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ラディヴィータの伝説と、ソルミラの詩から。  作者: 荒間文寧


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2-3

 飯屋の戸を開くなり「ただいまー!」とセルペは大きな声で挨拶をした。宿泊部屋にはキッチンがない。ギルド自体、せいぜい湯を沸かす程度の簡素なものがあるだけだ。よってセルペは一日三回、ソルミラ唯一の飯屋であるここに通っている。女将さんはセルペの挨拶に突っ込みすら入れず、それどころか「はいお帰り」と返す始末である。別に自分が挨拶回りなんてしなくてもよかったのではないか、とメラは思ったりもする。

「おばちゃん、これ食べられるかなあ」

 魔獣の足と毛皮はそのまま持ってきた。もう十二分に空気が冷たいから、常温で持ち歩いてもすぐに腐ったりはしないだろう。

「ああ、食えるんじゃない? でも堅そうだね。夕餉用のスープにでも入れてみようか」

 二本あるよーとセルペはメラが持っていたほうの足も差し出す。はたして美味いかどうかは不明だが、住人の腹の足しになるならそれが一番である。

 昼には少し早いため、店内にはまだ他の客がいない。奥のテーブルに二人座って、料理を待つ。ちなみにメニューは存在しない。朝昼晩、一日三種類おまかせしかない。赴任当初、初めて訪れたときは大変驚いたが、女将さんに尋ねると「あんたのお母さんは言えば何でも作ってくれたのかい?」と言われたので何も言い返せなかった。メラも料理はあまり得意でも好きでもないので、セルペほどではないが常連である。

「毛皮はどうするの?」と向かいに座ったセルペは手持ち無沙汰に尋ねてくる。

 村人の中に欲しい人がいれば譲るが、いなければ配達所にでも頼んで余所のギルドに渡してもらう。販売所を併設している大都市のギルドで売ってもらうのだ。ソルミラ支部は万年金欠なのでそれもありがたい。まあ送料や手数料、中央ギルドにはねられる分を考えると雀の涙だ。

 その辺を適当に説明していると、早くも女将さんが「はいおまたせ」と料理を持ってきてくれる。メニューを選んでから作る、という過程を省いて事前に全部用意してあるおかげでとにかく提供が早い。

 ライ麦のパンと、白菜と大根のスープ。あとは白身魚を煮付けたものがそれぞれメラとセルペの前へ置かれた。二人揃って真っ先にスープへと口をつける。先ほどまで冷え込む山にいたせいだろう。冷たい体によく染み入った。

「一か月でぐっと寒くなったよね。この村、雪がすごく積もるんでしょう?」

 そうだな、と答えつつメラはパンをちぎる。

「山を越えるのも一苦労になる。慣れてないヤツは下手したら死ぬだろうな。外部冒険者なんて呼べたもんじゃない」

「そうそう。だから冬の間はみんな毎年ビクビクしてたよ」

 これもあげる、なんて言いながら女将さんは小鉢を机に置きつつ、他の客がいなくて暇なのだろう。さらりと会話に加わった。

「こんな若くて強い子が来てくれるなんて、思いもしなかったよ。ほらうちの村じゃあ報酬もしょっぱいでしょう?」

「そうなの?」

「多くはないなあ。正直に言えば、もっと大きな街ならお前はもっといい案件にいくらでもありつける」

 セルペの返事は「ふうん」とさほど興味もなさそうであった。

「魔獣は多いし仕事はないしで若い子もみーんな出て行っちゃってねえ。学校もないから子育てだって難しいでしょ。戻って来てもくれないのよ」

 だからこんな若い子が来てくれてみんな嬉しいんだから、と女将さんは続ける。

「それにほら、最近は魔獣の様子がおかしい、ってみんな言うから。増えてるんでしょ凶暴化。まあ、あなたたち二人がいれば今冬は大丈夫だね」

「メラさんも?」

「当然。前のギルド長なんてひどかったんだから」

 仕事なんて碌にしなかったよ金がない金がないって言ってさあ。とそこからは女将さんによる怒濤の前ギルド長の悪口大会である。

 とはいえメラ自身も左遷されて来た身なので、特別優れた人材を自称することはとてもじゃないができないのだが、それにしてもこの五年と少しで前ギルド長の悪口は耳にたこができるほど聞かされている。まあ酷かったのだろう、と会ったこともない前任を勝手に評価していた。

 そしてセルペは前任の酷評に興味がないらしい。女将さんの隙をついて、でもさあ、と元の話題に戻そうとしていた。

「なんでここって凶暴化増えてるの? 王都じゃむしろ魔獣との共生、とか言ってたけど」

「あの辺の魔獣は大人しいだろ」

「うーん。そうなの?」

「王都は凶暴化の観測件数も年々減ってる」

 だからそんな馬鹿馬鹿しいことが言えるんだよ、と続けたところでメラはしまったと口を噤んだ。しかし二人は引っかからなかったらしい。そうなんだ、と二人揃ってのんきな口ぶりであった。この話はあまり続けるべきではないだろう、と判断したメラは「そういえば」と話題を変えた。

「いい加減こいつの家を探さなきゃいけないんですけど、どこかにいい感じの空き家はないですかね」

「したら近所に一個あるよ。ロントラさん家の息子夫婦が住んでたやつ。ほら子どもができて出て行っちゃったでしょ? 学校と稼ぎがうんぬんって言って」

 でしょ? と言われてもメラが来たころにはもういなかったのでさっぱり把握していないのだが、あの人が管理しているなら話は早そうだな、と詳細を尋ねる。聞けばああ、あの家か、とすぐに分かった。大きさも手頃でぴったりなのではないだろうか。

 しかしセルペはピンと来なかったらしい。「どこ?」と聞いてくるので場所を教えてやるとぱっと顔を綻ばせた。

「ギルドにもこの店にも近いじゃん」

 俺そこがいいなあ、と呟くので、食い終わったら行ってこい、とメラは背を押してやった。

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