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ラディヴィータの伝説と、ソルミラの詩から。  作者: 荒間文寧


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2-7

 ギルド館内に入らず、魔獣を連れたまま借りたばかりの自宅へと向かうセルペを見送った。その後四人で入館、二つしかない宿泊部屋を両方明け渡し、村唯一の飯屋の場所を口頭で案内してメラは早々と所長室へ撤退した。スコイアとオルソには「後は頼んだ。大事件でも起きない限り俺はもう出ないからな」と伝えてある。

 そこから数時間、ひたすら所長室に引きこもり、終業時間とともに逃げ帰るように退勤した。ソルミラに来てから一番苦痛だった日はいつですかと聞かれたら、メラは今日だと即答するだろう。二度と顔も見たくないと思っていたのだ。そして二度と来ないでほしい。

 自宅へ戻る前に、メラは少しだけセルペの家を覗いていくことにした。一人で住むには少しばかり大きいが、家具も残っていて生活には困らないだろう。真面目に掃除をしていたので安心してメラは帰宅した。防寒具を脱ぎ捨てて簡易暖房である鉢に火をおこし、キッチンから適当に干し肉を引っ張り出してくる。後はひたすら浴びるように呑んだ。呑まなきゃやってられなかった。

 酔いが回る、を通り越して吐くか吐かないかのラインへ到達したころ、不意にメラ宅の戸が叩かれた。さっぱり回らない頭をゆらゆらさせながら開けるとヴェルドである。とっさに閉めようとしたドアに足をねじ込んでくるのでメラは盛大に舌打ちをした。昼まではかろうじて保っていた、大人かつギルド職員としての最低限の礼儀は残念なことにアルコールが全て溶かしてしまっていた。

「そこまで嫌そうな顔しなくてもいいのに」

 だからなぜこいつはこうも平然とできるのか。

「私の勤務時間は終了しています。宿泊者の対応はオルソが夜間までギルドに残って行うことになっていますが」

「まあそう言うなよ。ほら、一杯くらい付き合ってくれてもいいだろ」

 時間外の接待もギルド職員の仕事のうちだよ? と酒瓶を持った右手を胸の前へ上げて見せる。王都にいたころ、メラが気に入っていた酒だ。そこそこ値が張るので頻繁には呑めなかった。そしてソルミラどころかこの辺の地方では殆ど流通していない。王都からわざわざ持ってきたのだろう。

「ほら入れてよ」と、やはり悪びれる様子もなくヴェルドは反対の手で戸を開こうとする。メラは諦めることにした。しかし歓迎する素振りを見せてやることもなかった。


 入室を許されたとたん、ヴェルドはさっさとダイニングの椅子を引く。メラはふらふらした頭のままキッチンへと戻った。先ほど引っ張り出した干し肉はもうかけらしか机に残っていない。ほかにつまみになるものはあったか、と適当に戸棚を漁る。その様子を、っヴェルドは後ろから眺めていたのだろう。

「この時間でもうそんなに酔ってるの? 相変わらず酒は弱いね」

「……今日は慣れない仕事で疲弊しましたので、杯が進む手が止まらなかったんですよ」

 明日の朝食用のパンと、あと適当に瓶詰めのペーストを棚から取り出し、最低限の皿と杯、カトラリーを持ってメラも卓へつく。もはや機嫌を取り繕う理性はさっぱり残っていない。素面だった昼間ですらそう取り繕えていなかったのだ。自身のツラは露骨に不機嫌を表しているのだろう。こんな時間に押しかけてきたのはヴェルド側なのだから仕方のないことだ。

 手土産の酒瓶を、ヴェルドは自ら開封して杯に注いでいく。誰が酌などしてやるものか、という対抗心からメラは手を出さなかった。

 そして二つの杯を満たし終わると、片方を差し出しながら「あのさあ、メラ」と口を開いた。

「なんでそんなに怒ってるの?」

「は?」

 むしろなぜ怒らないと思ったのだろうか。こちらにはそちらを嫌う理由しか存在しない。本気で言っているのか、はたまた喧嘩を売られているのか。判断がつかないままメラは「別に怒っているつもりはありませんが」と嫌々返答した。

「五年以上経っているんだからさあ、いい加減冷静になりなよ。まだ『僕が悪い』なんて思ってるの? 違うよね?」

 メラは返事をしなかった。言葉を返すことも、ジェスチャーで肯定否定をすることもせず、ただ静かに杯へ口をつける。

「悪いのはメラだよね? 分かってるよね?」

 ヴェルドの言い分は間違っていない。確かに中央で不遜な行いをしたのはメラ自身だ。立場もわきまえず越権行為を繰り返していたことを否定できない。ヴェルドなら理解してくれるだろう、なんて甘い読み違いをしていたことも、自身の落ち度だと分かっている。だけどもっと、メラの想像よりもずっとこいつの本心は酷かったのだ。

「メラが僕の言うことを聞かなかったのが悪いんだよね?」

 真顔で平然とそう言い張るヴェルドを見て、メラは杯を傾ける手を止めた。学生時代の二年間、そして地方ギルドでの実務を終え、二人揃って中央ギルドへ配属されてからの五年間。それだけ隣にいたはずなのに、なぜあの日まで気づかなかったのか。無知な田舎の孤児は、貴族である自身の言うことにただ従い続ければいい、とずっと思っていたわけだ。

 無言で杯を握りしめるメラの目を、咎めるようにじっとヴェルドはのぞき込んでくる。学生時代からの友人に向ける部類のものではない。どちらかと言えば、いたずらをした飼い犬を叱って躾けるときのような、善悪と力関係において自身が優位であることを一切疑わずコントロールするときのような目だ。

 とはいえ今となっては、役職的に考えて向こうが上なことは変えようもない事実だ。一瞬で乾ききった口内をまた酒で少しばかり湿らせてから、メラは「そうですね、私が悪いです」と呟くほかなかった。

「分かってるならいいよ。ここではちゃんと大人しくしてるみたいだし。地元の人たちにも随分好かれているね」

「統括官殿がギルドの偉い人なことを察して、褒めてくれただけです」

「だから、好かれてるからみんながそうしてくれたんだろう? うまいことやっているみたいでよかったよ。田舎で閉鎖的だろうから、馴染めていなかったらどうしようかと心配していたよ」

 ほら、メラは気が強いから、とヴェルドは続ける。そうですね、とメラは適当に相づちを打った。気が強かったのは事実だ。そのせいで学生時代はよく周囲といざこざを起こすことも少なくはなかった。それを何度も収めてくれたのも、確かに目の前の男であった。

 メラの言っていることは確かに合っている。でもその言い方じゃあ伝わらない。何度こいつに言われたか分からない。今思えば、躾けのようなつもりで言っていたのだろう。だけど当時のメラは彼こそが一番の理解者で、一番の友人だと信じていた。

 適当な話を続ける元友人の姿が嫌になったメラは窓の外へと視線を移す。そこにちらつく影を見て、メラは窓辺へと移動した。いつの間にか雪が降り出していた。

「早くギルドへ戻ったほうがいいですよ」

 いつの間にか勝手に隣へ並んだヴェルドは「積もりそう?」と首を傾げた。

「この程度ならまだ大丈夫です。でも明日の朝一で山を越えたほうが無難でしょうね」

 そっか、と頷いてヴェルドはさっさと玄関ドアの前へ行く。その戸を少しだけ開けて、メラに背を向けたまま言った。

「本当は他の人がくる予定だったんだよ。僕が名乗り出てここに来た。メラの様子が見たかったから」

 そうですか、と平坦な声でメラが返すと、やはりヴェルドは振り返りもせず、しかし「またね」と呟いて彼は帰っていった。ドアが閉まると同時にメラは卓へと戻る。彼が持ってきた酒瓶の中身は半分以上残っていた。それをひっつかみ、メラは注ぎ口に直接口を着けて煽った。

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