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レンガ造りの研究所はこぢんまりとした一階建てだ。見張りもいない入り口を彼女は躊躇いなく開けて入っていく。中は明かりが灯っており、入り口すぐ右手側の受付カウンター内には夜勤らしき職員が一人座っていた。反対の左側には腰ほどの高さしかない木製の柵で仕切られ、向こう側には小型の魔獣が何体も丸くなって眠っている。それより奥は壁と扉で仕切られて見ることは叶わない。
「あっちが共生化の研究施設」と眠る魔獣たちの方向をコッコは指さした。
「で、君たちが知りたがっているのはこっち」
カウンター奥の壁にある扉へと、その指は示す場所を変える。驚いた顔をして座っている職員に「お疲れ。気にしないで」とだけ声をかけて、彼女はずかずかとカウンター内へ入り込んでその扉を開く。
「暗いところは、大丈夫だよね? 閉所は? 平気なら着いておいでよ」
先行するヴェルドに次いで、メラとセルペもカウンター内まで移動し開かれた扉の先を見る。そこには地下に向かって、石造りの下り階段が伸びていた。彼女は壁にいくつも掛かっているランタンを一つ手に取り、その階段を下っていく。三人もそれについていった。突き当たりには頑丈な鉄製のドアが待ち構えており、それをくぐった先は階段ほどではないが薄暗い。真っ直ぐ一本道が伸びており、その両脇には鉄格子がずらりとはめ込まれていた。中は区切られているらしく、ほぼ均等な位置から、何かが一斉に視線を向けてくるのが分かる。刑務所だと思っていた、とセルペはかつて語った。そう思うのも無理はない、と納得しながらメラは怖々と周囲を見回す。室内の作りは完全に小規模な刑務所だ。説明もなく無言でコッコとヴェルドは正面の扉へ向かって歩いて行く。その後ろにつきながら、メラは鉄格子の中にいる生物を見た。人間だった。少なくとも、メラには人間にしか見えない。入っているのはどれも十歳から十六歳程度だろうか。少女たちは上半身まで覆われたワンピース型の服を着ていたが、少年たちは皆ズボンのみを身につけている。そしてその上半身には、セルペと同じ赤い魔石が輝いていた。
それを横目に見ながら、コッコが開けた次の扉を四人でくぐる。部屋の作りは全く同じであった。またしても通り過ぎながら檻の中をメラは確認する。そこで息を呑んだ。そこにいたのは人間ではなかった。少なくとも、メラには人間には見えなかった。体のつくり自体は人間と酷似している。彼らは二足歩行で、手を使って生活するのだろう。しかし見た目は大きく異なる。個体によって程度も部位も様々だが、人間ではあり得ない形状をしていた。それは動物や魔獣の特徴に限りなく近い。
右腕が大きく肥大しており、黒い毛に覆われて長い爪を保持している者、布に覆われた腰の下から伸びる足が鶏のようになっている者、体こそ人間そっくりだが、頭部が魔獣にしか見えない者もいる。首から上がすげ替えられたかのように毛に覆われ、頭の上に獣耳が生えており鼻はマズルのように伸びている。そして額の中央にも目が開いているところを見るに、動物ではなく魔獣なのだろう。
動揺して立ち止まるメラと同様に、隣を歩くセルペもやはり足を止めている。驚く二人と対照的に、コッコとヴェルドはさっさと先へ進んでいく。奥の扉をまた開けて、二人は振り返ってメラとセルペを待っている。立ち止まっていた二人は一瞬だけお互いの顔を見た。しかしすぐに、扉の先へと向かった。
そうして一室ずつ進むごとに、檻の中の生物たちは人から魔獣へと近づいていく。二足歩行から四足歩行へ、人間の皮膚らしき面積は減り、毛皮や鱗で覆われた部分が増えていく。最後の部屋にいたのはもはやただの魔獣であった。おそらく生まれてからまだ一ヶ月前後だろう。明らかに幼体で小さな魔獣が檻の中に入っていた。そしてどの部屋の、どの生物も全て胸に赤い魔石が装着されていた。
魔獣の幼体が並ぶ部屋の先、最後の扉は別の形状をしていた。随分と複雑なからくり仕掛けの錠が設置されており、先頭を行く彼女は何やらそれをガチャガチャと動かしている。そうして開いた扉の向こうは、やはり今までとは別の作りをしていた。先ほどまでの薄暗さとは対照的に、その部屋は煌々と明かりがついている。いくつもの机が並んでおり、大量の書籍と紙があちらこちらに散らばっていた。被検体ではなく研究者のための部屋なのだろう。夜分遅いこともあってか、白衣を纏った人物が一人、机に向かっているだけであった。まさしく事務所や研究室と呼ぶにふさわしい。しかし目を引く点が二つある。一つは、天井が異様に高いことだ。六メートル近くあるのではないだろうか。わざわざ高く作ってある理由は明白だ。奥の壁際、その中央にそれはあった。頂点が天井につきそうなほど大きな岩が二つ、そこに鎮座している。一つは共生具に使用されている魔石そっくりの緑色、もう一つは先ほどまで見てきた、彼らの胸にあった石同様に真っ赤である。巨大なそれをぽかんと見上げるメラとセルペに向かって、コッコが「座りなよ」と声をかけた。いつの間にか彼女は部屋の隅にいた。二人かけのソファが二脚向かい合っており、その中央にローテーブルが置かれている。応接用に簡易的に用意してあるのだろう。おずおずと移動して、メラとセルペは並んで座る。向かいに残りの二人が座ると同時に、気を利かせた研究者がお茶を持ってきてくれた。
それに礼を言いつつ、さて、とコッコはセルペへ向き直った。
「もう分かっていると思うけど、冒険者の姿はフェイクだ。私はここで研究者をしている。あの日ソルミラには、君の様子を見に行ったんだよ、一番君」
「一番?」とセルペは首を傾げる。それを無視して、コッコは話を続けた。
「本来なら君たちが知っていい情報じゃない。君は殺してしまうべきだし、君は再収容すべきだろう」
それぞれメラとセルペを指さしながら彼女は言った。随分と物騒な物言いなのに、そこに悪びれる様子はない。
「でも殺すのは彼が許さないみたいだし、そうすると再収容は君が許さないよね。だからここは臨機応変に、君たち二人に教えてあげることにしよう。長くなるけど、構わないよね?」
当然のように頷くメラとセルペに対して、コッコは満足そうに笑った。




