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MY 9090 OF NOSTALGIA

作者: keisei1

「冥王星行き銀河超特急、15分の発車時刻の遅れをお知らせします」

 朝方の霧が立ち込める駅にアナウンスが鳴り響く。

 細面の顔立ちの20代後半の青年、安岡はこのアナウンスを聴いて特急に乗り込んだ。

 彼が探している人物はただ一人、先の国連事務総長である久我建夫だ。彼は元は久我の部下だった。

 彼は客車内を足早に歩いて回り、久我を探す。彼の手にはアタッシュケースが握られている。

 彼は久我とのやり取りを回想していた。それは、事務総長室で久我と交わした短い会話だった。

 久我はその時言った。

「地球の人口は増え続けるばかりだ。もう地球は人類を支えきれない。誰かが犠牲にならなければならないんだよ」

 彼は続ける。

「そして『選ばれた人間』だけが地球と離別するんだ」

 安岡は静かな面持ちで彼に訊いた。

「それで、恐慌の只中にある地球を見捨てるのですか」

 彼は回転椅子に腰かけ、顔を拭う。そして言う。

「振り返れば後悔ばかりが残る。地球の歴史とは汚辱と屈辱の歴史だ。だからこそ誰かがそれを断ち切らなければばならない」

 彼は持論を口にする。

「人生もそういうものだ。誰かが幕を引かなければならないんだよ」

 安岡は感情を押し殺して、もう一度彼に意見する。

「『選ばれた人間』だけが地球を離れる。私はそんな考えには反対です」

 彼は満足げに安岡の頬を撫でると言う。

「君はもとからヒューマンな男だった。正義感が強く、不義を憎む。そういう男だ」

 彼は笑みを浮かべる

「だがもうさけられない。事態は動き出してるんだよ。人は時として非情にならなければならない」

 その言葉を耳にした安岡は彼と別れることを決意した。安岡は口にする。

「あなたに仕えた10年間、私は本当に幸せでした」

 彼は冷淡な表情で安岡を見ている。安岡は続ける

「私は人類に貢献出来たと思う。それもあなたのお蔭です」

 そして安岡は噛みしめるように言う。

「だが、それも終わりだ。私はあなたと今日を限りに袂を分かつ」

 その言葉を聴いても彼は動揺しなかった。

「あなたには恩を感じている。だからこそ残念だ!」

 彼は物静かな笑みを浮かべ、この純粋な青年、安岡の顔を撫でて言う。

「君一人の力ではどうにもならない。どうにもならないんだよ。それは私の力とて、同様だ」

 その時、部屋の扉をノックする音が響いた。扉の外からは女性の声が響いてくる。

「お父さん、会見の時間が近づいてるわよ。早く準備して。草稿は整っているわ」

 その女性は久我の22になる娘であり、彼の秘書も務める里香だった。

 彼は彼女の言葉に応えて会見の準備を始める。そしてそれとすれ違うように安岡は身支度をして、部屋を後にした。

 扉を開いた時、安岡は里香とすれ違った。

「里香さん、これまでお世話になりました。今、私は総長に辞意をお伝えました」

 彼女は突然の出来事に驚き、彼の気持ちを訊いた。

「辞める? 安岡さんどうして? 待遇? 政策的なすれ違い?」

 彼は俯いたまま、口を閉ざして彼女の言葉を聴かなかった。

 そして一度、礼をすると、振り返らずにその場を立ち去った。彼女は立ち尽くすしかなかった。

 その会話から半年後の8月、恐慌はさらに悪化した。紙幣は紙切れ同然となり、株や証券もただの紙屑になった。

 食料、資源の供給もほぼ閉ざされてしまった。その最中に地球を離れて新世界へ向かう一団がいた。

 「富裕層」である。彼らは次々と地球から離れ、新しい星へと植民を始めていた。「貧困層」を置き去りにしたままに。

 安岡はその光景を冷たく見つめていた。彼の視線の先にあるのは、「恐慌を放置した男」久我一人だったのだ。

 そこで安岡の回想は終わった。特急から蒸気が吐き出される。彼はゆったりとした足取りで、貴賓席の一つ。久我と、里香の座る席にたどり着いた。

 久我は覚悟していたかのようだった。静かに自分の運命を受け入れる。そんな物腰さえ見せていた。彼は言う。

「安岡……。安岡。久し振りだな。もう半年は経つだろうか。君が私のもとを離れて。長く、そして短い時間だった」

 安岡は冷たく彼に言う。

「全て、あなたのイメージ通りになりましたね」

 彼は諦めたように笑って言う。

「ああ、その通り。君がここまで私を追ってきたのを除けばだ」

 安岡は自分の勝利を確信していた。安岡は言う。

「チャンスはあなたが地球を離れるこの瞬間だけだった」

 彼は笑う。

「君は細心の注意を払う男だ。君の読みは全て当たった。賞賛に値する」

 そして彼は口元を拭ってこう言う。

「ところで私をここでどうする?私を裁いても、病めるもの、貧しきものに救いは訪れない」

 安岡は即答する。

「それでもあなたは報いを受けなければならない」

 彼は落ち着いていた。そして隣に座る娘の里香に視線をやった。彼は言う。

「『報い』か。『報い』。それも悪くない。君の手でこの物語に幕を降ろすといい」

 彼がそう言い終えた瞬間、安岡はアタッシュケースから銃と資料を取り出した。そして資料を下敷きにし、彼、目がけて弾丸を撃ち込んだ。

 資料は、安岡と久我が築いた国連での業績について書かれたものだった。

「これが私とあなたの思い出だ。思い出と共に二人の栄光も消える」

 彼は口から血を吐き、満足げに命を落した。

 そして時同じくしてアナウンスが鳴り響く。

「メンテナンスが終了しました。座席をお離れの方は座席にお戻りになり出発に……」

 安岡は久我の死体を一瞥すると里香を見た。彼女は虚ろな瞳で一点を見つめている。安岡は呟く。

「可哀そうに。投薬されてるんだね」

 彼はそっと彼女の手に触れると伝える。

「あなたには罪はない。あなたを見逃す私のわがままが許されるように」

 そして彼は特急から降りた。特急は冥王星へ向けて発車する。彼は口にする。

「私は地球を立て直すつもりだ。それが私の罪滅ぼしになるのだから」

 特急は夜空へ向けて走り出す。その姿を目に焼き付けて彼は呟く。

「里香さん。お慕いしていました」

 特急は彼の視界から消えると星空の彼方へと走り抜けていく。彼はこう言葉を添えてその姿を見届けた。

「さぁ私に出来る仕事を探そうか」

 そして安岡の新しい仕事が始まった。恐慌の傷痕を拭うための仕事が。

 やがて世界経済は彼の働きもあり日に日に回復の兆しを見せていった。「救済」の先頭に立った彼の首には里香の写真を入れたペンダントが掛けられていたという。

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