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ラディヴィータの伝説と、ソルミラの詩から。  作者: 荒間文寧


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5-6

 文字表がなければ会話をする方法はない。道中、セルペは彼を見失わないようにすぐ後ろを歩きつつも周囲に気を配って進んだ。とはいえ歩みは遅い。これはセルペではなく、ペスカに配慮してのことだろう、とセルペは悟った。魔獣と新人類のみならもっと早く山を進めるが、人間の姿に戻っているペスカを連れている以上この早さが限界だろう。

 山を進みながら、セルペは周囲の様子にやはり居心地悪く感じていた。この山に限った話ではない。あの日以来、街の外はすっかり生き物の気配が色濃く出るようになった。魔獣はもちろん動物も、あまり忍ばなくなった。人間の勢力が縮小したせいで堂々と活動するようになったのではないか、とセルペは思っている。実際、人間が街から街へ移動する機会はかなり減少している。冒険者という役職ももはや存在しない。魔獣を狩る者はもうこの大陸に殆ど存在しないのだ。

 緊迫感が薄れないまま進んでいた一行だが、先行していたチリエが中腹で足を止めた。斜面の一角をじっと眺めている。枝葉で隠れているが、よく観察するとその先に洞窟の入り口があることに気づく。

「この中?」とセルペは右手で指し示すと、彼は無言で頷いた。

 小声で相談した結果、まずセルペが単独で中を確認しに入ることになった。音を鳴らさないよう注意しながら枝葉の隙間を通って洞窟内へ足を進める。奥へ進むうちに衣擦れや地をこする音がセルペの耳に届く。どうやら人がいるのは間違いないらしい。気配を殺してゆっくりと進むうちに、二人の姿が目に映った。あ、と口から出そうになるのをセルペは堪える。こちらには気づいていないらしいその二人は、随分と苛ついた声で会話を始めた。

「マジでどうするんすか。一生この洞穴に籠もって暮らすんすか」

「うるせえなあ。他に行くところなんてないだろうがよ」

「やっぱ頭下げてあの近所の村戻りましょうよ」

「無理だろおめえ一人で行けよ」

「嫌っすよ怖いじゃないっすか。何されるか分かったもんじゃない」

「四人で行ったって変わんねえだろ」

「……親分が火事場泥棒なんかやらせるからでしょ」

「文句あるなら出てけよおめえ」

「無理っすよ行くところなんてないんだから」

「だからここに住むしかねえって言ってんだろ」

「他の選択肢もあるよ!」

 セルペが嬉々として会話に加わったと同時に、地面に座り込んでいた二人はパッとこちらに視線を向ける。セルペの姿を認識するやいなや、彼らは立て膝をついた。傍らに置いてあるそれぞれの獲物の柄へと右手を重ねる。セルペが仕掛けようものなら、すぐさま戦闘に移行するだろう。腐っても冒険者らしい。しかしセルペはその戦闘姿勢に警戒することなく、にこやかに会話を続けようとした。

「ひさしぶりだね」

 セルペの言葉に、二人の冒険者は露骨に顔を歪めた。ゆっくりと腰を上げ、中腰の姿勢で獲物を構え出す。

「化け物の知り合いなんざいねえよ」

「え、ひどい。俺のこと忘れちゃったの?」

 セルペが一歩踏み出したところで、向こうはジリ、と地を踏みしめる。二歩目を踏み出したところで手前にいた若いほうが振りかぶってセルペへと向かってきた。真っ直ぐ振り下ろされる剣を躱しながら、セルペは左腕を脇腹へ打ち込もうとした。極力怪我はさせたくない。切り裂かないよう手を握り爪を内側へたたむ。打撃を与えようとするもその手は戻した剣でガードされた。

 おお、とセルペは感心して声をあげた。かつての彼であれば間違いなく反応できなかっただろう。しかし残念かな、新人類として魔獣の姿を大方取り戻したセルペには到底かなわない。パンチを受け止めたところで若干体勢を崩した隙に、セルペは彼の手元を狙って左足を蹴り上げた。ちょうど鍔に足を引っかけるようにして振り上げ、その手から剣を弾き飛ばす。一瞬で青ざめる彼の後ろから「どけ!!」と怒声が飛んできた。彼が素早く退いた先から横振りの斧がセルペへと襲いかかる。それを後ろへ飛んで避けた。先ほど弾き飛ばした剣が足に当たるのでさらに背後へと蹴り飛ばしておく。素手では碌に戦えないだろう。これで実質一対一である。案の定、斧を構える親分の後ろへと逃走していった。

 先ほどの一撃を見るに、斧での攻撃はなかなかに重たそうだ。できればガードはせず回避のみでいきたい。向こうはカウンター狙いなのか動き出す様子を見せなかった。セルペも次の攻撃を思案しながらじっと相手を睨みつける。お互い動かずにらみ合うこと十数秒、ふと相手の目つきが変わった。

「おめえ、ソルミラにいた冒険者か?」

「あ! 思い出した?」

 そうだよセルペだよ、と言いながらセルペは構えを解いた。どうやら気づいてくれたらしい。

 彼らと会うのは実に六年ぶりだ。あれはセルペがソルミラにたどり着いた翌日だった。

「お前はあいつらを山向こうの町まで送ってやってくれ」

 メラにそう頼まれて、セルペは彼ら四人を山の向こうまで送迎したのだ。魔獣を駆除してもらうためにギルドが依頼を出して来てもらった外部冒険者であったことを、セルペはソルミラに戻ってから聞かされた。その魔獣をセルペが単身で倒しきってしまったからだろうか。当時の彼らは、送迎中ずいぶんと大人しくしていた。当時と比べて、セルペの顔もかなり魔獣に寄ってしまったのだが、やっと気づいてくれたらしい。

 セルペが安心した瞬間、親分は縦に斧を振りかぶってこちらに襲ってくる。

「なんで襲ってくるの!?」

「なんでこんなところにいるんだよ! 何しに来やがった!」

「説明するから斧降ろしてよ!」

 慌てて避けつつもセルペは軽い口調でそう頼む。襲いかかることこそやめてくれたが、構えを解く様子は一向にない。親分の後ろで丸腰の彼が「あのめっちゃ強かったやつっすよね? やばくねえっすか?」と焦っている。

「ちょっと手伝って欲しいことがあるんだよ。人手が必要だけど村の人は管理されてて手が出せないでしょ? だからはぐれ者を探してるんだ」

「俺たちが言うこときくように見えんのか? てめえに使われる筋合いはねえよ」

「えー、あのとき代わりに魔獣倒してあげたじゃん。手伝ってよ」

「ありゃ断った後だよ。すでに俺らが倒すべき魔獣じゃなかった。おめえが勝手に倒しただけだ」

「でもアジトあるよ? ここよりマシだよ?」

「え、マジっすか!?」

「おい靡くな馬鹿がよ」

 背後の彼を諫めつつも、親分は懐柔の余地を見せない。できれば力ずくは避けたいのだが、とセルペが悩んでいると背後からバタバタと足音が響く。気を引き締めるセルペと対照的に、目の前の親分はにやりと笑った。

「どうやら仲間が帰ってきたらしい」

「……そうみたいだね」と答えつつ、セルペは一応背後を警戒した。

 背後からすぐ側まで来た一人はセルペを見るなり「ギャー!!」と叫んだ。そのさらに後ろから、たどり着いたばかりの彼に一匹の魔獣が、チリエが飛びかかる。さらにその後を、縛り上げた冒険者を連れてペスカがゆっくりと歩いて来た。

「下品かつ仲間割れ寸前の連中と聞いているが、一応人質に取ってみた。通用するだろうか」

 縛り上げた一人を親分に見せつけながらペスカが言った。その傍らでもう一人が「痛い痛い」とチリエに襲われて悲鳴を上げている。

「仲間が帰ってきてよかったね」

 セルペがあっけらかんとして言うと、親分は盛大な舌打ちとともに斧を手放した。

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