戦いの準備 その3
ロレンヌに対して総攻撃の準備に明け暮れているシェール軍。
集結した軍団は少なからずも、士気は高い。
士気の維持はやはり、健在する女王のお陰といったところだろう。
しかし、数年前の大戦にて、敗北し続けているシェール軍の兵士のほとんどが臨時徴集された若者ばかりで古参は全体の一割に過ぎない。
その為、攻撃準備と共に過度の軍事訓練がラーバスの指示の元、行なわれていたのである。
ラーバスは部隊の展開速度、訓練に対しての錬度などを見るに、顔色を曇らせる。
(これでは……ドラゴマ軍に正面からぶつかれば、総崩れもありうる……か)
だが、彼には希望が残されいていた。
ラーバスの最後のカード。
それは、丘になった所から、下を眺める一人の女将軍だ。
他の部隊よりも、軍を抜いて目立っている部隊が一つあったからだ。
指揮官の有能さと、兵士の熟練度は申し分ない。
まさに精鋭部隊だ。
女王直属の親衛隊よりも優れていると言える存在。
問題があるとするならば、少数の固定観念を持つ将校による差別がその部隊に向けられている。
なぜなら、指揮官がプルクテスの残党だからだ。
一度、国を追われた者に、指揮官になる資格はないと、将校の何人かが言う。
だが、ラーバスは違う。
ラーバスは国や人種など、どうでも良い事。
彼が評価するのは一つ。
有能であること。
それさえあれば、問題はなかった。
シェール軍第三兵団の軍団長に斡旋したのも、何を隠そう、このラーバスだった。
(それにしても、キリッと動くのう……部隊の展開速度も良い。信頼しておるのだな。指揮官を……)
その背後から、伝令兵が大切そうに布で包んだ書状を持ち込んでくる。
「閣下!!お忙しい所を失礼します!女王陛下より書状をお預かり致しました」
「おぉそうか。よく戻ってくれたのう。その机に置いといてくれ」
「はっ!」と指示した机にそっと書状を置いた。
「もう。下がっていいぞ」
「失礼します!」と一礼し、その伝令兵は下がっていく。
(さて、どのような内容かのう……)
ラーバスは、その女王から送られた書状を開き、椅子にもたれながら、それに目を通した。
内容
偉大なるラーバス将軍閣下へ
話は兵より聞きました。正直、驚いております。
あのロレンヌに攻撃を仕掛けるとは……
以前に、グンバルド大平原にて、我らの決戦は大敗に終わりました。
圧倒的、兵力の差に押され、首都は陥落し、国を失ったのです。
あの雪辱と、憎しみは今でも、忘れません。
しかし、もう……私は戦いを望んではおりません。
なぜなら、罪も無い我が民が、戦いに巻き込まれ、死んでいるからです。
ですが、貴方は私の話など聞く事は無いでしょうね。
分かっています。
もし、この戦いに敗れましたら、私は、自ら、ドラゴマへ降ります。
そして、全てのシェール人に終戦を宣言し、この戦争を終わらせたいと思います。
どうか、私の勝手をご理解を頂きたい……
「…女王陛下も心を痛めておる……だがわしは負けられんのです……」
偶然、ラーバスに用事があった部下が、その光景を見かける。
「……閣下?泣かれておられるのですか」
「なぁに……昔の事を思い出しただけの事じゃあ」
「ご子息様の事ですか……?」
「ふっ。不出来な子だったよ。あやつは」
「いえ。そんな事はありません!タイレン様は勇猛果敢に敵陣に突撃し、最後、力尽きるまで、戦い続け壮烈な戦死を成し遂げました。自分はそのお陰で、ハニア撤退戦で生還が出来たのであります」
※ハニアの戦いでは精鋭部隊であるシェール騎士団が壊滅した。
部下の美化のような賛称する発言に、ラーバスな苦笑いし、重いしわだらけのまぶたを深く閉じた。
そして、部下にこんな言葉を言った。
「タイレンはあと少しで、わしの後任となるはずじゃった。だが、死んでしもうた」
「……こんな老いぼれには将来はない。この命、持って数年。わしが居なくなった後、この国を護る為の指揮官たる器を見つけなければならない……」
「…マウー将軍ならば、よろしいのでは?彼は戦闘経験もありますし、なりより、公爵です。説得力はあると思いますがー」
「あの腰抜けには指揮は務まらぬよ。ハニアの戦いで一目散に尻尾を巻いて、山城に逃げ込んだのは誰ぞ?」
「しかし今、存命して居られる有力な方は、マウー将軍以外には……見当たりません」
「………実はのう。わしは既に見つけておるのだよ。名だたる将軍を従え、それを指揮する者を……」
「それは……誰ですありますか?」
「それはのう……ホッホッホッ。後にわかることじゃあ」と、ルベアの兵団へ、視線を送ったのである。