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ラディヴィータの伝説と、ソルミラの詩から。  作者: 荒間文寧


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2-1

 もう数日もすれば雪が降り出すのではないだろうか。セルペがこの村に来て一ヶ月が経過した。初日こそ不審者呼ばわりだったが、柔和で毒気のない人柄であること、ソルミラ待望の専属冒険者であること、そしてなにより強いこと。この三つのおかげで彼も無事村に馴染んだ、ようにメラの目には映っていた。

 冬の山越えは困難を極める。知識と体力、そして経験を兼ね備えたものですら火急の要件でもなければ行いたがらない。村外のギルドへ依頼書を届けてもらうだけでも配達所に必死で頭を下げる必要がある。そうして出したところで、雪山を越えてここまで来てくれる冒険者など一握りもいないのが現状だ。

 そうなるより先にこのソルミラに冒険者が現れたことは、村にとっては本当に喜ばしいことである。


 めっきり冷たくなった外の空気から逃れるように、メラは早足で出勤した。正面玄関からギルド内へ入ると、ホールの長椅子に座っていたセルペが「おはようございます」と側まで駆けてくる。

 相変わらずセルペの素性は不明のままだ。しかし今のところ問題は起こしておらず、魔獣駆除も手際よくこなすためメラとしては不満はない。

 しかし問題点がゼロ、というわけでもなかった。

 おはよう、と適当に返事をしつつメラはにこにこと笑うセルペへ向き直る。

「あのなセルペ、いつまでここに住む気だ?」

 普段通り人当たりのいい笑顔を浮かべていたセルペは、メラの問いかけにぽかんと口を開けた。そのうち「え」と驚きの表情を見せる。

「メラさんがソルミラに住めって言ったんじゃん」

「そうじゃなくて、いつまでギルドの宿泊部屋に寝泊まりする気だ、って聞いているんだ」

「えー、だめなの?」

「だめというか、死ぬぞ」

「なんで?」

「小さな火鉢しかないだろ。雪が積もりだしたら凍死するぞ?」

 まあ凍死は言い過ぎかも知れないが、降雪が始まったら住めたものではないだろう。

「……じゃあメラさんの家泊めてよ!」

「なんでだよ」

 どっか借りろ、と言い放つとセルペは露骨にしょんぼりと萎れて見せた。すかさずカウンター内からクスクスと笑い声がする。すでに出勤していた受付嬢のスコイアだ。

「空き家なら沢山ありますから、手配しましょうか?」

「えーやってくれるの?」

 うれしー、と零しながらセルペはカウンター前までふらふらと寄っていった。

「自分で探せ自分で。お前も甘やかすな」

「だってメラ君のおかげで、私の仕事なんてほぼ無いようなものですから」

 まあ実際、セルペが来てからこのギルドの仕事は激減している。本来はこのカウンターで住人から相談を受け、依頼内容や金額を相談主とすりあわせたのちギルドのひな形に合わせて書類を作成するのがスコイアのメイン業務であった。

 今ではこのホールの、受付前の長椅子を占領しているセルペに住人たちが直接お願いしてしまうし、外部冒険者も来なくなったからその対応もない。現在のスコイアがこなしている仕事は出勤直後の掃除と、たまにメラにお茶という名のお湯を淹れてくるくらいのものである。

 スコイアが暇を持て余していること自体は別に、メラとしては解消する気はない。今までガラの悪い外部冒険者たちの相手をしてくれていたのだから、少しくらい楽をしてもいいのではないかと思っている。ただしセルペがギルド受付を通さずに、住人から直接依頼を受けている現状に関してはぼちぼちやめさせないとまずいな、と考えていた。帳簿に残らないし、依頼件数が極端に減ると王都にある中央ギルドから訝しがられる可能性がある。報酬はきちんと受け取りこちらの取り分も寄越しては来るのだが、セルペはあまり金勘定は得意でないらしい。金で貰うならまだマシだ。物で貰うのだけは本当にやめてほしい未開拓時代じゃあるまいし。

 ギルドで繰り広げられたのんきな会話はドアを開く音で中断された。入ってきたのは、村の隅に家を構えて二代で林業を営む親子だ。古希を越える父親は上着の右肩が裂けており、血が滲んでいる。それを支える息子共々二人揃って青い顔をしていた。

「なにが出た?」

「四つ目のあいつだよ。いつの間にか凶暴化してる」

「場所は」

「麓の道から東に入ってすぐだ」

「セルペ!!」とメラが叫んだときには彼はすでに駆けだしていた。出て行くと同時に、手早くカウンター内から救急箱を持ってきたスコイアが長椅子にそれを置いて蓋を開ける。いつの間にか出勤していたオルソもその隣へとしゃがみ込んでいた。

 四つ目のあいつ、とはおそらく頂上付近に生息していた魔獣だ。メラがソルミラに赴任してきたときにはすでにこの山におり、大型のため警戒はしていた。しかし意外にも温厚な性格なのか、人を襲うどころか近くまで寄ってくることすらなかったのだ。それゆえ駆除の対象になったことはなかった。

「所長さん、やっぱりおかしいよ。あいつが襲いかかってくるなんて」

 二人から手当を受けている老人は、痛みに顔を歪めながらもそう呟いた。このソルミラで一番長く、そして一番多く山に入っているのは間違いなく彼だろう。

「あの子が来てくれたから今冬はしのげるだろうけど、やっぱり一回ちゃんと調べてもらったほうがいい」

 魔獣を取り巻く環境がここ数年で変化していることは、メラも重々承知していた。

 本来、この魔獣と呼ばれる生き物と、動物に分類されている生き物にはそう大きな違いはない。学術的には当然分かれているが、この地で生活を営む者にとっては似たようなものだ。どちらも古くからこのコンテッラ大陸に生息しており、農作物を荒らしたり人間に危害を加えるものは駆除する。食料や資源として狩って糧にする。そこに動物と魔獣の区別はない。

 直接的に影響のある違いは一つだけだ。凶暴化と呼ばれる現象である。これは魔獣だけに引き起こされる現象で、その種本来の特性を失い非常に攻撃的になる。原因は未だ解明されていないが、素人でも判断できるほど見た目に特徴が現れる。目が血走り、過剰に分泌された唾液が常に口から垂れ流され、常にうなり声を発するようになったら凶暴化のサインだ。通常時の魔獣を知っている人間なら一発で判別が可能だろう。

 そしてここ数年、凶暴化に陥る個体は増加傾向にある。ソルミラ付近に生息している魔獣を全て把握しているわけではないが、体感としても、そしてギルドに寄せられる目撃情報としても年々増えてきている。

 五年しかいないメラですら違和感を覚えているのだ。何十年と山を見ている住人がそれに気がついていないわけがない。

 しかし駆除ではなく調査、となると難しい。数ヶ月、下手をすれば年単位で周囲の山を調べてもらう必要がある。当然専門知識が必要で、雇うべき人数も少しでは済まない。それを外から呼び寄せて依頼するとなれば莫大な金がかかるのだ。

 ソルミラの村には金がない。

 メイン産業であった鉱山は数十年前に枯れ、廃鉱以降は大きな働き口はない。殆どの若者はとうに村を去ってしまった。愛着故に土地を離れず、自身たちが暮らす分を細々と稼いで余生を送る老人ばかりである。住人たちで出し合っても研究依頼費を賄うのは難しいだろう。なにより、依頼を出したところで中央ギルドが正確かつ素直に調べてくれるとは思えない。

「とりあえず応急処置はしましたから、すぐに診療所へ行ってください」

 消毒と止血を終えたスコイアとオルソは立ち上がって、彼を促した。息子も「ほら親父行くぞ」と肩を貸そうとしているが、すぐに動こうとはしない。

「お前、今金持ってたか? 依頼料払わねえと」

「その話はいいですから」

「だめだよ俺があの子に頼んだんだから」

 タダであんなのに立ち向かわせちゃあダメだ、と言い張る彼をなんとかメラと息子の二人がかりで説得する。

「先生のところ行ったらまた戻ってくる」

 彼はなんとかそれで納得して、ギルドを後にした。

 その扉が閉まると同時にメラは職員二人に向き直る。

「セルペの様子見てくる」

「大丈夫ですか?」

 大型ですよ、と心配するオルソに「そう近づきはしないよ」と返事をした。

「じゃあせめてこれ持っていってください」

 オルソは腰の剣を抜いてメラへと渡してくる。それをありがたく受け取って、メラは山へと向かうことにした。

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