魔王再臨 その6(2014年12月8日)
黒い雨は再び、広大に広がる空を覆い隠した。
それを目の前にする兵士はどのような気持ちになるのだろうか。自分が装備する鎧あるいは盾でその黒い雨を凌げる自信はあるのだろうか。普通の者ならその時点で死を覚悟するだろう。誰もがそうだ。この戦場でいつ死ぬか分からない。それが戦いなのだ。兵士たち一人ひとりは自分の故郷を離れ、闘う為に出陣する時、既に死を覚悟している。
しかし、いざって時に勇気が出せない。それが人間の本質。栄えある騎士の中にすら、死を惜しむ者もいる。そういう者は常に城の中へ籠り、高みの見物である。だが、彼女だけは違った。なぜなら彼女は騎士ではないから。死というものすら、とうの昔に忘れた。
目の色は黒く濁り、光を失っている。でも、ミネルヴァの眼球には黒い矢をしっかりと捕らえている。自身が持つ、瞬発力を活かし、私は思ったよりも簡単に黒い雨の中をすり抜ける事ができた。
真っ直ぐ向かってくる矢は剣で弾き、それでも残った矢は軽々と避け、ぎりぎりのところを通り過ぎる。ミネルヴァが走る跡には矢の残骸しか残らない。
「全部避けただと?!何百の矢を放ったのだぞ!?」
と弓矢隊の指揮官はその健在なミネルヴァを凝視した。それと同時にその姿を見ていた兵士達がどよめき始める。
「まだ生きているぞ……噂は本当なんだ……悪魔だ……」
「極東の魔王が、こっちに来る……」
「殺される……殺される……」
何人かの兵士が極寒の大陸に居るかのように芯の底から震えだしていた。それに腹が立った弓矢隊の指揮官は発狂する。
「えぇ!!黙れ。黙れ!黙らんか!それでも、我らがドラゴニス国王陛下の兵士か?!たった一人に恐れるれるでないわ!」
「た、隊長?!もう直ぐそこまで、来ています!魔王が」
「奴を討ち取れ!!奴を殺せ!!奴の心臓を射よ!!!魔王とて、心臓を射抜けば死ぬのだ!!」
指揮官に急かされた弓兵らはここに矢を彼女に向けて射始めた。射られた矢は笑いが起きるほど滑稽な有様で、威力は全く無かった。彼女は弓矢隊の目の前まで迫った。それに、肝が冷えた指揮官は顔を青白くし、彼女と目が合った瞬間、金縛りにあったかのように、固まっていた。
「はぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」
とミネルヴァは隙間無く整列された正規軍相手に単騎駆けをしようとしていた。途中、邪魔をしてきた、敵兵を走りながら、斬り伏せる。彼女にとって、走りながら敵を倒す事など容易な事だ。
ミネルヴァはドラゴマ軍の歩兵から槍を奪いそれを見据えた方向へ投げ飛ばす。
その目的は馬上にいる弓矢隊の指揮官だった。槍は見事に指揮官の胴体へ命中した。弓矢隊の指揮官は飛んできた槍に串刺しにされ、後ろにいた味方の列の中へ、落ちていった。
そこからドラゴマ兵らの悲鳴が上がり無様な姿をさらけだした。屈強な戦士たちはまるで、子供のように泣き叫び、走り廻ったのだ。それが正規軍なら貴族らの間での笑い話になるだろう。逃げる先々にミネルヴァの姿があり、彼女の近くに居る者から、順番に切り刻まれていった。
目の前で殺されたドラゴマ兵の顔面に仲間の血が飛び散る。その生暖かい赤い液体は恐怖をさらに増す事になった。彼らは自らの武器を棄てミネルヴァの前でひざまづき、許しを乞う。
「た、た、助けてくれ。俺は捕虜だ。騎士道があるのであれば……」
その言葉に過剰に反応したミネルヴァはその者の方へ歩み寄る。許しを乞う兵士を左手で首元を掴み上げた。大の大人を弱そうな少女が軽々と持ち上げている。
「がっあっ……た、たすけぇてっぇ」
「助ける?笑わせないで下さい。私の帰る道を奪い、そして、今度は私を故郷から遠ざけた。貴方たちが、スールの港を奪わなければ、私は今頃、ご主人様に会えたのに……」
怒りが込上げて来たのか、ミネルヴァは徐々に左手へ力が入り始めた。持ち上げられたドラゴマ兵は足をじたばたさせて拘束から逃れようと抵抗したが時期にそれが無くなり、ぐったりとした。おぞましい光景に言葉を失うドラゴマ兵らはもう逃げられないのだと予期したのである。
(―――――私の邪魔をして、今さら、助けて?虫が良すぎる………皆殺す――――)