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ラディヴィータの伝説と、ソルミラの詩から。  作者: 荒間文寧


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4-4

 結局のところ、メラは始めから警戒していたのだ。現在の時刻は正確に把握できない。しかし備え付けの安っぽいカーテンの向こうからも明かりが差し込んでこないので、夜中で間違いないのだろう。真っ暗な自室でメラはぼんやりと覚醒した。まだ目は暗闇に慣れない。しかし微かな物音と、ひっそりと動く気配は確かに拾うことができた。頭の片隅に、意識の端でどこか可能性を考えていた。だからメラはこうして目を覚ました。音を立てないようにゆっくりと身を起こすころ、やっと目が慣れてくる。黒一色だった視界のなかにゆっくりと輪郭が現れ出す。動く人影は玄関戸の前へと移動した。静かに、忍ぶようにゆっくりと開く戸の音は確実にメラの耳へと届いていた。それが開ききるよりも先に、メラは「セルペ」と呼びかける。

「どこに行く気だ?」

 抜け出そうとするセルペの影は動きを止めた。もしかしたらメラの方向を振り返っているかもしれない。彼は返事をしなかった。きっと言葉が見つからないのだろう。メラに黙って抜け出そうとしていたことは明白だ。一向に答えは返ってこない。メラはため息をついてベッドから出た。そのままゆっくり室内を歩いて、セルペの隣へと立つ。

「案内してやる。……研究所だろ?」

 やばそうならすぐ引き返すからな、と念を押して、セルペが開きかけていたドアを掴んだ。


 研究所は王宮の門塀内にある。これは免許発行開始と同時に民間にも開示された情報だ。メラの故郷に降り注いだ悲劇からまだ十八年と少ししか経過していない。王都のど真ん中に魔獣の研究施設があることに当然反発の声はあった。しかし塀の向こう側に作られていることの一点のごり押しでなんとか押し通している。この国で一番の戦力を保持しているのは王政であり、同時にその戦力が常駐しているのは王宮だ。万が一が起こった場合は魔獣が塀を越えるより先にその場で制圧する。僻地に作るより安全でしょう? とのことらしい。メラからしたら正気の沙汰とは思えないが、秘匿されていただけで十何年も前からこの状態なのだ。声を上げたところで王女派の貴族連中から叩き潰されるだけだろう。

 月と星の明かりだけを頼りに、メラは石畳の上を行く。斜め後ろから、セルペは静かに着いてきていた。日中と比べると随分気温も下がっている。左右にずらりと並ぶ建物からも明かりは漏れていない。酔っ払いすらもう自宅に帰って眠る時間であった。

 それでも王宮の門塀まで行けば当然人が待ち構えている。使われた形跡のない鈍色のシンプルな甲冑を身に纏い、やはり使われた形跡のない槍をそれぞれ手にしている。

 ラディヴィータ王国はすでにこの大陸を治めており、ソルミラとは反対の南側は他国と海を挟んで多少の小競り合いが起こっているらしいが、その被害が王都まで及ぶ可能性は露ほどもない。王政に対する反発の声も、警戒するほど大きなものは上がっていない。要は平和惚けしているのだ。塀だって石造りで分厚くはあるが、研究所の屋根が見えるほど低い。門番の目路に入らないように距離を取りながら、メラはセルペへ耳打ちする。

「俺が知ってる研究所はここだけだ。見覚えは?」

「暗いから印象が違うけど、多分ここだと思う」

 そうか、と頷いてからメラは警備の観察をする。侵入できる穴を探すメラに対して、セルペはじっと考え込むように立っていた。やがて「あのさメラさん。後は俺一人で行くよ」と零す。

「万が一バレたときにまずいでしょう?」

 メラは彼へと向き直った。セルペは情けなく眉をハの字に下げながら口元だけで笑ってみせる。メラは躊躇いなく、大きく首を横に振って見せた。

「お前がソルミラにいたことも、今日俺と接触してることも知られているんだ。今更だろ。お前が無茶しないか見張ってるほうがよっぽど安全だ」

 本当は咎めて引き留めるのが最良なのだろう。メラもそのくらいは理解している。しかしそうしたところでセルペは一人で行く。侵入したところで望んでいる情報が得られるとは限らない。バレたら酷い制裁を喰らうと分かっている。それでも調べずにはいられない。理由は違えど、メラには身に覚えがありすぎた。それと同時に罪滅ぼしの意識もある。数ヶ月も共生化に関わっておきながらろくな情報が掴めていない。

 近衛の死角になっている場所を見つけ出し、メラは「こっちだ」とセルペを連れて移動する。再度周囲を確認してから、セルペは持ち前の身体能力でひょいと塀へ上がった。向こう側をのぞき込んでから大丈夫だと合図を送ってくる。ではメラも、と登ろうとするが残念なことに筋力も身長も足らなかった。セルペの手を借りてなんとか上がりきったところで「ちっちゃいなあ」と笑われる。腹が立ったので蹴り落としてやろうかと思ったが、物音を立てると危険なので我慢してやった。

 内側へと降りたって、周囲を警戒しながら研究所方向へと進む。近衛がいるのは王宮側ばかりであり、離れのように建っている研究所付近は随分と手薄だ。これなら内部まで入れるのでは、と欲を掻いた瞬間だった。五メートル前を行くセルペがこちらを向いて目を見開く。彼が動き出すよりも、そしてメラ自身が振り返るよりも先にメラの後頭部へ鈍痛が走る。割れるような痛みとともに鳴り響いた音は情け容赦のなさを物語っていた。不意打ちの攻撃に為す術なく横へ倒れ込んだメラの側頭部が真上から踏みつけられた。靴底のざらつきをこめかみに感じながら、メラは必死で眼球を動かす。相手が持った角材を辿るように視線を上げる。その顔を、その視線をメラはよく知っていた。実に六年ぶりであった。ソルミラ行きを告げられたあの日と同じ、害虫を蔑むような視線を向けながら、ヴェルドは加減なく力一杯メラを踏みつけてくる。

 メラの身を按じているのだろう。下手に動けず構えているセルペになど目もくれず、ヴェルドは踏みつけていた足を上げた。そしてまたメラの後頭部めがけて勢いよく足を降ろす。

「何回言ったら分かるんだよお前は!!」

 地団駄でも踏むように、大声を上げながら彼は執拗にメラの頭部を踏みつけ続けた。

「そうやって余計なことばかりしやがって! なんで勉強はできるくせにそんなに頭悪いかなあ! なんにも知らないんだから僕の言うこと聞いてればいいんだよそうすれば上まで連れて行ってやるって散々言ってるだろ!!」

 初手の後頭部殴打による頭のぐらつきは未だ治まらず、なんとか庇おうと上げた手は碌に力が入らない。よって頭とともに踏みつけられるばかりである。これだけ大声で喚いているのだ。とっくに周囲に気づかれているだろう。回らない頭で挽回の策を探るも見つかるはずもない。諦めかけたメラの耳に届いたのは、緊迫した近衛の足音ではなかった。この場に随分と似つかわしくない、飄々とした少女のような声であった。

「まあまあ、その辺にしてあげなよ」

 他者の介入によって、ヴェルドはやっと動きを止めた。それでも片足はメラの側頭部に乗せたままであり、易々と起こしてはくれないらしい。

「ただ従いなさい、の一言ではい分かりましたって従えるやつなんてそういないさ」

 どこか聞き覚えのあるような声であった。地べたに横たわったまま、メラは声の主を目路に収めようと務める。やはり声の通りに随分と小柄であった。数メートルばかり離れているせいで顔までは見えない。

 セルペ、ヴェルド、そして第三者でにらみ合うこと数秒、メラの耳にバタバタと複数人の足音が届く。同時に金属が擦れぶつかる音もする。騒ぎを聞きつけた近衛集が走ってきたらしい。

「気にしなくていい。私が中に招いて、そして揉めた。それだけだ」

「ですが、コッコ殿……」とメラの知らぬ声が躊躇っていたが、すかさずコッコと呼ばれた彼女は「君たちがうっかり見落として侵入を許したわけじゃないよ。……それともそっちのほうがいいかい?」と食い気味に言った。

「分かったら持ち場に戻るといい」

 やがて近衛たちは静かに去っていった。その足音が遠ざかるとともに、彼女はまたヴェルドを諭す。

「ほら足をどけなよ。これ以上騒ぐと面倒だ」

 そうしてやっとメラは解放された。すかさず駆け寄ってくるセルペの手を借りて起き上がりながら、先ほどからこちらを庇ってくれている人物を目視する。その顔を見て、メラはやっと思い出した。

「やあ、久しぶりだね。ソルミラでは世話になった」

 百四十センチかそこらしかない短身に、肩の上で切りそろえられたおかっぱ頭。研究者らしく白衣を身に纏った装いがあまりにも以前会ったときとかけ離れていたせいで、なかなか気づけなかった。ヴェルドがソルミラにやってきた際に連れていた冒険者のうちの一人である。

「とりあえず中に行こうか」

 察するに彼女は研究所側の人間なのだろう。しかしヴェルドは頷くことなく、ずっと不服そうにじろりとコッコを睨みつけている。なぜこちら側の味方をしてくれるのか。メラたちが検討をつけるより先に彼女は待たしてもヴェルドを諭しだす。

「一方的に支配しようとしたって無理だよ。ちゃんと情報を開示して、その上でちゃんと手伝って貰う。そうすればお互い気持ちよく仕事できるだろう? なにも知らせないまま自身の思い通りに操りたい、なんてのはいくらなんでも我が儘すぎるよ。彼に嫌われたいわけじゃないだろう? そこは尊重してあげなきゃ。君たちの、特に貴族連中の悪い癖だ。本当によくない」

 ほら行くよ、とコッコは再度三人へと告げる。明らかな怒りを浮かべていたヴェルドの表情が少しばかり動いた。どちらかと言えば不貞腐れている、と表現するべきだろう。不服はあれど彼女に従うことに決めたらしい。そしてメラとセルペも、ここで逃げ出す選択肢はなかった。

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