷たい冷たい風が笹村くんから吹いてくる。


「なっ…、何のこと…」

 鋭すぎる眼差しから逃れようと顔を背けるが、笹村くんはそれを許さなかった。

 顎をガッと掴まれ、無理やり前を向かされる。

「い…だだだ!!」

 あごっ!顎が砕ける!!


「とぼけても無駄だよ。下山さんが4月から何をしてきたか、俺は全部知ってる」

「…!」

 人間、本当に驚くと声もでないというのは本当らしい。

 喉に何かが詰まったかのように、口を開け閉めすることしかできない。


 笹村くんは、私の様子を見て艶然と微笑んだ。顎から静かに手が外される。


「今日はもう時間がないからね。明日ゆっくり聞かせてもらうよ」

 否定のことばを口にしようと息を吸った瞬間、肩をぐっと引き寄せられる。


「…逃げたらただじゃおかない」


 耳元で囁かれたことばに、今度こそ私は腰を抜かしてしまった。





 ことの発端は、私がこの緑ヶ丘第一高校に入学したことだったと思う。

 自宅で真新しい制服に身を包んで、姿見の前に立った瞬間、思い出してしまったのだ。


 ここが、前世でやっていた乙女ゲーム『君と奏でる愛の歌』の世界だということに。


 こんなことを誰かに話せば、確実に正気を疑われることだろう。

 私だって誰かにそんな相談をされれば、ぬるい笑みで病院行きを促すだろう。


 だが、これは紛れもない事実だ。

 私の名前はゲームで使われていた主人公の名前――下山歌南(しもやま かなん)――だし、私の部屋もゲームに出てきた背景そのまんまだ。

 前世の名前も、職業も思い出せないのに。ハマっていたゲームの中身だけしっかり思い出せるって。なんて残念な私…!


 姿見の前でガックリと膝をついた私を、母が発見するまで一時間ほどあったのだろう。

「ちょっと!貧血?!」

「……ううん、大丈夫…」

 力なく母に笑って、何とか立ち上がる。


 ここまで来たら仕方ない。腹をくくるしかないだろう。

 緑ヶ丘第一高校はこのあたりでは随一の進学校だし、入学するために血を吐くほどに勉強したのだ。

 今さら他の高校に入り直すことも、中卒で働くことも勘弁だ。


 幸い、ゲームの内容はかなりしっかり覚えている。キャラの攻略に必要なパラメーターも、イベントが起こる条件も、ばっちりだ。



 ならば、私ができることはただ一つ。

 すべてのイベントを全力で回避することだ。




 『君と奏でる愛の歌』は高校に入学したところからゲームが始まる。

 カリスマ性にあふれる生徒会長、日英ハーフのピアニストの先輩、同じクラスの学園アイドル、陸上部のエース、購買部のお兄さんの5人が攻略対象だ。

 どいつももちろんイケメン。しかしどれも曲者だ。


 生徒会長は表面いつも柔和なお坊ちゃまなくせに、その実は腹黒鬼畜メガネ。

 ピアニストは自分以外は野菜にしか見えていない電波系。小人も見えるらしい。

 学園アイドルは中身は割と普通だが、親衛隊がマジで怖い。犯罪レベル。

 陸上部は自分の身体を痛めつけるのが三度の飯より好きなドM。毎日極限までハアハアして脳内物質を生成中。

 購買部は35歳なので女子高生を対象にしちゃうあたり立派なロリコンだ。しかもアルバイトなところが、ドン引きだ。


 どれも、ゲームの中だから萌えるし攻略もする。だが、これが現実だったらどうだ。

 どれも、本気で勘弁。


 朝から丁寧にブローしたセミロングの髪を左耳の後ろでざっくり一つにまとめる。

 机の中から発掘した度なしのメガネをかけ、3つ折り曲げていたスカートを1つ伸ばす。

 さくらんぼの香りのグロスも封印。色なしのリップクリームを付け直した。


「…こんなもんでいいか」

 あまりやりすぎると、地味すぎて浮いてしまう。

 周囲に埋没できる、適度な地味さ。我ながら完璧。


 まだ心配している母を振り切り、高校への道を急いだ。

 今日は早く起きて本当によかった。

 ぎりぎりだったら作戦も立てられなかったし、マイナーチェンジもできなかっただろう。

 しかも!この時間なら早起きして学園アイドルと出会ってしまうイベントも起こらない。

 万歳。早起きした私えらい。




 紅白のリボンと花で飾りつけられた門をくぐると、すぐにクラス分けの掲示板が目に入った。

 見なくてもわかる。私は1年E組だ。

 ずらりと並んだ名前の中から、すぐに私の名前を見つけ、そのすぐ上に学園アイドルの名前も見つけてしまった。


 うわぁ…まじであるよ。

 ちょっとだけ、ほんのちょっとだけ、自分が春の陽気にやられちゃったのかもと期待を持ってたけど。

 これは違うよねぇ…。


「ねえねえ、あなたもE組?」

 あまりにもまじまじとE組の部分を見ていたためか、声をかけられた。

 振り返ると、なかなかかわいらしい女の子が立っていた。

 肌は抜けるように白く、大きな目はちょっとたれ目。唇はぽってりと厚いが決して下品ではない。


「えっと…そうだけど?」

「あー、ごめんね。私、井上音羽いのうえ おとは!同じクラスだよ!」


 きゃるん、と効果音がしそうなしぐさで井上さんは小首を傾げた。小花が散るエフェクトまで見えそうなほどだ。

 その瞬間、私は雷に打たれたような衝撃を受けた。


 これだ、これしかない。

 ヒロインは決まりだよ。

 You!君しかいないよ!



「あのっ!私と友達になってください!!!」

 白魚のような手をがっしと握りしめて叫んだ私に一瞬きょとんとしたあと、いいよぉと井上さんは微笑んでくれた。






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