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 メロンパンを昨日買った駅前のコンビニに行き、おにぎりとプリンを買った。

 たらこのおにぎり。

 選んだんじゃなく、なんでもよくて適当に手に取ったのがそれだった。

 たらこおにぎりは嫌いじゃないけど、好きでもない。 

 どうせなら明太子が良かったなんてことを考えながら、自動ドアの真正面に見えるホームを眺めた。

 右手に持った薄い求人誌が妙に重く感じたのは、ここ数日まともに食事をとってなかったからだと思うことにした。


「……仕事どうしようかなぁ」


 改札口が一箇所しかない小さな駅。

 単線で2両しかない電車は、コトンコトンとのんびり走る。

 この速さならがんばれば自転車でも抜けるんじゃないかって思うほど、走り出して数分は遅い。

 

 ここの駅の北口にはちょっとさびれた商店街があり、お豆腐屋さんやお肉屋さん等が数件並んでいる。

 お肉屋さんの隣にはお惣菜屋さん。

 お惣菜屋さんの隣にはお豆腐屋さん、そして八百屋さんに魚屋さん……。

 こういうのを昭和チックって言うのだろうか?

 馴染みが無いのに懐かしいこの感じ。

 テレビや映画で見るから?

 まぁ、とにかく良い感じにさびれてる……味があるって言うべきなのかな。


「あ。あそこ、揚げたて売ってるのかな?」


 お肉屋さんから漂ってくる油のにおいにひかれ、来た道を数メートル戻ってしまった。

 あいつは部屋が臭くなるからと言って、揚げ物を作ることを許さなかった。

 部屋が臭くなる?

 へビースモーカーがなに言ってんのって……私が家賃全額払ってるのにって思った。


 でも、でも。

 言えなかった。

 言いたいこと、たくさんあったのに。


 違う。

 言えなかったんじゃない。

 言わなかっただけ。

 言いたいことも、伝えたかったことも。


 そして、私は逃げたんだ。

 なんで他の女の人を……私のどこが不満だったの、ダメだったのって聞けなかった。


 嫌われたくなかったんじゃない。

 傷つきたくなかったから、逃げ出しんだした。


「……ヤマダ……山田さんがやってるお店?」


 匂いだけじゃなく、親近感のある店名にもひかれた。

『肉のヤマダ』とプリントされた、日よけ用らしいビニール製ののれんを私はくぐった。


「すみません、コロッケ2個ください」


 お肉屋さんの右隅にある揚げ物コーナーの奥で、こちらに背を向け作業している定員さんに声をかけた。 

 ショーケースに張られた蛍光ピンクの紙に、名物GOGOコロッケ1個55円と書かれていた。

 55円だからGOGO……GOGOだから55円なのかな?

 昭和的語呂合わせのGOGOコロッケを買ってみることにした。

 恥ずかしくてGOGO部分は省略させてもらった。

 本当は1個でよかったんだけど、1個だけじゃ買い難くて2個にしてしまった。


「はいよ、ここで食ってくの? 持ってかえんの?」


 良かった、GOGOをばっさり切っても通じて……えっ?


「ひっ!?」


 振り向いた顔には白いガーゼマスクとサングラス。

 頭には薄いピンクに苺模様のシャワーキャップ。

 白衣は調理系のものではなく、セパレートタイプで……お医者さんや歯医者さんが着ているものだった。


「あ、その反応……ご新規さんか」

 

 マスクを通して聞こえてくるのは、耳を疑うようなバリトンヴォイス。

 それはめったに聞けない、艶のある美声。


「わわ、わたっわたし! コ……コ、コロッケをっ」


 頭の中で目からの情報と耳から情報がぶつかりあって、ぐるぐると絡まりあって混乱してしまった。


「よし、なら1個はおまけだな」


 顔のラインにフィットした大きめのサングラスは黒く、マスクとのダブル効果で全く顔が分からなかった。


「2個で55円でいいよ」


 ガラスのショーケースの向こうから差し出されたコロッケは、小さな紙袋に包まれたの一つと。

 もう1つは陶器小皿にのっていた。

 お醤油に使うサイズの小皿だった。

 楕円のGOGOコロッケは、もちろんお皿からはみ出ている。


「ソース、いる?」


 つまり。

 ここで1個食べろってこと!?

 

「その椅子、使っていいから」


 定番の某犬印のソースの指した先にあったのは、使い込んだ感が丸出しのぺっちゃんこの座布団の置かれた一斗缶だった。

 椅子? 

 こ、これが椅子~!


 だいたいね、さっきから口調も態度もひどいんじゃないの!?

 ここはさすがに、一言文句を言ってもいい場面だよね!


「ちょっと、あなっ……お……お箸、借りていいですか?」


 ダメ、言えない。

 だ……だって、コロッケ1個もらっちゃったし。


「箸?」


 お皿を受け取りながら、そう言った私にマスクマンは首をかしげた。


「初めて言われたな。そんなのねぇって、手で持って食え」


 数種類の揚げ物とコロッケが並ぶショーケース越しに大きな手が伸びて、ポケットティッシュを私に差し出した。


「ほら、食い終わったらこれで指をふけ」


 あら、意外と気が利くんだ。


「あ……ありがとうございま……っ!?」


 そのテッシュは私が辞めたあの店で、お客様に差し上げるため特注で作っているものだった。

 柔らかな肌触りで、花粉症の人には特に喜ばれた。

 

「これからも‘肉のヤマダ’をご贔屓にしてな、美久那ちゃん」

「っ!? ななななんで、そのなまっ!?」


 ショーケースと壁の隙間からぬっと出てきたのは白いガーゼマスクと黒いサングラス、頭部は薄いピンクで苺模様のシャワーキャップ。

 そしてさっきはよく見えてなかった下半身は真っ黒なギャルソンエプロンが……。

 こんな変……印象的なお客、記憶にありませんっ!


「おい、万年ナンバー5の美久那ちゃん。考えてることが顔に出てるぞ。お前、そんなんでよくあの商売できたな……この格好で酒飲みに行くわけないだろう!?」


 “万年ナンバー5の美久那” 

 またまた混乱してコロッケを落としそうになった私に、腰砕けの美声が止めを刺した。


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