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ラディヴィータの伝説と、ソルミラの詩から。  作者: 荒間文寧


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4-6

 地上で行われている研究は、共生具による魔獣の共生化で間違いない。この地下でやっているのは、魔獣の人間化だ、とコッコは語った。

 どちらも元はあの、十八年前の事件をきっかけに解体された組織が行っていた研究である。細部が異なっていること、そして後者の人間化は民衆の理解を得るのが難しい可能性が高いため、便宜上別々に研究をしている。

 使う器具の仕組みは同じ。そこにはめ込んでいる魔石の種類は見ての通り異なっている。

「共生具は、凶暴化していなければどの魔獣にも使用でき効果もすぐに現れる。当然知っているね?」

 確認するようにコッコは二人へ投げかける。メラはもちろんのこと、講習を受けたばかりのセルペも把握していた。両者が頷くとコッコはまた話を続ける。

 人間化はそれとは異なる。幼少期、生後三ヶ月以内の魔獣に取り付けなければ上手く機能しない。今のところは。

 そして共生化のような即効性はない。少しずつ、成長の過程で人間に近づいていく。この部屋にたどり着くまでに見てきたのが、その被検体たちであった。

 共生化を民間に公開して、なおかつ使えるようにしたのは有害性がほぼないからだ。これまでの研究で、ほぼ無害だろうと結論づけられている。それどころか有益だ。これは使用されている魔石の効力のおかげだ。

「察していると思うけど」とコッコは背後の巨大な岩を手で示す。

 それぞれに使用されている魔石は、そこから切り出されたものだ。魔岩、と呼んでいる。

 半透明だから凝視すれば分かると思うけど、中央に核がある。魔岩と称しているが、周囲の部分はこの核が生み出しているんだ。放っておくと少しずつだが、どんどん大きくなっていく。

 共生魔岩の核は魔獣の凶暴化を抑える波長を発していることが判明しており、この魔石部分はそれをキャッチして増幅する。切り出した後もその効力は残ったままだ。

 つまり共生化された魔獣を各地に配備できれば、野生の魔獣が凶暴化する可能性が下がっていく。

 とはいえ野生の魔獣に片っ端からつけるほどの量産はできない。そして従来の魔獣より穏やかになる反面、野生での生存率は当然下がる。魔獣本体が死んでしまっては効果は発揮しない。よって人間が飼育する必要があり、そのためにこうして免許取得のハードルを下げている。

「本当は、地方にこそ早く展開するべきなんだ」

 そう零すコッコに向かって、メラは「無害なんだろ? なぜ渋っている」と投げかける。

「共生化自体は無害だよ。凶暴化を加速させることもないし、人体に害を及ぼすこともない。だけど共生具の取り付けに不備があったり、不良品に当たったりすると上手く発動しなくて共生化できないことはある。世間様はそれを、飼っていた魔獣が暴れた、と受け取ったりするからね。まずは中央の手の届く範囲でやらせて、世間に慣れさせる必要がある」

 だから君がやっている、共生化普及の仕事はとっても大事なんだよ、とコッコは続けるが、ご機嫌取りのような言い方がメラは気に食わなかった。そもそも、彼女の言い分が正しいのかどうか、それを判別するだけの知識をメラは持ち合わせていない。

「ソルミラの山に放っていっただろう。生存率が下がるんじゃなかったのか?」

 その問いに答えたのは、ずっと静かに座っていたヴェルドであった。

「そこはやむを得ず、ってところ。メラを中央へ戻すために、ソルミラの狂暴化率を下げたかった。でもメラに飼ってもらうわけにはいかないでしょう?」

 確かにあの冬の間、ソルミラの凶暴化魔獣の報告件数は少なかった。それでも決してゼロではない。考え込むメラに対して、コッコが「それからもう一つ。一番魔石との相互作用が見たかった」と付け加える。

「一番、って俺のことだよね?」

 隣に座ったセルペが、おずおずと自身を指さしている。「そうだよ」とコッコは大きく頷いた。

「君の人間化に使われている魔石だ。共生化は公にしたけど、人間化を秘匿しているのは当然理由がある」

 君は、と言ってコッコはメラへと視線を戻した。

「これを聞くと激怒するに違いないから、本当は言いたくないんだけどね。この人間化魔岩の核も波長を出していて、やっぱり魔石も波長を拾って増幅させる」

「それはいいことだろう?」

「出ている波長が違うんだ」

「人間化側の効果は?」

「周囲にいる魔獣の凶暴化を促進する」

 メラは言葉を失った。と同時に今までの情報が脳内で繋がっていく。あの組織がしていた研究。一番。凶暴化の促進。

 まさか、とメラは隣を見る。セルペは放心した顔で、そっと自身の胸に手を当てていた。その手は微かに震えていた。

「君は唯一、うちではなくあの組織が人間化した魔獣だ」

 あの組織は研究を進めていたが、人間化のほうは失敗続きでなかなか成功しなかった。最後かつ、唯一の成功例がセルペである。

 十八年前、あの隠された施設で、生まれたてのセルペは人間化を施された。

 今より低い技術力によって作られた器具は成功と引き換えに、とんでもない量の波長をまき散らしてくれた、らしい。

「まあ、私はまだ生まれていなかったから、記録でしか知らないけれど。君はよく知っているだろう?」

 知っている、なんて次元ではない。この世で一番、嫌というほど理解しているのは間違いなくメラ自身である。しかしメラ以外が全く知らないわけではない。記憶はないと言っていた。それでもセルペには、あの晩メラが話を聞かせてしまっている。

 並んで座る二人の、怒りとショックをおざなりにしたまま、コッコは「でもまあ、あれから研究はかなり進んでいるんだよ」などと話を続けた。

 装着時に凶暴化波長のばらまきは相当抑えられるようになり、そして装着した魔獣の成長速度が上がっている。

 当時の技術では、装着後の魔獣の成長速度は人間と同様だった。それが今ではかなり短くなってきている。これは器具に依存しているため、最近人間化を施した被検体ほど成長が早い。

「ただ、装着後に波長を拾って周囲の凶暴化を促進することだけは、まだ止められていないけどね」

「なぜその状態で外に出した? セルペだけじゃないだろう。ここ数年、若い冒険者が地方で異様なほど活躍している。それも全部、人間化した魔獣なのか?」

 睨みつけている自覚はあった。自身から出てくる声に孕まれた怒気にも気づいている。しかし軟化する選択肢も、その余裕もなかった。

「お前らは地方を実験場だとでも思っているのか」

 メラが真正面からぶつける憤怒と軽蔑を、コッコは受け止める気はないらしい。もしくは、受け止めた上で取るに足らないと思っているのかもしれない。

「この国に必要なんだよ。その強さを君は理解しているはずだよ」

 確かにセルペの、人間化された魔獣の強さをメラは知っている。冒険者の経験がない、と語る彼の言葉を、メラはずっと信じることができなかったほどに。

「我々は新人類、と呼んでいる。当然、そう呼ぶだけの理由もある」

 人間と見た目の区別がつかなくなるまで成長した個体でも、肉体か頭脳のどちらかが大きく発達した状態となる。頭脳派は少ない。大抵が肉体、主に筋力や動体視力、聴力が人間以上に優れた個体ができあがる。

 これを研究所内に閉じ込めておくだけでは勿体ない。当然教育は施しているし、人に害を与える可能性が低いかどうかは放つ前に精査している。

「今のところ、放した個体が問題を起こした事例は報告されていない。確かに周囲の凶暴化は増えるが、あれらがいれば凶暴化魔獣なぞ簡単に討伐できるんだ。たいしたデメリットではないだろう。こちらとしても人間とともに生活が送れるか見たかったんだ。この子がきてソルミラはどうだった? 助かったんじゃないかな?」

「そりゃ助かったよ。でもそれは結果論だろ? デメリットを隠して部外者がやっていいことじゃない」

 まるで地方のため、そんな言い草がメラは心底気に食わなかった。怒りのままメラはまくし立てる。

「他の魔獣はどうなんだよ。全ての個体が冒険者として地方に貢献しているのか? 強さにかこつけて害を与えているヤツは? 凶暴化を促進する波長を散蒔くばかりで碌に仕事しないヤツだっているだろ」

「人間社会の中で彼らがどう立ち振る舞うのか。そこも含めてどうなるのかを確認したかったからね」

 つまりはそれによって地方が害を被る可能性も理解した上でやっているわけだ。メラは立ち上がろうと腰を浮かしたが、隣から伸びてきた手によって阻まれる。当然セルペである。メラの二の腕を掴んで抑えている。しかしその顔はメラを見ていなかった。視線はコッコへと向けられたままである。

「俺がソルミラにいることで、山の魔獣たちが凶暴化してみんなに迷惑がかかる、ってことですか」

「確かに君がいることで魔獣が凶暴化する可能性は上がる。でも立ち去ったからといって凶暴化がゼロになるわけじゃないよ。発生したら君以外の誰かが倒さなくてはならない」

 だから、君たちのやることは変わらないよ。とコッコは語る。

「君はソルミラで冒険者として村を守る。君は共生化の普及に尽力して地方の凶暴化を減らす。せっかく教えたのだから、これからは今以上にキビキビ働いてほしいものだね」

 私から教えられることは以上だよ。と言ってコッコはソファから立ち上がった。

「送ってあげなよ」

 ヴェルドにそう言いつけて、さっさと研究室から去って行く。ヴェルドへ連れられて、メラとセルペも研究所を去ることになった。

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