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ラディヴィータの伝説と、ソルミラの詩から。  作者: 荒間文寧


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1-3

 そこから三十分後、メラは村をのんびり歩いて配達所へ向かっていた。手には封筒だけを提げており、中身は当然再依頼の書類である。古ぼけた配達所の中に入るも受付には誰もいない。メラは気にかけることもなく、奥へ向かって「すみませーん!」と叫んだ。ほどなくして「はいはい」と奥からなじみのおっちゃんが顔を出す。

「これ、速達でお願いします」

 はいはい、ともう一度呟いて彼は封筒へ視線を落とす。メラがソルミラに来るよりもずっと昔、それこそ何十年とここに勤めているのだ。ギルドが出す配達物のことも当然詳しい。

「まーた冒険者追い払ったのか?」

「すみません」

「しゃーない。ちらっと見たけど、えらいガラ悪かったからな。とはいえあの魔獣どうするかね」

「最悪、駆除だけでも村でやってもらいます」

 歴史を振り返れば炭鉱の村である。そのうえこうも田舎なので、一次産業と呼ばれる職種を生業としている住人のほうが多い。戦闘に特化した者こそいないが、肉体自慢は少なくないのだ。とはいえめっきり高齢化が進んでいるため、快く引き受けてくれる人など存在しない。村が脅かされては困るので嫌々渋々、と重い腰を上げてくれているに過ぎない。

 確かにギルドは単発労働斡旋所だ。しかし現状は、王政によって作られた魔獣対策特化機関としての側面が大きい。冒険者という専門職を派遣できず村人に頭を下げて駆除してもらうのは、実質ギルドが仕事を全うできていないに等しいとも言える。

 とはいえ小型三体、罠にでも掛かってくれれば住人での駆除も可能だろう。しかし現状、もっといる可能性も否定ができない。やはりきちんと調べてもらうに越したことはない。

 メラが渡した封筒を処理したのち、おっちゃんはそういえば、となにやら思い出したように別の話を始めた。

「昨日変な奴が来たんだよ。所長さん知ってるか?」

「あー、巻き毛のガキですか」

「そうそう。王都に手紙出してくれって持ってきたんだよ。海を見に来たとか言って」

 海の話は昨日聞いたが、わざわざ王都に手紙を出した話は初耳である。なんだろうな、と考えつつも「一晩だけギルドに泊めてやって、今朝追い返しました」と伝えるに留めることにした。

「そんならいいけど」

 あくまでただの雑談だったらしい。「じゃ、これ速達ねー」と封筒を振りながら彼は奥へ引っ込んでいった。少年のことは気がかりだが、帰ったのなら問題はないだろう。昨晩も悪さは働かなかったはずだ。まあ、いいかと適当に思考を切り上げてメラは配達所を出ることにした。昼飯でも食ってからギルドに戻ろうかな、なんてのんきに考えながらドアを開けた瞬間、外の喧噪に気がつく。とはいえそんなに近くではない。位置的には村の入り口付近だろう。メラは慌てて音のする方向へ駆けだした。


 村の入り口には複数の人影があった。皆遠巻きに入り口側、つまりは山側の様子を伺っている。走って側まで寄ったメラは、必死に息を整えながら並んで様子を確認した。ちょっと走っただけでこの始末だ。自身の体の弱さに嫌気が差す。視線の先には趣味の悪い鎧を身につけた男が四人、こちらに背を向けていた。見間違えるはずもない。一時間ほど前にカウンターを蹴り飛ばして帰って行った冒険者一行だ。さらにその先にはポツポツと灰色が広がっている。四つ足の魔獣だ。大きさは成人男性のひざより少し低いくらいか。おそらく全長は一メートル前後。灰色の毛皮を纏ったそれは、駆除と調査の依頼を出していた魔獣で間違いないだろう。しかし随分と数が多い。パッと見ただけで十体以上はいる。冒険者どもが帰ろうとしたところを山の中で襲われて引き返してきた、と考えるのが妥当だろう。

 村まで連れてくるんじゃねえよ三流が、と状況を把握したメラは思わず舌打ちをかます。こんなところまで撤退してきているのだからこいつら四人で対処しきれないことは確定だ。とにかく対抗できるだけの人手が必要だろう。真っ先に思い浮かぶのは元冒険者でギルド職員のオルソである。彼を呼びにギルドへ、と踵を返したところで居場所が分からないことに思い至る。メラが配達所へ行くためにギルドを出たとき彼はそこにいなかった。確か朝食をとりに不審者の少年と飯屋に向かったところまでは把握している。その後、メラは彼を見ていない。

 彼はいったい、今どこにいるのだろうか。

 思案するメラの横を、何かがものすごい早さで駆け抜けていく。

 慌てて振り返った先では、平均より大分背の高い、茶色い巻き毛の少年が駆けていた。

 昨晩ギルドに泊めてやった少年である。

 名前なんだっけ。まだこの村にいたのか。なんでそっちに向かって走っていくんだ。

 いくつもの疑問がメラの脳裏を過っていくうちに、少年は冒険者四人すらも通り越して魔獣の元へと向かっていく。そして一度強く踏み切ると同時に一体の魔獣へと振りかぶった。その直後に耳へと届いた絶叫は、魔獣によるものだろう。

 それを口火に十体以上もいる魔獣たちは少年へと群がる。しかしそれらの牙が、爪が、少年に届くことはなかった。

 四方八方から向かってきた魔獣の攻撃を全て見切っているのか、まるで踊るようにすんでのところで全てを躱していく。それと同時に回した足が魔獣を吹っ飛ばし、突き立てた腕が絶命させていく。

 全ての魔獣が地に臥せるまでに掛かった時間は僅か十秒であった。

 強い、なんて次元ではない。

 はたしてこのコンテッラ大陸に、ラディヴィータ王国にこれほどの手練れは何人いるだろうか。そしてせいぜい十年と幾ばくかしか生きていないであろう少年が、どこでどうしたらこんな強さを身につけられるのか。

 こちらの驚愕などさっぱり気がついていないらしい。少年は全ての魔獣が事切れていることを確認した後、キョロキョロと周囲を見回していた。そしてメラと目が合った瞬間、気でも抜けたように顔を緩めてこちらへと駆けてきた。

「所長さん。あれの死体、どうしたらいい?」

 昨日、そして今朝、ギルドで話したときと変わらない。柔和だけどどこか飄々とした様子の少年はあっけらかんとメラに話しかけてくる。あれだけ倒したのに返り血すらほぼ浴びていないらしい。右手に握られているのは最初から腰に下げていた簡素な短剣だ。

 何者だよ、という疑問は当然ある。しかしそれを凌駕する期待がメラの脳裏にあふれていた。

「俺が処理しておく」

「え、いいよ。俺やるよ」

「お前はあいつらを山向こうの町まで送ってやってくれ」

 呆然として一歩も動けていない冒険者四人を指さしてメラは言う。

「そんで送ったら、ここに戻ってこい」

 メラの言葉に、きょとんとした顔で少年は首を傾げた。

「もう一晩泊めてやる」

 嫌か? と尋ねると少年はへにゃりと形相を崩した。

 そして屈託のない笑顔で「分かった。戻ってくるね」と頷いた。

 そのまま弾んだ足取りで、冒険者たちを引き連れて山へ入っていく背を見送る。いつの間にかメラの隣へ立っていたのはオルソであった。

「……どこ行ってたんだ?」とメラが視線を向けると、オルソは少しばかり気まずそうに咳払いを一つした。

「観光、というか。……海を見るのに付き合わされてました」

「何者だ、あいつ?」

 さあ、と気の抜けた声が帰ってくる。

「特に身分は明かしませんでしたね」

 でも悪い子ではないと思います。

 ぼそりとオルソが零したその言葉に、メラは曖昧に頷いておいた。

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