エピローグ
国立単発労働斡旋所とは、その名の通りラディヴィータ王国が各街に配備している、短期労働の集約と斡旋を行う機構である。労働の内容は多岐に渡るが、魔獣がらみが九割を占める。駆除に警備、街間移動の護衛が殆どだが、稀に王国から直々に新種の調査依頼なんてものまで持ち込まれることもある。
労働受注者は主に二種類に分かれており、民間が運営しているサポートセンターや何らかの派閥に属して組織的に行う者、単身または身内数名とのみ依頼をこなす者だ。
どちらにせよどこか一都市に拠点を構えて仕事をしている者がほとんどである。
国立単発労働斡旋所と労働受注者、どちらもラディヴィータ王国とその住人にとっては必要不可欠なものだが、正式名称を把握している者は少ない。一般的には前者はギルド、後者は開拓時代の名残から未だに冒険者と呼ばれている。
ギルドは国立機構ゆえ職員の採用と配備を中央が一括で行っており、採用基準が厳しい上に僻地へ飛ばされる可能性も高い。しかし安定した雇用と給与のおかげで今も変わらず人気が高く、冒険者に至っては街を魔獣から守る者として当然地元住人から敬意と尊敬を集めている。どちらもラディヴィータ王国の花形職業の一つである。
と言いたいところだが、それはあくまで大都市の話だ。
ラディヴィータ王国が全土を支配下に治めたコンテッラ大陸。その最北端に位置する寂れた村ソルミラ。
ここにあるギルドの職員はたったの三名。
専業冒険者に至っては、残念なことに一人も存在しない。
国立単発労働斡旋所ソルミラ支部所長、通称ギルド長のメラは所長室で黙々と書類仕事をこなしていた。それにしても不便である。右手でサインを書いたのち、左手で捲ろうとうっかり考えるたびにメラはそう思う。自身が隻腕なことに未だ慣れない。一刻も早く義手制作の技術が発展してくれることを祈りたいが、残念なことに今のラディヴィータ王国にそんな余力はないだろう。人口は半分以下まで減っている。冒険者に至っては、あの日一般人を守ろうと奮闘した者が多かった。現在は全盛期の四分の一以下である。
人間化魔岩の核はセルペが破壊したが、その後すぐに共生化魔岩の核も王女ロッチャの指示で破壊した。それぞれの器具を装着していた魔獣が死亡したことで、魔獣の数も減少したが当然ゼロになったわけではない。野生の魔獣は今もコンテッラ大陸に沢山生息している。そして、魔獣に対する国民の恐怖心は以前と比べものにならないほどに膨れ上がっていた。魔獣化魔岩の核も破壊し、全ての研究は無に帰した。あの悲劇が残した爪痕は大きい。人間はまた一からこの大陸で生きていくための方法を模索していかなければならない。
所長室の戸を叩く音に気づいたメラは「どうぞ」と促す。入ってきたのは受付のスコイアであった。
「郵便です」と手紙の束を以前より低くなった机へ置く。サイズの合わなかった机と椅子をついに新調したのだ。置かれた手紙を片手でメラは開けていくが、スコイアがじっとこちらを見ていることに気がついて顔を上げた。
「どうした?」
「いや、何事もなく昔に戻ったみたいで。国を救った勇者とか、信じられませんね」
平然とした顔でスコイアはぼやいた。あのなあ、とメラは反論する。
「こっちからしてみたらお前らが全員生きてるほうが信じられねえよ。本当によく無事だったな」
「そりゃ炭鉱の村でしたから」
現役時代のじいさんたちが大活躍ですよ、となぜだかスコイアが胸を張る。あのとき、セルペが戻ってこないことで危険を悟ったソルミラの住人たちは放棄された炭鉱に籠城を決めたらしい。案の定セルペの裏切りを察知したコッコはこの村に別の新人類を数名を派遣したが、どれだけ肉体や頭脳が優れていても、廃鉱内の追いかけっこでソルミラの住人に勝てるわけがなかった。そんなわけでメラとセルペの心配は杞憂に終わり、衝撃の負傷者ゼロを達成していた。ずいぶんとしぶとい村である。
手紙の中に中央からの封書があることに気づいたメラはすぐに中身を引き出した。どうやら移動の通知らしい。もうそんな季節か、と時の流れの早さを感じながら目を通す。そしてすぐに机の隅へ放った。
「来年もよろしくな」
「はい」
移動などあるはずもない。王女直々に『北部地方のお目付役』を言い渡されているのだ。役職こそギルド長だが、仕事の量は随分と増えた。これで給料は碌に上がっていないのだから悲しい話である。
またしてもドアがノックされ、もう一人の職員であるオルソが顔を出す。
「到着しましたよ」と言うのでメラはロビーへ向かった。そこにいるのはゼンゼロ率いる元冒険者四人衆であった。
「お仕事ごくろうさん」とメラがねぎらうと、大きな荷物を置いたゼンゼロは一度舌打ちをした。
「勇者だとか英雄だとか持て囃しておきながら、碌に金もよこさねえでよ」
悠々自適の隠居生活を目論んでたんだよこっちは、と機嫌悪そうに続ける。王女だって報酬を一切渡さなかったわけじゃない。ただ今のラディヴィータ王国には余裕がないのだ。でももう冒険者はこりごりらしい。今は北部地方を中心に運び屋として彼らは働いている。今日も冬ごもり用に大都市から色々持ってきてもらった。
「泊まっていくか?」
「こんなしけたギルドの寄宿部屋なんて御免だ」
さっさと帰るぞ、とゼンゼロは残りの三人へ声を掛けてさっさとギルドを出て行く。その後を追いかけて、メラは村の出入り口まで着いていった。気をつけて帰れよ、と適当に挨拶をして四人を見送る。その背が見えなくなったころ、入れ違うように一匹の魔獣が駆けてくる。
人間化魔石を砕いていた彼は、あれからゆっくりと時間をかけて戻ってしまった。言葉を交わすにも表がいる。
それでもなお、彼は未だこの山を駆け、見回っている。メラの目の前まで走ってきて、その魔獣は一度吠えた。
メラは逃げるでもなくしゃがみこむ。
「お帰り、セルペ」
異変はなかったか? とメラが聞くと、魔獣はもう一度元気よく吠えた。
(ラディヴィータ王国の伝説と、ソルミラの詩から。)




