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ラディヴィータの伝説と、ソルミラの詩から。  作者: 荒間文寧


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4-11

 結論から述べるならば、メラは研究所へはたどり着けなかった。それでもあの場まで進めたのはもはや奇跡に近いだろう。

 後ろから迫り来る魔獣の群れよりは歩みが早く、また研究所から来る化け物どもからは運良く行き違いに逃れ続けた。

 王宮に近づくにつれて人が減って死体が増えていく。本来なら何人もの門番が立っているそこには、もう人は殆どいなかった。死体ばかりが転がっている地面を睨みつけながら、メラは重い体を引き摺るように歩く。その耳に届いた声は、随分と場にふさわしくなかった。

「君も自ら来てくれたのか。助かるよ、本当に」

 ゆっくりと顔を上げたメラの視線の先にいたのは、人ではなかった。子ども程度の、百四十センチと少し程度の背丈だろう。頭部こそ人に近いが、両の頬から首、そして上半身が灰色の堅い鱗に覆われている。人より三倍ほど大きな手には鋭いかぎ爪が光っており、下半身はかろうじて布を纏っているが、その下から伸びる足はまるで巨大な鶏のようになっている。そしてその胸には、当然赤い魔石が輝いていた。

 こんな化け物は見たことがない。しかしメラはその顔を、その声を知っていた。彼女は研究者だったはずだ。コッコと呼ばれ、あの研究所で従事していたはずであった。

「よく頑張ってくれた。これで私たちの悲願も達成される。君たち二人には感謝してもしきれないね。だからほら、ここからはお礼の時間だよ」

 化け物はゆっくりと腰をかがめ、地面に伏せている死体のうちの一つを大きな手で掴み上げる。そしてぽい、と軽い荷物でも投げるかのようにメラの近くへ放った。それはヴェルドであった。地面に打ち付けられると同時に横たわったままヴェルドが咳き込みだす。完全に死体だと思い込んでいたが、どうやらまだ息があるらしい。それでも右の脇腹を中心に上半身は血に濡れており、到底無事とは言いがたい。メラは地に膝をついた。ヴェルドの名を呼びながら、うつ伏せになっている彼の肩に触れる。ヴェルドはやっと顔を上げた。真っ白な顔で、紫色の唇を震わせながら彼は「メラ」と名を呼んだ。

「まだ、まだ終わらない。終わったわけじゃない。行ってくれ。彼女が生きてるなら逃がしてくれ」

 絶え絶えに紡ぐヴェルドは顔を歪めて黙った。メラはそっと彼の肩に手を当てた。聞かなくてはいけない。だけど、それを己がかなえられるかどうかは別問題だ。

「トルタ氏だ。あの人と合流してくれ。それがダメならブティーノを探してくれ。メラには分からないかも知れないけど、それで合ってるんだ。お願いだから僕の言うことを聞いて」

 そうすれば、と言いかけたところでまたヴェルドは咳き込む。同時に吐血しだすも、それに対してメラにできることはなかった。ただ膝をついてしゃがみ込んだまま、その様子を眺めることしかできない。どちらもメラの知らぬ人物だ。その二人は信用に足るのか、そして生きている見込みがあるのか。メラが尋ねるよりも、コッコが近づいてくるほうが早かった。ゆっくりとした足取りでメラとヴェルドの隣まで来た彼女は、やはり飄々とした声で「そろそろ話し終わったかい?」と宣う。ヴェルドは当然返事などできるわけもない。メラは顔を上げず、ただじっとヴェルドへ視線を合わせた。無言で否定を示した。しかし彼女にそれは伝わらなかった。もしくは、くみ取った上で無視を選択されたのかもしれない。

「じゃあもう、お礼の時間はおしまいでいいね」

 視界の端に映っていた巨大な鳥の足のうち、片方が上へと消えた。メラはそれを認識し、しかし己が反応するより先にそれはまた視界へと現れる。地に伏せるヴェルドの頭上から現れたそれは速く、真っ直ぐ、その頭蓋を踏み潰して地に着いた。人間の脳を見るのは人生で二度目であった。一度目は父と母、そして二度目は友だった。

「君ら二人はきっちり殺しておきたかったからさあ。大丈夫、一瞬で殺してあげるよ。そのくらいの恩情はあるさ」

 特に君は現場で尽力してくれたもんね、と続けて彼女の声が上から降ってくる。メラは顔を上げられなかった。化け物の足の側に、白い球体が一つ転がっている。その側面にある青い虹彩は、数秒前まで確かに己を映していた。それをじっと見つめながら、メラはやっとの思いで口を開いた。

「暴れているのは共生化魔獣と人間化魔獣か?」

「そうだよ。君たちのおかげで今や大陸全土に分布している」

「何が起こった?」

「魔岩の波長を変えた。二つともね。それだけだよ」

「なんでそんなことを?」

「なんで、って言われても」と返ってきた声は揺れていた。それが嘲笑によるものだと、メラは声だけで判別できた。

「私たち、新人類だよ? 肉体も頭脳も君たちを上回っているんだよ? なにが共生だよ馬鹿馬鹿しい。いつまでも君たちに強制され続けるわけがないだろう?」

 でも大丈夫! と彼女は続ける。演技掛かった明るい声色に、メラの心は怒りを、そして脳は軽蔑を湧き上がらせる。

「君たち二人の名は功労者として歴史に残してあげるよ! 石碑とか建てておいてあげるね。それじゃあおやすみ。お疲れ様」

 メラはやっと顔を上げた。同時にコッコの腕が降り上がる。堅いうろこに覆われてはいるが、その細さも短さもやはり一般的な少女のそれと変わらない。しかしその先にある巨大な異形の手が、そこから伸びている鋭い鉤爪が、メラの脳に明確な死を予感させる。その恐怖から逃れるべく、メラは上体をひねった。右手を一瞬地に着き体を起こした。膝ではなく足の裏で地を蹴りかけだそうとする。

 そこでメラの意識は途切れた。

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