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魔獣たちはメラに危害を加える様子もなく、後を追うセルペに襲いかかってくることもなかった。むしろセルペがきちんと着いてきているか確認する素振りすら見せる。たどり着いた先は廃村だった。入り口側の柵に囲まれた土地は畑だったのだろう。今では雑草どころか木まで生い茂っている。村の様子は異様だった。人口不足で放棄されたのなら、こうはならないだろう。ほぼ全ての建物が倒壊している。雨風による劣化ではない。巨大な力によって無残に打ち壊されている。そして瓦礫のあちらこちらに茶色や黒の染みが付着していた。血痕だろうな、とセルペは悟った。相当古いもので間違いないだろう。
村の異様さに圧倒されていると、数百メートル先から魔獣の鳴き声がする。その方向へ駆けていくと、三匹のうちの一匹がそこでじっと待っていた。セルペの姿を確認するとまた進み出す。他の二匹はもう先に行ったのだろう。セルペはまた魔獣の後を追った。
村から一キロほど離れた位置にあるそれは、周囲から隠すように作られていた。入り口は草木に覆われ、さながら古代遺跡である。内部は薄暗くほこりっぽいが、放置されてせいぜい数十年ほどしか経っていない様子であった。四年前に見た、そして五年前までいた王宮側の研究所にどこか似ていた。
建物内を少し進んだところが開けていた。その中央にメラが横たわっており、囲むように三体の魔獣がいる。薄暗いせいでよく分かる。三体とも胸元がぼんやりと青く光っていた。それと対峙してセルペは身構える。殺意は感じないが、彼らの目的は未だ判明していない。セルペを見ていた魔獣たちはやがてお互いにアイコンタクトを交わした。来るか、とセルペが身構えた瞬間、一体が動き出す。噛みついた先はセルペでもメラでもなかった。魔獣のうちの一体、その胸元にある青い石へ噛みついてそれを砕く。石を失った魔獣は呻きながら地に伏した。数秒後、その背がぼこりと波打つ。見ていて気持ちのいいものではなかった。体毛が抜け落ち、肉と骨が内側から強制的に動かされているようにセルペの目には映った。ぐちゃぐちゃ、ばきばきと嫌な音が続き、治まったころにそこにいたのは人間だ。中年の男性だった。彼はすくりと立ち上がり、セルペの前に仁王立ちした。
「手荒なまねをしてすまない。我々は味方だ」
「……そう、なの?」
「他の二人も元は人間だ。安心して欲しい。少し待っていてくれないか。彼の様態を確認したい。それが済んだら説明しよう」
彼、と言いながらこの中年はメラを指さした。急すぎる展開にセルペの思考は追いつかない。メラとセルペを殺さずここまで誘導し、手の内を明かしてきたのは事実だ。話くらいは聞いてみてもいいかもしれない。セルペは分かった、と目の前の中年に頷いて見せた。
「じゃあメラさんを診てもらう間に、俺は服を探してきてあげるよ」
「そうしてくれると助かる」
大きく頷く全裸の中年を置いて、セルペはこの建物内の散策へ向かった。
数十分後、寝かされたメラの側に全員が再度集まった。魔獣二体とセルペ、そしてペスカと名乗った全裸の中年男性である。服はあった。しかし劣化と汚れが酷く、そのまま着られるような状態ではなかったのだ。仕方がないのでセルペはその服を近くの川で洗ってあげた。今は入り口に干されている。
メラの様態だが、体力の消耗が激しく栄養が著しく足りていない、らしい。食わせて寝かせておけとのことだ。境遇を考えれば奇跡と彼は言った。セルペも同意しておいた。
「さて、我々だが」と彼は語り出す。
「王都研究所の生き残りであり、あの日とっさに魔獣化して脱出したのだ」
「まじゅうか」とセルペは反復する。共生化と人間化は知っていたが、そんなものは聞いたことがない。
「王政も魔獣化については把握していなかった。我々は王都研究所の生き残りだが、同時にこの研究所の生き残りでもある」
ここがどこだか分かるだろう? と問いかけられたセルペは素直に頷いた。
「メラさんの故郷だよね」
「そのとおり。二十二年前、違法な魔獣研究が行われていた研究所がここだ。君の故郷でもある」
セルペはつい周囲を見回す。しかし己の記憶には残っていない。
「当時十代半ばだった私は、ここで親とともに研究にいそしんでいた。事件後は当然罪に問われ、生き残りは全員王都の刑務所に収容された。しかし本来の刑期より早く外に出されたのだ。王宮が引き継いだ研究を手伝うことと、監視をつけられることが条件だった。ここで行われていた研究は三つ。共生化と人間化、そして魔獣化。この研究所も相当調べ尽くされたようだが、最後の一つは王政にバレなかったらしい。わざわざ教えてやる必要もないかと隠しておいたが、まさかそれに助けられるとは思っていなかった」
得意げな顔をする全裸のペスカの隣で、二匹の魔獣がきゅいきゅいと鳴く。鳴き声の意図は分からないが、人間が一人でも多く生き延びたことはセルペの好ましいことだと思う。よって「うんうん」と頷いておいた。彼らの境遇は理解したが、自身らに関わってきた理由はまだ聞かされていない。
「あなたたちはどうしてつけてきたの? あなたたちの目的は?」
「我々が目指していたのは共生と向上だ。ここにいたときからそう。王都研究所の目的も合致していた。最大の失敗はあの新人類たち、コッコを始めとしたいくつかを被験者ではなく研究者として迎え入れたことだ。現状はそれらによる反逆であり、魔獣による支配を望んだ人間の研究者は一人も存在しなかった。よって国を取り戻したい」
「……どうやって」
「魔岩、およびその核を破壊したい。それによって全ての共生具、人間化具の機能を停止する。我々は道を間違えたのだろう。全ての研究を破棄し、人間による統治国家を取り戻す。そのために協力者を欲していた。すでに死んだと思われている人間と、現政府に懐疑的な新人類。君たちなら話を聞いてくれるだろうと思って、後を追わせてもらった」
ふうん、と相づちを打ちながらセルペは思案する。そして「機能を停止、って具体的にどうなるの?」と尋ねる。
「器具をつけている全ての魔獣が死亡する」
「……それ、俺に言っちゃうんだ」
「隠したところで仕方がない」と彼は澄ました顔で言った。
「そっちの二人は大丈夫なの?」
セルペは青の石を胸に持つ魔獣たちを指さす。すかさず「問題ない」とペスカは頷いた。
「魔獣化の魔岩、およびその核はこの研究所の地下にある。そちらは奪還後に魔獣化器具を外してから破壊する」
しばらくはここを拠点として戦力を集めたい、とペスカは続けた。言及されないため、彼の仲間はこの三人のみなのだろう。己を入れて四名。セルペは未だ床に横たわるメラを見た。体調的にも精神面でも、彼を戦力に数えるのは難しいだろう。やがて小さなうめき声とともにメラの目が開く。セルペは慌てて近づき、起き上がるのを手伝った。
「メラさん大丈夫?」
「目覚めたか。君にも説明させてくれ」
ペスカは先ほどと同様の話を始めたが、視線を落としたまま一切の反応を示さないメラの様子に気づき、やがて言葉を止めた。
「ずっとこんな感じなんだ」
「……そうか」
ペスカの視線が若干鋭くなったのを、セルペは見逃さなかった。彼よりも先にセルペは素早く口を開く。
「こちらとしては二択だよ。二人でソルミラに帰るか、二人でここにいるか。……俺自身はちゃんと手伝えるよ」
ペスカが無言で思案している間、セルペは彼をじっと睨みつける。彼らにも余裕があるわけではない。調子が悪く、協力する意思もない人間を無条件で置いておく理由はないだろう。しかし己の存在は大きいはずだ、とセルペは読んだ。人間側に加担する新人類など探したところで存在するかすら分からない。
やがてペスカは「君が協力してくれる限りは衣食住と命は保証しよう」と呟いた。
「古い施設だ。快適とは言いがたいが、ベストは尽くそう」
「……ありがとう」
セルペはしっかりと頭を下げた。ペスカは意外にも優しげな表情をしていた。




