魔王再臨 その7
ドラゴニスは精鋭揃いの正規軍を戦力として投入したかったがそうもいかなかった。ドラゴマ国は現在、戦域を拡げすぎた事により各方面軍に兵力不足が出始めていたからである。物資も滞っている。それだけならまだ略奪をしながら戦線を維持することも出来るのだが。冷血と豪傑の獅子王と呼ばれたドラゴニスでも不安があった。
それはドラゴマの都市であるブルジアンの防衛指揮及び留守を預けている息子ドラジェスがなによりも頼りないからだ。後ろを気にしながらの戦いは彼にとって重荷になっている。ドラジェスは頭の回転が悪く優しすぎる。いつも侍女や使用人などの後ろに隠れの王妃のハリーシャの話しか聞かない。頼りないにもほどがあると言ったところだ。
しかしドラゴニスにはそんな事に頭を悩ます暇も無い状況である。なぜなら、ドラゴマ国は複数の国に囲まれている為、いつ他国に攻め込まれてもおかしくないからである。
そんな中で今回の戦いで勝敗を決めシェールの都市を陥落させたかったのだがドラゴニスの野望はシェール軍の総力戦と一人の黒髪の少女により打ち砕かれた。だがドラゴニスは諦めない。後ろの地盤固めが出来次第、本格的な戦力を投入するつもりだ。
ドラゴニスは珍しく自分の負けを潔く認め手綱を引いた。こうしてシェール軍とドラゴマ軍で繰り広げられたハニアの戦いは終わったのである。一時の休息にシェールの人々はこわばった顔を緩める事が出来た。
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長い一日は終わった。太陽が山の頂上へ沈み、暗闇に深ける戦場には死者たちが横たわる。それを弔ってやる司祭が忙しそうに祈りを捧げた。そうしなければ、死者は悪霊となり夜をさまよう事となり人々に災いをもたらすのだと信じられているからである。
「―――――勇ましく、勇敢に闘った戦士たちに、安らぎを与えたまえ。彼らの御霊は正しき道に逝けるように我らはここに祈らん……」
そんな司祭たちの後姿を四人の者たちが視線を送っていた。
「ミネル?今日は危なかったよな。まぁ暴れてくれれば、私はそれで良いのだが……」
ルベアはすこし苦笑いで黒髪の少女に話しかけた。彼女はなにも応えず、むっとした顔をした。彼女が口を開く前にその隣にいた分厚い鎧で身を包む顎鬚の男が上機嫌で喜んだ。
「我輩はこの大勝利を酒で祝うべきだと思うである。ようやく勝った。ルベア様も今宵は飲み明かしましょうぞ」
「あぁそれもそうだな」
「ガハハハハハハ!!!さっどうぞ」
陶器にこぼれそうなほどに葡萄酒を注ぐドンタールを見た口髭の男は困り顔で、ルベアに酒を飲むことに忠告した。
「あの…ルベア様……酒は程ほどにお願いします」
「うるせぇ。ハゲ」
「あっ!!いまこの忠臣であるアドル・マサムネをハゲ扱いにしましたな!!貴方様にどれだけ付き従えて―――」
「うるせぇーハゲ、バカ、アホ」
イジメる上司をドンタールは哀れみの目をアドルに送りつつ、ミネルヴァにも酒を勧めた。
「どうであるかミネル殿、我輩らと共に飲みませぬか?」
ドンタールがミネルヴァに陶器に入った葡萄酒を差し出す。それに彼女は陶器を見据えると無表情で首を横に振った。
「……私は遠慮します」
武具に付いた土埃を払いミネルヴァがどこかに立ち去ろうとしたので、どこにいくのかドンタールが尋ねる。
「ミネル殿どちらへ?」
呼び止めたがミネルヴァは一度、振り返るだけで、何も言わず会釈するだけでそのままどこかへ歩き去った。
ミネルヴァはシェール軍の幕営地からすこし離れた場所で傷一つない剣を砥石台で研ぎ始めた。刃こぼれしていない剣を研ぎ始める彼女の姿には近くを通りかかる兵士らには不思議に思えた。彼女にはそれだけ大切にする理由がある。その剣は大切な主人の形見とも言えるレギナスの剣であり、ヨハンネとの思い出を形で表せる唯一の品である。
研ぎ終えたミネルヴァは疲れが溜まっていたのか近くにあった木にもたれ掛かると三角座りで膝に顔を付けて眠り始めた。レギナスの剣はミネルヴァの腕により大事に抱え込まれていた。
深い闇の中ミネルヴァに何者が夢の中で話しかける。それはまるで悪魔のように近づき囁き始めたのである。