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ラディヴィータの伝説と、ソルミラの詩から。  作者: 荒間文寧


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4-7

 空が白み始めている。随分と長い夜であった。メラとセルペ、そしてヴェルドの三人は並んで街を歩いていた。

「宿はどこに?」

「メラさんの家に泊めてもらってます」

 研究所を出た後にあった会話はこれだけだった。そのあとは三人とも無言である。

 メラが住んでいるギルド職員寮までたどり着き、エントランスの入り口で解散、となるかと思いきや、そこでヴェルドが不意に口を開いた。

「あの研究は、組織摘発後にすぐ始まったわけじゃないよ」

 彼は視線を合わせてこなかった。どこかバツが悪そうに、ぼんやりと遠目を見つめながら言葉を続ける。

「数年間、政府内でもどう扱うかで揉めていたんだ。結局、全てを廃棄って方向で決まりかけていたところに待ったをかけたのがロッチャ様だ」

 ロッチャ様、とはこの国の王女の名である。亡くなった第一王妃が残した唯一の子だ。この第一王妃の薨去からの第二王妃との成婚、そして男児出産の間には王族貴族による盛大な政治争いが勃発しており、裏では結構な血も流れたらしい。平民孤児のメラには縁遠い話だが、王女の名を出したヴェルドにとってはそうでもない。第一王妃は公爵家の出身であり、ヴェルドの家である侯爵家は数百年に渡りそこに頭が上がらないのだ。第二王妃が男児を産んでいる以上、こちらの派閥はなかなかに厳しい立場にある。だからといってはい寝返りますとも、諦めて大人しくなりますともならない、らしい。メラは蚊帳の外からぼんやりと眺めるだけの話だが。

「凶暴化魔獣対策は当時も今も変わらず、この国が早急に解決すべき課題だ。根本的な原因は不明だし、対抗策は人力、冒険者頼り。打開の一手になり得る可能性がある以上、リスクを負ってでも研究を引き継ぐべきだ、と言って彼女は聞かなかった。全責任は自分が負う、とも」

 それで王宮の側に研究所があるのか、とメラは合点した。と同時にこの話を鵜呑みにするべきではない、とも思う。リスクを負ってでも成果を、それも大きくて誰の目にも見えるだけのものを上げなければいけない理由が王女、ないし王女派にはある。

「あんな場所で暴れられては大惨事だからね。安全管理は徹底してる。なにより、こちらで引き取ってからの研究は当時と比べものにならないほど飛躍的に進捗を上げているんだ。なぜか分かるかい?」

 そこでヴェルドはやっとメラを見た。その表情は随分と落ち着きを取り戻していた。メラは首を横に振って否定してみせると、ヴェルドはまた話を続けだす。

「彼女が血を提供しているからだよ。あの魔岩、そして核はこの地から出土されたものだ。王族がなぜ王族たり得るのか。血だよ。このコンテッラ大陸の木を骨とし、水を血、土を肉として生まれた最初の人間。ラディヴィータ創世譚。孤児院にいたメラのほうがよっぽど詳しいでしょう? メラは賢いから言葉の通りに受け取ったことは一度もないだろうけど」

「そうだな」

「彼女だってなんでもできるわけじゃない。血は提供できても、研究はできない。コッコだって研究はできるけど、表だって共生具を布教するのは無理だろうね。そして僕の血は使い物にならないし、研究もできない。でも布教はできるよ。メラはどうするの? 一人で、なにが、どこまでできるの?」

 残念ながらその問いに、メラは即答することができなかった。

「失った犠牲を取り戻すことはできない。だからそれによって得たものを絶やさずつないでいくしかないよ。だからその子も廃棄されずにここにいるわけだし」

 最後にちらりとセルペへ視線を向けてから、ヴェルドは「それじゃあおやすみ」と会話を切り上げて帰って行った。

 彼の背が見えなくなっても、二人は玄関前に立ち尽くしていたが、やがてメラは頭を掻きつつ「部屋戻るぞ」とセルペへ声をかける。しかしセルペは動こうとしなかった。

「ねえメラさん。俺って、ソルミラに戻っていいのかな」

「いいに決まってるだろ」

「でも俺が帰ったら、凶暴化増えるんでしょ」

「お前は村の側の凶暴化を倒すことだけ注力していればいい。増やさないとか、減らすとか、そういうのは……」

 と言いかけてメラは一度、口を噤んだ。眼前の、しょんぼりと眉を下げるセルペを見ながら、メラは一つ息を吐く。そして「俺の仕事だ」と言い切った。

「ソルミラでも共生化魔獣が堂々と飼えるようになるまで耐えてくれ。そんで共生具による抑制効果を高めるとかそういうのは、また研究所が頑張ってくれるだろ」

 うん、とセルペは小さく頷く。しかしその顔にはまだ不安が残っている。

「俺からお前に言えることはあのときと変わらない。ソルミラのこと、頼んだぞ」

「……うん。ありがとう」

 セルペはやっと見慣れた笑顔でへにゃりと笑った。

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