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ラディヴィータの伝説と、ソルミラの詩から。  作者: 荒間文寧


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2-6

「メラ君はよくやってくれてるよ。魔獣被害も無視しないし、それ以外のことまで対応してくれる。私たちの話をちゃんと聞いてくれるよ」

「前のヤツは金がない金がないって行って何もしてくれなかったけどねえ。今の所長さんは頑張ってくれてるよ。ガラの悪い外の冒険者が来てたころは、こっちに害がないように立ち回ってくれていたし」

「メラさんがセルペ君を勧誘したんだよ。おかげでやっとこの村にも冒険者がいるようになった。今までは外から到着するまでビクビクしながら待つしかなかったからなあ」

 随分と慕われてるみたいだね、と呟きながヴェルドは先頭を歩く。珍しくメラがきちんとギルド支給の制服を着て、なおかつ後ろに下がって大人しく着いて歩いているせいだろう。住人たちもこいつがギルドのお偉いさんだと察してくれたらしい。様子を尋ねられると皆揃ってやたらと持ち上げてくれた。ありがたい限りである。

「所長として、与えられた仕事を全うしているだけです」

「いいところに配属されてよかったね」

 お付きの二人は偽証冒険者の可能性も高いし、視察が終わって王都に帰るときを狙って、うっかり山道でヴェルドを殺すことはできないだろうか。流石のセルペも引き受けてはくれないだろう。などと不謹慎極まりない発想をするメラの耳に、少し遠くから名を呼ぶ声が届く。

 パタパタと駆けてきたのは案の定セルペであった。元気いっぱいと言わんばかりに手を振って走っていたが、見知らぬ三人の存在に気がついたらしい。近づくにつれて少しずつ身振りが大人しくなっていき、側まで来たころには「……誰?」なんて言いながらメラの後ろに隠れるように立つ。残念ながら身長差のせいで肩から上はヴェルドたちに丸見えだろう。

「統括官殿、こちらが一か月前からソルミラに常駐するようになった、冒険者のセルペです」

「ああ、君が」

「セルペ、王都にある中央ギルド交易労務部統括官のヴェルド・インサラータ殿だ」

「初めまして。えーっと、お世話になっております?」

「こちらこそ、メラがお世話になってるね。大丈夫? メラはほら、ぶっきらぼうでしょう?」

「そんなことないです! メラさん優しいですよ!」

 なぜセルペはこんなにもぎこちないのか。この一か月間で見たことのない姿だ。村の大人たち相手ではこんなに畏まって萎縮した様子を見せたことはない。肩書きに怖じ気づいたか、ヴェルドの人柄をくみ取ったか。どちらにせよこのまま会話をさせるのは可哀想である。

「セルペ、用事は済んだのか?」

「あ、はい。無事貸してもらえることになりました」

「なにを?」

「家です」

 家? とヴェルドは首を傾げる。

「今までどこに?」

「え、ギルドの」と言いかけるセルペに被せて、メラは慌てて言った。

「ギルドの受付職員の実家に、一時的に住まわせてもらっていました」

 一か月も無償でギルド施設を使わせていたことがバレるのはよろしくない。これ以上詮索される隙を潰そうと、メラは続けざまにセルペへと問いかける。

「いつから使っていいって?」

「もう鍵もらいました。掃除は自分でしてね、って」

 セルペはポケットから古めかしい鍵を取りだして、左右に小さく振ってみせる。

「ではすぐに荷物を纏めて移動しなさい。掃除は煙突を真っ先に。雪が降ってからでは遅いからな」

「……はい!」

 今すぐ宿泊部屋を片付けろ、というメラの指示を察したのか、それともヴェルドから逃げ出したかったのか。なんにせよセルペはギルドの方向へと立ち去っていった。すかさずヴェルドが「僕たちも戻ろうか」などと言ってくる。

「ギルドの宿泊部屋、使っていいよね? 今は外部冒険者も来てないし」

「もちろん構いません。ですが、戻る前にぜひ山も視察してください。魔獣対策こそギルドの本分です。村よりそっちでしょう」

「来るときに見てきたよ。通らなきゃここまでたどり着けないんだから」

「まあそう言わずに」とメラは冷や汗をかきながら誘導する。セルペの荷物撤去、からの掃除の時間を確保しなければいけないのだ。掃除はオルソあたりが気を回してくれるだろう。折れろ、折れろと心うちにメラが念を送ると、これまで静かにしていた冒険者のうちの一人、小柄な女性のほうがそっとヴェルドに耳打ちをする。

「じゃあ、行こうか」

 彼女が離れると同時に、ヴェルドはあっさり山の方向へ歩き出した。


 ソルミラは北以外の三方向が山に囲まれている。というよりは一つの大きな山の落ちくぼんだ部分に村が作られた、と言ったほうが正しい。コンテッラ大陸内でも五本の指に入るほど大きな山は、このソルミラから山向こうの町へ続く山道以外はあまり人が立ち入らない。野生動物、そして魔獣の生息量も当然それだけ多く、ここではむしろ『人間』が自然に混ざって生きている。

 村の入り口からその山を見上げながら、メラは「めっきり冷え込みましたから、あと数日もせずに雪が降り出すと思いますよ」と隣のヴェルトに話しかけた。

「明日にでも帰るか、数ヶ月ここに住むかの二択になります」

「そう長居をする気はないよ。僕も暇じゃないから」

 早く帰れや、というメラの嫌味が通じているのかいないのか。ヴェルドは眉一つ動かさずに「それにしても」なんて話題を変え出す。

「移動は大変だったけど、自然が豊かで素晴らしいね。中央も見習うべきだよ」

「共生、ですか」

「そうだね」

「その分、人は住みにくいですよ。凶暴化も年々激しくなってますから」

 中央と違って、とメラは付け加える。王都付近の動物や魔獣は人の住処に近寄らない。向こうが萎縮して距離をとっている。ソルミラではそうは行かない。現に今も麓の斜面から、木陰に隠れて魔獣がこちらを観察している。見えるのは五匹、中型犬ほどの大きさだ。

「あそこに見える魔獣は雑食なんです。一昨年にあれと同じ種が畑を荒らしました。そして去年は家畜の鶏を何匹も捕っていったんです。で、駆除の人材確保に苦戦しているうちに人間にまで噛みついてきたんですよ。まともな外部冒険者を呼べるまで住人たちは皆怯えていましたよ。まあ、今あそこにいる魔獣はまだ悪さをしていませんが」

「そうは見えないけどね。もふもふとしていて可愛らしいじゃないか」

 都会生まれの都会育ちらしい感想である。メラが眉をひそめまいと心を落ち着けている隙に、またしても小柄なほうの冒険者がヴェルドに耳打ちをする。

「ちょっと入っても?」と山を指さしながらヴェルドはメラに尋ねてくる。「どうぞ」とメラが頷くと二人の冒険者は山道をあがりだした。どう見ても若い、というか幼い女性のほうが先導し、己と同世代くらいの細身の男性がその後につけていく。やはりメラの目にはあの二人が経験豊富な冒険者には見えない。

 その背を見守っていると背後から足音が聞こえてメラとヴェルドは振り返った。そこに立っていたのはセルペであった。

「荷物の移動は済んだのか?」

「うん。山に行ったって聞いたから、見に来たよ。危ないでしょ?」

「同行冒険者がいるから大丈夫だぞ」とメラは視線で二人の背を指す。

「あの人たち、強いの?」

「統括官殿の遠距離出張だぞ? 弱い冒険者なんて着けられるわけがないだろう」

 ふうん、とちょっと大風に呟いて、セルペは小さくなっていく二人の背を観察している。

「でもこの山のことは俺のほうが詳しいよ。一か月分くらいね」

「そうだな」

 一か月分の自信と、他の冒険者への対抗意識は持ち合わせているらしい。いつもふわふわとしているセルペの意外な一面を見たな、とメラは少しばかり驚いた。

「随分と懐かれているね」

「仕事上関わる機会が多いだけです」

 そこからヴェルドが振ってくる雑談を冷たく適当にいなすこと数十分。冒険者二人は小型の魔獣を二体手にして戻ってきた。足を掴んで逆さ吊りに持っていたため遠目では仕留めたのかと思ったが、側まで戻ってくる過程でそれが生け捕りであることに気がついた。とはいえけっこうな手荒な捕らえかたをしたらしい。一体はぐったりとしており、一体は右の後ろ足から流血している。

「捕ってこいとのお達しでね。持ち帰らせてもらうよ」とヴェルドが言うのでメラは頷く。何に使うか、メラの知ったことではない。この山の魔獣を全て管理しているわけでもない。中央ギルドの命令なら好きに持ち帰ればいい。メラには関係のない話だ。

 とはいえ彼らは最低でも明日まではこのソルミラに居座るはずだ。この時間から山を越えるのは厳しいだろう。宿泊部屋を使うと言ったのはヴェルドだ。

「持ち帰るのは構いませんが、お帰りまでどう管理するおつもりですか。ギルドの館内へ入れるのは勘弁願いたいのですが」

 メラの心配に答えたのはセルペであった。

「じゃあ俺が預かりますよ。ちょうど家も借りましたから」

 セルペが魔獣を受け取って、四人はギルドへと戻ることにした。先行するヴェルドと冒険者二人、その後ろをメラが歩き、さらに少し後ろをセルペがゆっくり着いてくる。

 距離があるから油断でもしたのだろう。後ろから「へたくそ」と呟く声をメラは聞き逃さなかった。振り返るとセルペは立ち止まって、受け取ったばかりの魔獣を眺めていた。

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