太古の狼 その4 (2014年12月19日修正)
太陽は昇った。青々と広がる草原は朝露に覆われる。その朝露は人のはかなさをかたっているようにも思える。多くの人々がここで死んだ。それにも関わらず鳥たちの歌声が何処からか聞えてくる。まるで、昨日の戦いが嘘のように―――――
シェール軍の指揮官専用幕舎からルベアが出てきた。跳ねた髪の毛を気にする素振りも無く、朝の光を浴び、のびのびと体を伸ばす。まだ眠たかったのか目を何度か擦った。そんな彼女に誰かが後ろから話しかけてきた。
「おい」
怒気が混じっていたがそれに振り返ったルベアはなぜか落胆の表情をし肩をすくめる。
「あぁなんだお前かよ…朝一にその腐れた顔を見るとは、辛いな」
ルベアの目の前には一人の成年が腕組みをして苛立っている。どうやら、彼女が起きるのをずっと待っていたようだ。彼の目は吊り上がり、身長は彼女より低い。茶色と黒色が混じったショートヘアのこの男の名はイェルグ。シェール騎士団団長を務め、一から十二の騎士団を束ねる人物である。しかし、現在、騎士団自体は組織として機能していない。ドラゴマ軍との幾度かの防衛戦で騎士団はほぼ全滅していたのである。ドラゴマの兵器である新型の弩は数度の改良がなされており、従来より威力が増し飛距離も長かった。それにより痛恨の被害を与えられたシェール軍は各地域で敗走の連続を続けている。そもそも騎士団が全滅した原因は他にある。
シェールの騎士団創設の歴史は古く、伝統を重んじる傾向があり、突撃戦術で敵を蹴散らすのが当たり前。それに基づいて前シェール騎士団団長ジャルバ・フェールは弩で陣形を固めるドラゴマに真正面から突撃し緒戦で戦死するという事態を引き起こす。その後、副団長だったイェルグが咄嗟の判断で指揮を執ったが―――――――半数がハリネズミのようになってしまった。
「―――ふん。悪かったな酒女。それより昨日の戦いは良い負け戦だったじゃないか」
ニヤリと笑うイェルグは顔立ちは良いのだが性格に少々難がある。
「何を言っているの?今日だって私の軍は勝ったじゃないか。現に私は生きている」
「ほぉ?それはあの女のお陰だろ?あいつが居なければ、お前は大敗だった」
「言ってくれるじゃないか。そう言うイェルグこそ、パーチラスの戦いでは見事な撤退ぶりだったそうじゃないか」
パーチラスの戦いとは騎士団が全滅のきっかけになった戦いのこと。
「それは違う。あれは戦略的撤退だ。あの街にはもう住民が居なかった。つまり守備する価値がないと思ったからだ。ただそれだけだ」
「大層なことで。まぁいいわ。それより、何しにここへ来たのよ?もしかして暇なのかな?」
そのルベアの言葉に眉間をピクリと動かした。
「ちっ。ここに来たのはラーバス将軍の命令だ」
「あぁ。あのジジイか。まだ生きてたんだ。で、どんな命令?」
「良いか。一度しか言わんぞ―――――我々は一週間後、大規模な軍事作戦を決行する。その為、一人でも多くの兵力が必要となる。当然、お前の力も必要となる――――」
ルベアが腕組をしてイェルグが伝えた言葉に面倒臭い顔をする。イェルグはルベアの顔を一瞥したあと小さく不満を吐く。
「ん?今、最後聞き取れなかったぞ。なんて言ったのかなぁ?」
「何でもないッ!とりあえず、ここから北にあるレソブン城塞に行け。じゃあな」
「レソブンの城塞?あのカビ臭い街にか」
「そうだ。集結日に遅れたら許さんからな。詳細は指令書に残しておく」
そう言い残すとイェルグは颯爽と馬に跨る。そのまま鼻を鳴らして馬を走らせるとその後を近くで待機していた部下の数人が追いかける。彼の部下らが持つ軍旗が風になびいていた。そんな光景をルベアはむっとして見送る。ため息を吐いたあと近くにいたラッパ兵にルベアが指示を出した。
「私の私兵部隊をたたき起こせ」
「あ、え、は、はいッ!!」
起床ラッパが幕営地に鳴り響く。その音にはっと目を覚まし飛び起きる者もいれば、なんだと寝ぼけている者もいた。
「起床ぉおおおお総員起床せよ――――――ッ!!!」
各隊の隊長が建てられた幕舎を走り回るのであった。