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ラディヴィータの伝説と、ソルミラの詩から。  作者: 荒間文寧


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4-1

 八月も中旬を迎えた。大陸の中央にある王都はとにかく暑い。何百年も前に木々は切り開かれたため陽を遮るものはなく、綺麗に舗装された石畳の道によって熱は照り返される。六年もソルミラにいたせいだろう。特に日中はあの涼しさが恋しくなる日もある。嘆いたところで太陽は加減をしてくれないので、汗を拭いながらメラは本日も教鞭を奮っていた。

 国立単発労働斡旋所本部、通称中央ギルドの一室では週五で講義が行われている。メラの眼前にいる受講者は年齢も性別も、そして服装もそれぞれ異なる。今日は十一名。半分は商人っぽいな、などと観察しつつ手元の資料を読み上げながら一部を黒板へと板書していく。目の前の受講者たちは長机に歯抜けに座って、手元の資料と黒板、そしてメラの顔、この三つに対して視線を行ったり来たりさせている。皆大人しく、真面目に受講する者ばかりだ。少なくともこの数ヶ月で、講義を邪魔するような行動をとる者はいなかった。

 ギルドが共生具の存在を、民間相手に正式に発表したのは四ヶ月と少し、つまりメラが転勤してすぐのことだ。同時に共生具使用免許制度も通達された。従来の魔獣飼育免許とは別に、共生具の使用とそれをつけた魔獣の飼育を許可する免許だ。合計三時間の講習と、その後に行われる筆記テストのみで取得できる。従来の魔獣飼育免許の取得難易度と比べると、異例の容易さである。

 発表直後こそ皆様子見をしていたが、今では冒険者やギルド職員、あと家畜化で商機を狙う商人あたりがこぞって取得に来ていた。

「続いて共生具本体の説明と使用方法に遷ります。一枚捲って十二ページ」

 とメラが言えば十一人分の紙を捲る音が鳴る。全員の様子を目視で確認してから、メラは教卓上の共生具を手に取った。

「こちらが実際の共生具です」

 と同時に全員の視線がメラに、正確にはメラの手元に集まる。掌サイズのそれは、ソルミラで魔獣二匹につけられていたものと同一だ。黒光りする金属製の金具からは鋭い爪が六本と太い針が一本伸びており、その中央には多面カットの緑色の石がはめ込まれている。そしてその石には一枚の細長い紙が貼られており、複雑な文様が描かれている。

「緑の石を魔石、中央の針が心針、六本の足を枷爪と呼びます。石には封印紙が張られており、これが封になってます」

 と手元の共生具を示しながら、メラは解説していく。針を心臓に到達させるように魔獣の体に刺した後、封を外すことで魔石が発動。それに呼応して六本の爪が体に食い込んだら問題なく発動された合図となる。針が心臓に到達していないと共生化はされないため、魔獣の大きさに合わせて適切な針のサイズを見極める必要がある。

「次ページに主要な魔獣と適用心針の一覧表が記載されています。講習後の筆記試験で出題されますので昼休憩中に暗記しておいてください」

 流れるようにメラは言った。制度開始前にヴェルドから告げられた目標取得人数は途方もない数字であった。落とすための試験ではない、とも繰り返し聞かされている。案の定ヴェルドは交易労務部の統括官から、中央魔獣制技部のトップへと移動していた。この部署へ来てから、つまり彼の部下になってから、メラは週五でこの講習をひたすらに繰り返していた。


 ギルド施設内に食堂が設置されているのは便利な反面、息が詰まるような感覚もある。職員が三名しかいなかったソルミラ支部とは違い、中央ギルドに従事している職員の数は八百を越える。そこに外部の研究者やら委託業者の営業やら、そして講習受講者やらも利用するものだからこの食堂はその辺の飲食店よりよっぽど広くて混雑している。壁に沿って作られた受け取り口と、部屋中にぎっしり並んだ長机は効率と清潔感だけを求めて作られたことが明白であり、ここへ来るたびにメラは学舎にあった食堂を思い出す。あれの大規模版としか言い様がない。

 熟練の食堂職員たちの手によって爆速で流れていく列に身を任せて、メラは日替わり定食を入手した。盆を持ったままゆっくりと歩いて空席を探す。ずらっと並んだ長机はほとんど埋まっていたが、受け取り口とはちょうど反対側の窓際、そこにカウンターのように並べられた席がちょうど二つ、並んで空いていた。そのうちの片方を拝借して、メラは黙々と食事を始めた。

 メラが所属する中央魔獣制技部はヴェルドを含めて八名。新しく設立されて集まったばかりだからだろうか、今のところ軋轢はない。だから昼食をともにする日もあり、別に一人で食べたい、とメラが思っているわけでもない。見つけられれば当然メラも声をかける。見つけられれば、の話である。

 もう一つ食堂を作って利用者を分散させたらいいのではないか、と昼休憩の混雑振りを見るたびにメラは思っている。とはいえそんな進言をする立場でもないので、ただひたすらゴミゴミとした空気を意識的にシャットアウトして黙々とフォークを進めるだけである。

 皿の中身が半分ほど減ったころ、隣の席に誰かが座った。特に気にせず食べ進めるメラに向かって、隣に着席した人物は「僕もそれにすればよかったなあ」などと話し掛けてくる。メラが慌てて顔を上げると、そこにいたのはヴェルドであった。同部署の職員を見つけられれば一緒に食べるのも嫌ではない。しかしこいつ以外の話である。

 げ、と口から漏れそうになるのを大人としてとっさに堪えながら、メラは平坦な声で「お疲れ様です」と挨拶した。

「ため口でいいよ、っていつも言ってるのに」

「直属の上司にため口きけるわけないでしょう。ましてやインサラータ家次男で出世頭のあなたに」

「休憩中なんだから勤務時間外だよ?」

「誰が見てるか分かりませんから」

「誰も見てないよ」

 いっぱい居すぎて分からないよ、なんて言いながらヴェルドはフォークを取った。当たり前みたいな顔をして隣で食べ始める。さっさと去りたい一心でメラは手を早めたが、やはりヴェルドは飄々と雑談を振ってくる。

「今日の受講者はどう?」

「特に問題はありません。皆大人しく話を聞いてますよ」

「それはよかった。始まって数ヶ月経ったけど、合格率も予想よりずっと高い。メラは教えるのが上手だね。呼び戻してよかったよ」

「褒められるほどのことはしていません」

 無表情を貫くメラの様子など気に留めるわけもなく、ヴェルドは「またまたあ」と笑いかけてくる。

「トラブル無く普及していけば、免許の発行や共生魔獣の登録と管理を地方ギルドでもできるようにしていくつもりだ。そうなればメラは各地に配備する講師の指導や管理に当たってもらう。大丈夫、いつまでも末端の仕事をさせるつもりはないよ。僕が一緒に上まで連れて行くから。当然年単位の計画だけどね。だから……」

 ちゃんといい子にしててよね。

 わざわざメラの顔をのぞき込みながら、きっぱりと言い切るヴェルドは悪びれる様子一つない。

「分かってますよ」と呟いて、メラは残りの食事を口に押し込んだ。

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