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ラディヴィータの伝説と、ソルミラの詩から。  作者: 荒間文寧


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1-2

 職員三人で話し合った結果、一人がギルドに残って見張り、朝になったらさっさと叩きだして宿泊部屋の清掃、ということで落ち着いた。泊まりはオルソが二つ返事で引き受けてくれることなり、その後は何者なんだろうかとあれこれ言い合うも結局「よく分からん変なヤツ」以外のことは何も分からなかった。結論としては「夜になっても悪さをしなければまあ、何者でもいいだろう」と言うことで落ち着き、終業時刻を迎えたメラとスコイアは自宅へ退散することとなった。

 そして翌朝。

 メラが出勤すると、少年はもう起床していたらしい。受付ホールに備え付けられた長椅子にぼんやりと座っていた。

「所長さんおはようございます」

「ああ、おはよう」

 あまりに平然と挨拶をしてくるものだから、メラも思わず返事をした。時刻は八時五分前である。

「さっさと帰れよ。また不審者だって言われると面倒くさいからな」

「海を見たら出て行くよ」

 そういえば昨日も言っていたな、と所長室での会話を思いだす。なぜ海なのだろうか。ソルミラの海は荒くて暗い。見ていて気持ちのいいタイプではない。

「俺、海って見たことないんだよね。泳げるかなあ」

「無理に決まってるだろ」

 冬も目前である。入ったら心臓が止まるほどには水温も下がりきっているだろう。悪い奴には見えないが、やはりまともとも言いがたい。本当に彼は何をしにこの村へ赴いたのか。疑問は解けないままのメラに背後から「おはようございます」と声が掛かる。見張りがてら泊まってくれたオルソであった。

「宿泊部屋の清掃、終わりました」

「俺汚してないよ」

「はい。なのですぐ終わりました」

「そりゃよかった」

 悪かったな泊まりで仕事させて、とねぎらうメラに、オルソは嫌な顔一つせず首を振る。そのまま「朝飯だけ食べに抜けてもいいですか」と言うのでメラは頷いた。

「そこの飯屋に行ってきます」

「え、俺も朝ご飯食べたい。お店着いていっていい? 何屋さん?」

「えーっと、普通の定食屋です」

 急に絡まれて驚いたのだろう。困惑しながら答えるオルソに向かって、メラは若干申し訳なく思いつつも「連れていってやれ」と促した。

「そんで食べ終わったら山の麓まで送ってやれ」

「はい」

「やったー」

 宿屋はないけどご飯屋さんはあるんだね、などとやはり屈託なく話す少年を連れて、オルソはギルドを後にしていく。押しつけてすまん、と内心で謝りつつ、まあこれで不審者対応が完了したことにメラは胸をなで下ろした。この後は普段通りの仕事が待っているだけである。入れ違いで出勤してきた受付嬢のスコイアに挨拶をしながら、メラは所長室へと入っていった。



 所長室の戸が叩かれたのはそれから三時間後のことであった。時計を確認した時点でメラの胸中を嫌な予感が満たしていく。九時到着じゃなかったのか。時刻はすでに十一時に近い。そして入室してきたスコイアの眉がハの字に下がっているのを見て、メラは確信した。

「所長すみません、あの、来たんですけど……」

「なんて?」

「聞いていた話と違う、って」

 またかよ、とため息をつきながらメラは嫌々席を立つ。この村に常駐している冒険者がいない以上、魔獣がらみの問題が起こった際はギルド経由で他の村へと依頼を出して冒険者に来てもらうしかない。今回出した依頼の内容は小型魔獣の駆除と調査だ。三体の存在は確定しており、村の近くまで降りてきているので駆除が最優先。こちらが把握できていないだけでもっと個体数が多い可能性もあるから調査して巣穴を見つけてほしい、といった内容だ。明快で分かりやすい依頼だと認識していたのだが、いったい何を揉める要素があるのか。訝しみながらメラは受付カウンターへと出て行く。その向こうにいる四人組が目路に入った瞬間、メラはあー、と口から嘆きを漏らした。黒と紫を基調とした鎧は傷だらけで手入れが今ひとつ。その上戦闘に不要なとげの装飾が施されている。入れ墨にピアス、髪を編み込んでいる者もいる。なにより立ち姿と目つきで分かる。善良で優秀な冒険者はギルド、それどころか村の中でこんな立ち振る舞いをするわけがない。またかよ、とため息をつきたい気持ちをぐっと堪えて、メラは視線をそらさずにカウンター内から声をかけた。

「所長のメラです。依頼内容に齟齬があったと伺いましたが」

 カウンター越しに四名は、実に品のない視線をぶつけてきた。しかし数秒後にそれは別の色に変わる。別に彼らの態度が柔和になったわけではない。メラの体躯を見て舐め腐る方向へ変わっただけだ。よくある話である。

 前方に立っている、一番がたいのいい男は露骨に見下した目で、というか身長的に実際見下げられているのだが、一度鼻を鳴らしてから口を開いた。

「小型三匹って聞いてきたんだよこっちはよお」

 カウンター上に置かれていた依頼書をトントンと人差し指で叩きながらも、視線はメラから外そうとしない。

「三体以上確定? しかも巣穴の調査? こっちは四人でこんな辺鄙など田舎まで山越えて来てんだよ。こんなやっすい金額で引き受けられるわけねえだろ。倍は出せよ倍は」

「きちんと記載しております。そちらの確認不足ですよね? 報酬額は相場と同等ですし、きちんと旅費代も上乗せしてます」

 ご覧の通り小さな田舎の村ですから、弾めるだけの財源はございません。

 メラがそうきっぱり言い張ると、目の前の冒険者は露骨に顔を歪めて舌打ちをした。そのまま振り返り後方の三人とボソボソと相談を始め、結論が出たらしくまた憎たらしい顔でメラのほうへと向き直る。

「んじゃ帰るわ。旅費だけよこせよ」

「そちら都合のキャンセルになりますので出せませんね」

 メラが言い終わるよりも先に、冒険者四人はそれぞれの獲物の柄へ手をかける。それと同時に、メラの背後でこっそり見守っていたスコイアがすっと奥へ退避していく気配がした。ここで動揺や怯えを見せようものなら、その瞬間にこちらの負けが確定する。なぜこんなガラの悪い駆け引きをギルド職員がせねばならないのか。こんなことをするためにこの職に就いたわけではない。しかし誰も助けてはくれないので、メラは涼しい顔を崩さぬように心がけながらここに立っているしかない。

「ギルド職員に手をかけるのはお勧めしませんよ。冒険者をやめるのであれば構いませんが」

 冒険者は乱暴にカウンターを足蹴にする。彼の足裏と板がぶつかり暴力的な音が鳴り響くが、ここで眉一つ動かさないのがド田舎ギルドの所長として上手くやっていくコツである。こちらに引く気が一切ないことに気がついたのだろう。そのまま冒険者四名は踵を返して出て行った。当然、彼らは乱暴にドアを閉めることを忘れていかなかった。

 と同時にひょっこりと後ろからスコイアが戻ってくる。「なんなんですかね、冒険者って」と露骨に嫌そうな声で言った。

「本当にろくなヤツがいないですよね」

「そうでもない」と呟いてメラはカウンターを出て反対側に向かった。蹴られた部分が破損していないか確認したかったのだ。

「というか本来、まともな冒険者のほうが圧倒的に多いぞ」

「本当ですか? 九割の確率で野蛮人ですけど」

 カウンターの前面にしゃがみ込んで全体を見回す。特に割れている部分はなさそうだ。

「評判のいい冒険者は地元で美味しい案件が取れるからな。わざわざこんなところまで遠征してこなきゃいけない奴は大抵つまはじき者だ」

 上から「なるほど」とスコイアの声が落ちてくる。

「で、あの魔獣はどうするんですか?」

「もう一回依頼を出し直してくる」

 メラはすくりと立ち上がった。同時に「悪いが再依頼の書類を作ってくれ」とお願いすると、スコイアは「はあい」と随分やる気のない返事を寄越した。

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