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ラディヴィータの伝説と、ソルミラの詩から。  作者: 荒間文寧


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1-1

 変な奴がうろついてんだよ、と最初に通報があったのは今から三時間前のことである。そこから立て続けに同じ通報が四件。最終的には空き家をじろじろと観察している、なんて言い出す始末である。

 国立単発労働斡旋所ソルミラ支部所長、通称ギルド長のメラは職員を一名、渋々使わすことにした。

 もうすぐ冬がやってくる。どの家の軒下にも肉や果物が干され、常にどこかで誰かが薪を割る音が耳に届く季節だ。高い山と深い海に挟まれた豪雪地帯であるソルミラは、冬の足音とともに少しずつ村が、そして住人が暗く鋭くなっていく。

 そんな村にあるギルドの所長室で、メラは黙々と書類仕事をこなしていた。

 壁の両脇に備え付けられた棚は過去の書類がみっしりと詰まっており、それらの支配者と言わんばかりに中央に書斎机が鎮座している。その背後にある大きな窓からは本来日光が多く差し込むはずだが、メラによって常にカーテンが引かれていた。

 この所長室において、メラが最も気に入らない点は机と椅子のサイズである。微塵もメラの体に合わない。しかしこれはメラの身長が成人男性とは思えないほど小さいのが原因であり、赴任時から買い換えようと何度も画策しては予算不足でそれは叶わず、仕方なく使い続けているのだ。

 二十六歳でこの村に来て、今年で三十二を越えた。長々と愛用させられたこの執務机に対する不満も、もしかしたらあと数ヶ月でおさらばかもしれない。

 などと思いながら不審者対応へ向かった職員の帰還と、そしてもう一つをメラは書類仕事をこなしながら待っていた。

 その十五分後、やっと所長室の戸がノックされる。

 どうぞ、とメラが返事をすると職員の一人がそっと入出した。不審者捜しに当たったほうではない。受付嬢のスコイアだ。地元採用の彼女は今日も黒髪をきっちり後頭部にまとめ、メラよりも低い背をしゃんと伸ばしている。

「今週の配達物です」

 スコイアが手紙の束をそっと執務机の脇へ置いた。そろそろあるだろう、と期待しながらメラは早速それに手をかける。上から三つ目、見慣れたクリーム色の封筒にやはり見慣れた赤い蜜蝋、間違いなくギルド本部からである。

「来ましたか」

「ああ」

 メラは手早くそれを開封して手紙を取り出す。便せん上部にかかれた堅苦しい定例文を全て無視して、真っ先に下部を見る。

 ソルメラ支部、移動者なし。

「どうでした?」

「……来年もよろしくな」

「三人とも?」

「ああ」

 もはや用なし、と言わんばかりにメラはぽいと机の隅へ手紙を放った。

「メラさん、何年目でしたっけ」

「今六年目」

「……普通、所長クラスって三、四年で変わりますよね?」

「そうだな」

 不機嫌を隠そうともしないまま、メラはぶっきらぼうに返事をしながら書類仕事に戻る。しかし彼女は気を使おうなどとは思わないらしい。

「こんなところに六年ですか。左遷って本当だったんですね」

 なにしたんですか? と続けてくるので「なんもしてない」とメラはぶっきらぼうに返す。

「いい加減、机と椅子を買い換えるか」

「無茶を言わないでください」

 手紙と一緒に持ってきていたらしい。今度はカップがことりと机の上に置かれる。特に疑問にも思わずそれに口をつけたメラは、驚いてやっと彼女の顔を見た。

「なんだこれ」

「お茶ですけど」

「お湯の間違いだろ」

 カップの中に視線を落とす。ほぼ無色透明である。

「茶葉の使用を最小限に抑えたエコロジーなお茶です」

 なにせ予算がありませんので、と言い放ってスコイアは所長室を去って行った。文句の行き先を失ったメラはそれを渋々啜りながら手元の書類へ目を落とす、と同時にまたドアがノックされた。今度こそ不審者対応に当たった職員であった。

「例の不審者を連れてきました」

「入れ」

 開かれたドアから二人が入室する。一人は当然このギルドの職員であるオルソだ。膝の怪我が原因で引退した元冒険者であり、その経験と体躯の良さから用心棒的なポジションを一手に引き受けてくれている。そしてその隣には、特に拘束されるでもなく、しかし悪びれる様子もない少年が立っていた。成人男性の平均よりは高い背に茶色の巻き毛を少し長めに伸ばしている。癖なのか、こめかみ横の毛を人差し指にくるくると巻き付けている。小さな村ゆえ、住人の顔は全員把握していた。完全に部外者だ。

「所長のメラだ。お前、名前は」

 目の前の少年は「セルペ」と小さな声で答えた。

「どこから来た」

「王都」

「何をしに?」

「……観光?」

 メラは思わず「は?」と口にする。

「何を見る気だ?」

「……海?」

 なるほど不審者、とメラは納得せざるを得なかった。観光なわけがない。そもそもこのソルミラには観光するような場所など存在しないのだ。かつては銀の取れる鉱山として賑わっていたらしいが、数十年間に廃鉱になってからは人口が流出する一方。東西南と見事に山に囲まれ、北は切り立った崖と海、おまけに冬は豪雪。隔離されたような過酷な自然環境もあり、未だに村に残っているのは故郷を捨てられない一部の物好きや老人ばかりだ。観光名所などあるわけがない。

 ので真の目的を隠している、と解釈するのが自然だが、なぜだかこの少年からは後ろめたさや取り繕う気概が感じられなかった。なぜだが平然としていてつかみ所がない。

「どこに泊まるんだ? この時間じゃもう山は越えられないぞ」

「それで困ってるんだよ。宿がない町なんてあるんだね」

 野宿はいやだから空き家でも一晩借りようかなって思って、とセルペと名乗った少年は続けた。空き家をじろじろ見て回っている、という通報は事実だったらしい。実際空き家は掃いて捨てるほどある。とはいえ管理されていないものが殆どの上に、保有権も誰にあるのかよく分からない家屋ばかりだ。

 メラはため息をつきながら改めて少年を観察した。

 生成りのシャツとカーキ色のジャケットはどちらも無地かつありふれた形をしており、所属や身分を示すような意匠は見当たらない。これまた特徴のない黒いズボンの腰にはベルトが通っており、そこには短剣が下げられている。刃渡りからして戦闘用ではないだろう。枝葉を払ったり小動物を解体するのがせいぜいではないだろうか。

 ソルミラにいるのだからあの山を越えてきたことは確実だ。よって短剣の所持も特段不思議なことではない。

 どうしたものか、とメラは逡巡する。

 正直な感想として、素性の知れない者を村に置くのはいやだ。すでに住人たちにも十二分に警戒されてしまっている。

 とはいえ今すぐ追いだすのも難しいだろう。隣町へ行くには山を越えるしかない。この時間に出立しては日没前にたどり着けない。この少年は山での野宿を強いられる。まだ凍死するような気温ではないが、昨今は魔獣の凶暴化件数が増加している。後日悲惨な死体として見つけるはめになっては流石に気分が悪い。

 頭を悩ますメラに向かって、少年は「あの」と話しかけてくる。

「ここって、どこ?」

 なにやら室内をキョロキョロ見回しているので、メラは「ギルドだが」と返事をしてやる。

「俺、何で呼ばれたの?」

「不審者がいると通報があったからだ」

「ギルドって、そういうことするところじゃなくない?」

 少年は室内の観察をやめた。悪気のなさそうな顔でそう言い放ちながら首を傾げている。

 そして少年の口にした疑問に対して、メラは「ごもっとも」と返答するほかない。

 村に現れた不審者の対応は、どう考えてもギルドの管轄外だ。しかし村人たちはギルドに伝えてくる。突っぱねることもできないわけじゃない。しかし余所から派遣された公務員が田舎の村で上手くやるには、人間関係を良好に保ち信頼を構築することを最重要項目とせざるをえないのだ。

「ギルドのことを何でも屋さんだと思ってるんだ。ここの人たちは」

「へえ、変なの」

 変なのはお前だろ、とは流石のメラも口に出さなかった。シンプルに腹立たしいガキである。むかつくから追いだしてやろうかな、と一瞬迷うも流石にメラの中の良心が踏みとどめてくれた。ため息交じりに「一晩だけだ」と呟く。明日になったらさっさと村から追いだそう、とメラは心に決める。

「今晩だけ、外部冒険者用の宿泊部屋を貸してやる。一晩だけだ。明日になったらすぐに村から出て行け」

「泊めてくれるの?」

「今日だけだぞ」

「助かる」

 へらりと笑った少年の顔は随分と幼く見えた。てっきり十八歳前後だと見積もっていたが、もしかしたらもっと若いのかも知れない。

 あえてぶっきらぼうに、冷たく接しているつもりのメラはその笑顔に困惑しながらも立ち上がる。寄宿部屋に案内すべく、机をぐるりと回って少年の隣へ立った。ついてこい、と促すかなぜか少年は驚いた顔でメラを見下げている。

「なんだ」

「あんた、ちっちゃいね」

「野宿のほうがいいか?」

「やだ。泊まる」

 メラは一度舌打ちをしてからドアへと向かうと、少年はけろりとした様子で後を着いてくる。「髪の色もすごいね」と平然と話し掛けてきた。一般的な赤毛を通り越して、もはや火のように赤い髪もメラのコンプレックスの一つである。やはり山に放り出してやろうか、と思いながらメラが乱雑にドアを開けると、同時に「あの、所長」とオルソに呼び止められた。

「明日の午前に四名、外部が来ますが」

 完全に失念していた。メラは数秒悩んでから少年に向き直る。

「お前、九時には出てけよ?」

「分かった」

 と素直に頷きながら「早起きは得意だよ」などと軽口を叩いてくる。そりゃよかった、と雑に返事をしてメラは所長室を後にした。

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