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ラディヴィータの伝説と、ソルミラの詩から。  作者: 荒間文寧


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2-2

 山道を少し登って東側、とは聞いていたが、さてどこまで単身で近づいていいものか。

 借り物の剣こそぶら下げているが、腕にはさっぱり自信がない。十代のころに簡単な護身術程度の授業は受けさせられたが、自身の貧弱さを思い知らされるばかりだった。実際に魔獣と戦った経験はないに等しい。むしろ凶暴化した姿に対する畏怖は人より強いほどだ。

 メラは麓の山道を上がっていた。暫くして、遠方から獣の咆哮が聞こえる。低くて重い鳴き声だ。大型魔獣で間違いないだろう。聞いていたとおり東の方角からだ。場所にあたりをつけて、メラはゆっくりと山道を外れて獣道へ入る。

 そこから三分ほど、怖々と進むが物音も鳴き声も聞こえない。意を決して、メラは大きくセルペの名を呼んだ。「はーい! ここだよー!」とのんきで気の抜けた返事は意外にも近くであった。

 獣道からも外れてセルペの元を真っ直ぐ目指す。足下は木の根と岩が大きな起伏を作っており、その上に枯れ葉が降り積もっているせいで非常に歩きにくい。足下に注意しながら進むこと数百メートル。しゃんと立つセルペの姿を見て、メラは胸をなで下ろした。そして彼の足下には、三メートルは超えるであろう大型の魔獣が横たわっていた。

「怪我は?」

「だいじょーぶ」

 一応聞いたメラに向かって、セルペは得意げに笑った。見たところ本当に怪我一つなさそうである。

 魔獣は完全に事切れているらしい。顔をのぞき込むと四つの目はぎろりと見開かれていた。べろりと舌が垂れ下がり、口回りは異常な量の唾液でベトベトになっている。聞いていた個体で間違いないだろう。

 借りた剣とは別の、普段から携帯している解体用のナイフを腰から外して、メラは「片すわ」と袖を捲った。

「俺もやるよ」と隣へしゃがもうとするセルペを「他の魔獣が寄ってくると困るから、見張っててくれ」と制すると、彼は特に食い下がることなく引き下がった。

 メラは真っ先に魔獣の傷を見た。セルペの手数はやはり少ない。流石にあの短剣一本で冒険者業をこなすのは無理だろう、と来て早々にメラは彼に剣を一本与えていた。よってここ一か月はそれを獲物として使っているのだが、戦い方は変化していない。胴に一カ所の刺し傷と、あとは首を綺麗に深く横に切りつけている。後者が致命傷だろう。

 あれから何度もセルペが駆除した魔獣を見たが、彼が苦戦して怪我を負った姿も、そして不用意に魔獣を負傷させた傷も見たことがない。初めてここに現れた日の、あの見事としか言いようのない戦いっぷりは決してまぐれなどではないのだ。

 そしてギルドで聞いていたとおり、駆除した魔獣は長年この山にいた個体で間違いない。山に入る機会が少ないメラだが、数回ほど見かけたことがある。こちらを観察するように遠巻きに姿を見せるが、一定の距離から近づいては来なかったはずだ。

 この巨体を連れ帰るのは骨が折れるだろう。胴を刺している以上、内臓も破損している可能性が高い。この種が狩猟された話も、メラがこの村に来てから聞いたことがない。毛皮は立派だから持ち帰ってもいいが、肉は食用に向くのだろうか。

「セルペ、こいつ食えると思うか?」

「んー、微妙じゃないかな」

 内臓やっちゃってるから、足だけ持って帰ってみる? とセルペは続ける。

 メラは素直に頷いて、その方針で解体を始めた。しかし時間はそうかけたくない。胴の革を途切れないようにぐるりと剥ぎ、腕と頭は諦めることにした。あとは借りた剣で足を切り落とす。

「あのさあ、メラさん」

 大型ゆえ骨も硬く、切り落とすのに苦戦しているメラに向かってセルペが急に話し掛けてくる。

「なんだ?」とそちらも見ずに相づちを打つと、自ら声をかけたくせになぜかセルペは黙った。何を躊躇っているのか、数秒ほど立ってからセルペは急に「ありがとうね」と礼を言い出す。メラはそこでやっと手を止めて彼を見た。メラが頼んだとおり、セルペはこちらを見ずに周囲を警戒していた。

「この村で、冒険者をやらせてくれてありがとう。この間、教えてもらったんだ。俺が来た日の晩に、一軒一軒回ってみんなに説明してくれたんでしょ?」

 なんだそんなことか、とメラは拍子抜けする。確かにあの日、メラは新しい冒険者としてセルペを迎えることを全ての家庭に説明して回った。でもそれはセルペが、よく言えば浮世離れ、悪く言えばぼけっとして気が回らなそうだったので事前に手を回したに過ぎない。外部冒険者に頼るしかない状況は、ギルドとしていち早く解決しなければならない大きな課題だったのだ。それを「なんか怪しい」なんて理由で村人たちに反発されてはこちらが困る。

「お前はあんまり分かってないかも知れないけどな、強い冒険者が常駐してるって、村もギルドもめちゃくちゃ助かることなんだぞ」

 報酬だって頑張って相場、なんなら相場より少ないことのほうが多い。娯楽も少なく、若者が住んで愉快な村でもない。

「礼を言うのはこっちのほうだ」

 ありがとな、と言いつつもメラは切り落とした片足をセルペへと渡す。

「ちょっと早いけど昼飯食ってから帰るか?」

 うん、と頷くセルペはふわりと笑っていた。

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