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セルペの背丈の四倍ほどの高さがある、大きな扉が目の前で開かれる。その先は真っ直ぐに赤い絨毯が伸びていた。脇にはずらりと、同一の甲冑を身につけた近衛が並んでいる。踏み入る前に、セルペは一度頭を下げた。そして顔を上げて、しっかりと正面を見る。伸びた絨毯の先は階段状に三段、高くなっている。その上に玉座はあった。金色に輝き、赤い別珍が張られている。巨大なそれに随分と不釣り合いな、小柄な新人類が座っている。絨毯と別珍とは対照的な、紺青色のドレスを来ていた。生地をたっぷりと使った袖からは大きな鉤爪が、同じく広がったスカートの裾からは巨大な鳥のような足がはっきりと見える。
前を行く近衛の歩調に合わせて、セルペはゆっくりと進んだ。眼球だけを動かして彼女の周囲を確認し、セルペは落胆した。この部屋に魔岩はない。いわば魔岩と、その中央にある核は彼女の権力の象徴のようなものだ。だから誇示するために玉座の後ろにでも移している可能性は高い、と踏んでいたが外れたらしい。
段差の前まで来たところで、前を歩いていた近衛が槍の底を床へ打ち付けて一礼する。前を開けるように脇へ退いたため、セルペは片膝をついた。
「ソルミラの管理を仰せつかっているものです。このたび、捕らえた人間を女王陛下へ献上したく馳せ参じました」
玉座に座ったまま、コッコは「一番魔石だな」とセルペを見下げる。
「名は何だったか」
「セルペと申します」
名乗った後、セルペは手元の縄を引いた。ペスカは何も言わない。ただ静かに、後ろに立っている。
「ソルミラへ帰還する途中の山で捕らえました。前政府が行っていた研究に携わっていたことが判明したため、引き返して参りました。私の一存で扱うにはこの者は危険すぎるかと。よって全ては陛下のご判断に委ねたく存じます」
コッコは、セルペへ返答をしなかった。彼女の側で待機している近衛を近くまで呼び寄せ耳打ちをしている。やがてその者が降りてきて、セルペへ縄を寄越すように指図した。当然セルペは抵抗せず、ペスカに繋がっているそれを渡す。近衛に連れられて彼は壇上へ上げられる。玉座の目の前、コッコの真正面で向かい合っている。
「久しぶりだな!」
コッコは明るく言った。その一瞬には女王としての威厳はなかった。まさしく、久方ぶりに知人と再開した少女のようであった。謁見に早く呼ばれてしまった分、ここで時間を稼がなければならない。未だ新人類たちは平然としている。人間化魔岩の中央にあるはずの核は、確実に破壊されていない。セルペはしっかりと正面を見据えていた。この位置からでは当然、ペスカの後ろ姿しか見えない。玉座に座るコッコは、その背に隠れてしまっている。
だから、と続ける余地すらなかった。たとえ立ち位置が違ったとして、セルペにできることは何もなかっただろう。彼女の様子を確認できないだろうか、とセルペが首を傾けた瞬間だった。同時にペスカの頭部も傾く。三十度傾いたところでセルペの頭は止まった。しかしペスカの頭部はそのまま九十度傾き、そして床へと落ちていった。首から上を紛失した彼の体は地に崩れ落ちる。その先から現れたコッコは、先ほどの声からは想像もできないほど冷たい目をしていた。
「こいつを私の前に連れてきたことだけは褒めてあげよう。おかげできっちり処分できた」
片膝をついたまま、セルペはただ驚愕して彼女を見上げる。その目ははっきりとセルペ自身を捉えていた。ペスカになど一瞥もくれていない。
「きっちり殺しておきたかったヤツは沢山いるんだよ。だけどあの日、魔獣たちがあまりにも暴れてくれたからさあ。逃げられたのか、腹の中なのか、ぐちゃぐちゃすぎて判別できない死体に混ざってるのか、もう分からなくてね。だから助かったよ。そこは褒めてあげる」
ただし、勘違いをしないでほしい、とコッコは続ける。セルペは自身に対して、ひたすら脳内で「動くな」と言い聞かせた。焦るな、動くな。タイミングを見誤った瞬間に己は死ぬ。自身をここまで連れてきてくれたペスカの死を、悼むことすら今は許されていなかった。
「本来君はここに入ることを許されていない。私に謁見できるのは新人類だけだ」
その言葉の意味をセルペは理解している。しかしコッコはご丁寧に説明を続けてくれた。
「核から出た波長を近くの魔石が拾って増幅させ、またそれを近くの魔石が拾う。そうやって大陸全土に届くように配置した。共鳴と言えばいいのかな? つまりはまあ、分かるんだよ。器具をつけているものは、器具をつけているものを判別できる」
セルペは苦笑した。つまり我々の作戦は、最初から破綻していたのだ。
「君が知らないのも無理はないよ。昔の、波長が微弱だったころは感知できない者が殆どだった。誰でもはっきり分かるようになったのはこの国を落とすために波長を変えたときから」
つまり君が外したのと同時ってことだね。
そこまで言い切った後、コッコは「捕らえろ!」と叫ぶ。セルペはすぐさま立ち上がり、襲ってきた近衛のうちの一人を蹴り飛ばす。同時に耳が劈くような咆哮が聞こえた。天井付近にある壁を削って作られた彫刻から、魔獣が飛び降りてくる。その胸には青色の魔石が輝いていた。あの日ペスカとともに逃げ延びた、元研究者のチリエである。この援軍は予測されていなかったらしい。セルペを包囲していた近衛集団のうちの一角が崩れた。すかさずセルペは動いた。数体をなぎ倒して包囲を破ると、唯一の仲間とともに全力で駆け抜けて撤退した。




